冷めたコーヒー

オダ 暁

第1話

 その手紙が優子に届いたのは、雨あがりの清々しい朝だった。一雨ごとに暖かくなる、春から夏への、落ち着きのない中途半端な季節。

 夫を仕事に送り出し、家事を一通り済ませたあとは、コーヒーを飲んでゆっくり過ごすのが彼女の日常だった。

インスタントではなく豆を挽き、じっくり手間をかけたコーヒーを、香ばしい独特の匂いにつつまれて味わう。それは優子にとって、ささやかな贅沢ともいえる一時だった。

 差出人のない彼女宛の手紙は、そんな平穏な朝に、まるで不意打ちのようにやってきた。表がパソコンで打った文字の、ありきたりな白い封筒だった。飲みかけのマグカップの置かれた食卓で、優子はそれをペーパーナイフでていねいに破って、中の便箋を取り出した。そして、やはりパソコンで打たれた文面に目を走らせた。


 僕はあなたを愛しています

 今、幸せに暮らしていますか

 それが気掛かりです


 たった三行の短い手紙だった。

 悪戯だろうか?それとも・・・優子は記憶を遡らせ、差出人を思い巡らしてみたが、これといった該当者は浮かんでこない。恋愛経験が殆どないまま平凡な見合い結婚をし、その後もずっと貞淑な妻であったはずだった。生温かいコーヒーをすすりながら、彼女はふうと小さな溜め息をついた。

 結婚をして今年で五年になる。子供はいないが大手銀行に勤める夫と二人、これといった波風もなく平和に暮らしてきた。ただ、もともと仕事中心で無口だった夫は今もそれは変わらず、何を考えているのかわからないこともしばしばだ。二人でコーヒーを飲むことも、とうに無くなっていた。

 優子は便箋を封筒に戻し、少し迷った末、机の引きだしの奥にそっとしまいこんだ。むろん気味悪さはあったが、心の隅ではラブレターをもらったことに奇妙な華やぎを感じていた。

 その夜遅く帰宅した夫は不機嫌だった。疲労のにじんだ、銀縁眼鏡をかけた神経質そうな顔を見ると、彼女は手紙のことを口にすることができなかった。不愉快な思いをさせるだけだと思った。ろくに会話もかわさず、二人はそれぞれの床につき、眠りに落ちていった。

 かわりばえのない日々がまた過ぎていった。

 あいかわらず夫の帰りは遅い。帰宅するなり用件だけ話すと、風呂に入り一人でさっさと寝てしまう。仕事が忙しいのだから仕方ないと、優子はあきらめていた。そんな生活にもいつしか慣れてしまっていた。

 一ヶ月したある日、二通目の手紙がまたも突然やってきた。前と同じ、パソコンで打った文字の白い封筒で。郵便受けのそれを見たとたん、優子の心臓はどきどきと鼓動し、震える手ですぐに開封していた。


 あなたに会いたい

 会って話がしたい

 次の土曜日、午後四時、Kホテルロビーにてお待ちしています

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