壊された平穏。
柊さんかく
村を襲った謎の生き物
なんでこんなことをするの?
目の前に広がるのは火の海。僕の家も赤い火に覆われてしまっている。その世界を呆然と見ていると僕の元には大きな見たこともない生き物がやってきた。僕よりも大きい。恐ろしいその生き物は僕を見ていた。目が合うと、その生き物は不気味に笑っているように見えた。
小さな村はいつもの平和に包まれていた。島の中にある小さな村。今日も僕は友達と一緒に遊んでた。
「今日は何する?」
「じゃあ、山までかけっこで勝負だ!」
足の速さでは誰にも負けない。僕の提案は通って、みんなでかけっこ勝負をすることになった。
僕は力には自信がない。僕たちの世界では力が全てだ。大きくなったら、山の木々を刈って木材を集めないといけないし、川に行ってたくさんの魚を取らないといけない。
そのために何よりも力をつける必要があった。けれど、みんなより1回りも小さい僕の体ではみんなに力負けしてしまう。相撲をとっても勝ったことは一度もない。だから自信のあるかけっこを提案したのだ。
みんなもそれを分かってOKしてくれたのだろう。力持ちでも優しいみんなが好きだ。
「あ〜あ、負けちった。やっぱ、太郎は速いな〜」
ぶっちぎりの一番を獲った僕はニヤニヤしていたのだろう。それは僕も気づくほどだった。
かけっこの後は、山で走り回って遊んだ。いつの間にか夕暮れになり急いで村へと帰ることにした。
「けっこう遅くなっちゃったね。早くしないとお母さんに怒られちゃう!」
どこの家庭も母強しである。お母さんは怒ると本当に怖い。怒り出すと一層赤くなった顔で大声を出してくる。だから、決められた時間には家に帰らないといけないのだ。
僕は家にたどり着くと、優しい顔をしたお母さんが迎えてくれた。どうやら時間には間に合ったようだ。
僕はお母さんと2人で暮らしている。お母さん曰く、お父さんは船で海に出たっきり帰ってこなかったそうだ。海に出るのはこの村では禁じられている。外はどうなっているのか分からないからだ。それなのに、お父さんは僕が生まれてすぐ、外の世界を知りたいと出て行ってしまったようだ。
部屋の片隅には棚があり、その上には白い塊が置いてある。お父さんが海へ出てからお母さんは毎日のように海辺へお父さんを探しに出かけていたそうだ。そこで見つけたのがそれだ。きっとお父さんの一部なんだと大事にしていたのだ。
それを見ると、いつもお母さんは時より悲しそうな顔をする。だから、僕がお母さんを守るんだ。僕は力もないし、体も小さい。けれど、絶対に守る。それだけは決めていることだ。
「さて、ご飯にしようかね」
お母さんは、大きな鍋を両手に抱えて持ってきた。2人の夕食が始まった。それから、今日みんなで遊んだことをたくさん話した。お母さんは優しく聞いてくれた。僕にとってはこの時間が一番大好きな時間である。お父さんのことは覚えていないけれど、お母さんがいれば僕には十分だった。
目を覚ましたのは、夜もだいぶ遅い時間だった。
「お母さん・・・?」
あたりを見渡すと隣に寝ているはずのお母さんの姿はない。
僕は恐る恐る起き上がり、家の中を探した。けれど、どこにもお母さんはいない。不安になったが、それよりも家の外が騒々しいことに気がついた。
僕は扉をゆっくりと開けて隙間から外を覗き込んだ。
「え・・・」
声が出なかった。そこには見たことのない光景が広がっていた。
それは夕方まではいつも通り平和だった村が、火の海になっていたのだ。火の中を泣き叫びながら走り回っている者もいる。世界は一変していた。
「なんで?そうだ、お母さんは・・・」
頭の中はパニックになった。訳のわからない状況の中、お母さんを思い出した。お母さんはどこにいるのだろう。無事だろうか。
僕は扉を開けて外に出ようとした時、急に目の前が真っ暗になった。
「太郎、良かった無事で。」
お母さんに抱きかかえられたのだと理解した。お母さんの声を聞くとホッとした。
「お母さんも大丈夫?」
お母さんは泣きながら頷いているようだ。それだけは今の僕にも分かったし、僕も泣きそうになった。けれど、こんな時こそ僕がお母さんを守るんだ。泣いてなんかいられない。そう強く思った。
「もう、ここはダメみたい。早く逃げましょう。」
お母さんは僕の手を握って走り出した。僕の家はまだ火の手が及んでいなかったが、村全体がこんな状況だ。とにかく今は逃げることしかできない。
僕たちは一生懸命に走った。どこに行けばいいのか分からないけれど、村のはずれにある森の中を走っていた。
「あ!!!」
「どうしたの!急いで!」
僕は立ち止まった。思い出してしまった。お父さんのあれを忘れてきちゃったのだ。
「お母さん、ごめん!忘れ物しちゃった。すぐに戻るね。」
「太郎!!」
なんでそれを今すぐに取りに行かないといけなかったのか分からない。けれど、それがないとお父さんもいなくなっちゃう気がして。だからお母さんのためにも走った。
僕は自分の家へとたどり着いた。
そこはさっきまでの姿からは一変していた。他の家同様赤く燃え盛っていたのだ。さすがにそこに飛び込む勇気はなかった。僕はその姿を見て愕然とし、その場に座り込んでしまった。
ダッ、ダッ、ダッ・・・。
大きな足音が聞こえて、振り返った。なんだこれは。そこには僕よりもはるかに大きい生き物が立っていたのだ。
恐怖で僕は声が出なかった。ただただ恐ろしかった。殺される。そう思った時に視界が真っ暗になった。
「この子だけは助けてください!」
お母さんの声だ。お母さんが追いかけて僕を守ろうとしているんだ。守ると約束したはずなのに、僕がお母さんを巻き込んでしまって、さらにはお母さんに守られている自分が悔しくて悔しくて泣き出した。
その生き物は、何かを話しているようだが何を言っているのか分からない。
僕は、お母さんの腕を払って立ち上がった。そしてその得体の知れない生き物に立ち向かった。
「太郎!」
「お母さんは僕が守る。」
僕がなんとかしなくちゃ。こんなに大きい生き物は見たことがないけれど、守るんだ!
僕の頭の中には、お母さんを守る。それしかなかった。
その生き物は周りを見渡し、手の指を口に加えて高い音を出した。僕にはそれが何を意味しているのか分からなかったが、間も無く他の生き物が集まってきた。
そこに立っている大きな生き物は見たことがないが、他の生き物は見たことがあるし、知っていた。そこに集まってきたのは、どれも体が大きい「キジ」と「犬」と「猿」だった。
手が震え、涙も止まらないが必死にその生き物を睨み続けた。
その生き物が手に白いツノを持っていることに気づいた。それはお父さんの形見だった。僕は涙を拭ってもう一度その生き物を睨み付けると、その生き物はニヤッと笑ったように見えた。
壊された平穏。 柊さんかく @machinonaka
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