009 サッカー無双

 ゴールが決まったことで、ボールがフィールドの中央に戻る。

 今度は点を取った相手からだ。


 初手で野球部のハゲが横山にパスした。


 横山がウキウキで駆け上がってくる。


 寝返った味方共は立ちはだかる様子もなく道を譲った。


 俺はゴールの真ん中に立って迎え撃つ。


「今度はポストに逃げないのか! このカス!」


 横山がボールを蹴ろうと右足を後ろに引く。

 軸足のスパイクを地面にめり込ませ、体を左に傾ける。

 ご立派な体幹からなる遠心力を活かした渾身のシュートを放つ気だ。

 だが、そうはさせないぞ。


「カスはお前だ」


 禁断の超能力〈同極化〉を横山の軸足に発動。

 スパイクが地面から浮き上がり、バランスが崩れる。


「ぐぁああ!」


 盛大に転ぶ横山。

 その際、こちらにまで鈍い音が聞こえた。


「足、足がぁああああああああ!」


 どうやら右足の足首を挫いたらしい。

 首筋に血管を浮き上がらせ、脂汗をかいてのたうち回っている。


「大丈夫か!?」


「横山! どうしたんだ!?」


「横山ァ!」


 試合が中断して皆が寄ってくる。

 だが、彼らより先に、最も近くにいた俺が横山に迫る。


「どうしたんだい? 横山」


 ニッコリ微笑む。


「お前、俺のスパイクに何をしたぁ!」


 横山が叫ぶ。


「いやいや、何もしていないよ。やだな、人聞きの悪い」


 笑いをこらえきれない。

 横山が苦しめば苦しむほど愉快だった。


「どうしたんだ? 何を揉めている?」


 体育の先生がやってきた。

 周囲に人だかりができている。


「コイツ、このクソ陰キャが、俺のスパイクに何かしたんだ!」


 横山が俺を指して吠える。


「本当か? 念力」


「何を言っているんですか先生、そんなわけないじゃないですか。現に横山君はシュートの直前まで走っていたんですよ。スパイクに何かしたんならもっと早くにおかしくなっているのでは?」


「たしかにそうだ」


「まぁ待て、俺が確かめる」


 役立たずの味方サッカー部が横山のスパイクを脱がした。

 それを自分で履き、軽く走る。


「別に何の問題もないぜ」


「嘘だ! だってこいつ! 俺に『後悔するぜ』って言ったんだ! 絶対に何か仕掛けたんだ! マジだって!」


 陽キャ連中が俺を見る。

 それから「そんなわけないだろ」と笑った。


「仮に念力がそんなことを言ったとして、何かする力があると思うか? 見ての通りの陰キャだぞ?」


 野球部のハゲが言う。

 誰もが「ごもっともだ」と言いたげに頷いた。


「たしかに念力ごときが御代田をモノにしたのはムカツクけどさ、さっきのはお前のミステイク……ただの失敗……虚しい自爆だろ」


 誰かが言って、皆がそれに同意した。


「横山、足は大丈夫か?」


 先生が尋ねる。


「無理です! 無理! クソッ! 来週はU18の試合があるのに! 俺が出られる最後の試合なのに! テレビだって来るのに! クソッ! クソッ!」


 こうして横山はタンカーで運ばれていった。

 思ったより酷かったらしく、保健室に到着後、病院に搬送された。

 馬鹿である。


「よし、サッカー再開だ」


 先生の合図で、仕切り直しになった。


 ◇


 横山の退場後は穏やかになった。

 他の連中も俺を狙いはするのだが、横山のようにはいかない。

 結局、最終的にはフリーのゴールへボールを打ち込むだけになった。


 そんな状況になると、味方の陽キャがキレて俺は交代に。

 キーパーは別の奴が引き継ぐことになった。


「結局ここが俺の定位置なんだよなぁ」


 グラウンドの隅で試合を眺める。

 サッカーが終わるまであと10分足らず。

 そんな時、体育館から女子が出てきた。


「あれ、横山いないじゃん」


「横山君のカッコイイところ見たかったのに」


「どうしたんだろう、横山」


 女子達はゴールの後ろで見学している。

 お目当ての横山がいないことで悲しんでいる様子。


「俺だ! 俺にボールを回せ!」


「いいや、俺だね! 俺が決める!」


 女子が現れた途端、サッカー部の奴らがギラつき始めた。

 消化試合のような雰囲気が一転して熱気に包まれる。

 女子にカッコイイところを見せようと必死なのだ。


 しかし、ギラついているのは彼らだけではなかった。

 ――俺もだ。


(文香が見ている! このままではいかん!)


 俺は陰キャらしいダサい走り方でボールに迫る。

 超能力近くにいる奴らの背中をむず痒くした。


「ああああああああ! 背中! 背中がかゆぅい!」


 どいつもこいつも背中を掻くの必死だ。

 もはやボールどころではない。


 そうしてこぼれたボールを俺が拾う。

 ド下手なドリブルでサッカー部をごぼう抜きにしていく。

 そして――。


「せ、背中がかゆううううううううい!」


 キーパーの背中を痒くしてからシュート。

 情けない軌道で転がったボールがゴールに決まった。


「え、待って、念力が決めたんだけど」


「サッカー部の連中もごぼう抜きにしてたし」


「念力ってもしかしてサッカー上手なの?」


「なんかすごくかっこよかった」


 何も知らない女子連中が勘違いしていた。


 ◇


 体育の授業が終わり、休み時間になる。

 文香が近づいてきて、瑠華の席に座った。

 チラリとこちらを見てくる。


「祐治、体育の授業でズルしたでしょ」


「ズルって、超能力のこと?」


「そう」


「まぁね。使ったよ」


「私にいいところを見せたくて使ったの?」


「それもあるけど、他にもちょっとあってね」


「そうなんだ」


 文香は視線を前に向け、さらに続けた。


「私欲のために超能力を使うのは大人気ないよ」


「分かってる。少し反省していたところだ」


 横山に関しては本当に反省していた。

 軽い捻挫だと思ったら、靱帯が断裂していると分かったのだ。

 懲らしめるにしては少々やり過ぎた。

 アイツの自業自得なので同情の余地はないけどね。


「それはそれとして――」


 文香が再びこちらに向く。


「――さっきのサッカー、かっこよかったよ」


「かっこいい? 俺が?」


「うん。一人でドリブルしていってシュートしたでしょ。かっこよかった」


「ほ、ほほ、本当か」


 思わず「ふふ、ふふふ」とニヤける。


「じゃ、じゃあ、次もまた無双するよ!」


「今度は超能力ズルなしで頑張ってね」


「それは難しいなぁ。超能力なしだとヘボだし」


「ヘボでいいと思うけどね、私は」


「そうなのか?」


「精一杯に頑張ってる姿が素敵だから。さっきかっこよかったって言ったのもそうだよ。一人で無双したことなんかどうでもいいの。頑張ってドリブルしたりシュートしたりしたでしょ。その姿がかっこよかったの」


「文香……!」


 外見だけじゃなくて中身も完璧かよ!

 そう叫びたくて仕方ない俺だった。

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