第3話 荷馬車にて

「西では何か起きてるのかな」


ゴトゴトと地面の凹凸に添ってゆれる荷台でラングは穏やかな陽光にあくびをかみころす。見送るグウォダールの姿が見えなくなるまで森を見つめていたレダークが振り返った。


「だとしたら、行くのかい?」

「ベっつにー」


何をしに。

逆にあまりにもストレートに目で問われてレダークは苦笑した。馬車の足取りは依然として西。道はひたすらにまっすぐのびている。


「でも魔物が暴れてるのならいい稼ぎになるかもな」

「仮にも勇者らしからぬことをいうね」

「何を今さら」


唇の端を釣り上げて不敵とも言える余裕の笑みを返すラング。

むしろ悪い気はしない。勘に障るのは自分じゃ何もしないくせに他力本願でとりいろうとする奴等で、基本的にラングは気に入らない「客」の依頼は受けようとすらしない。

ほとんど賞金稼ぎである。ギルドに登録すればいいのに……レダークは言ったことがあるがどうやら登録時にかかる規制が嫌らしい。


ギルドとは依頼者から入る賞金付の宝捜しや魔物退治の仕事を登録者(冒険者)に紹介する斡旋仲介屋のようなものだ。仕事をこなせば名も上がり指名料も入るようになる。正に富と名声をうる公式チャートのような制度である。

しかし非公式な性格のラングが地道に入ろうとするはずもなく……。最も知名度の高さもあって依頼の数だけには困っていない。


「でましたっモンスターですぅ!」


唐突に御者の少年がどうしましょう、と情けない声を上げた。

積み荷の上によじのぼってみると遥か前方に三つばかり巨大な影がうろついていた。


「大丈夫なんですかっ? 本当にっ」


グラスキングダムまで乗せる代わりに護衛を頼んだ御者はそのまま進むよう指示を受けてどぎまぎと手綱を握りしめる。

途中でラングたちに会わなかったらこういう時どうするつもりだったんだろうか。

全力で逃げるつもりだったのか?

悠長に荷にひじをついて、気色ばむ御者と魔物とを観察する。


「だめだ、来る」


レダークが神妙に言って始めてラングは体を起こした。積み荷から御者台に飛び降りると問答無用で少年の手から手綱を奪い思い切り引く。

馬がけたたましい声を上げて暴れるその脇を、抜き身の剣を手に駆けたかと思うと次の瞬間、間近に接近した魔物の牙が分断されていた。レダークが馬車と魔物の間に立って牽制すると唖然とする少年の前で魔物たちは背を向け遁走を始めていた。


「とはいえ。この辺の魔物は特にケンカを売ってくるよな」


三日後、グラスキングダムの外壁都市……首都を円形にとりまく防護の為の町へたどりついたラングは御者に別れを告げ最後に町の手前で襲ってきた魔物の返り血のついた上着を片手に人通りの少ない夕闇の小道を宿へ急いでいた。

街中にもかかわらずこの外壁都市にも夕刻からよく魔物が現れるという。


「襲ってくるっていっても限度が有るぜ? ここから先は問答無用かな」

「うーん、もともと西の方には好戦的な魔物が住んでるのも確かなんだが……」


レダークが細い顎に手をあてがって考え込んでいる。

魔物の生態は一般に動物と呼ばれるものたち以上に複雑でその上、大抵が人間より強靭であるゆえ捕まえて観察する訳にもいかず詳しいことはわかっていない。


レダークは近年学者たちがさじを投げかけているその方向に明るいようであった。それゆえか思うところがあるのだろう。

グラスキングダムと、今まで彼らのいた国ブルーフォレシニアの境界辺りから急に雲行きの怪しくなりはじめたことにしきりに首をひねっていた。


「……だめだわからない」

「なんかこの国、魔物の恨みでも買ってんじゃねーか」


ラングの無責任な言い草にそれはあるかも、と嘆息する。思い当たることでもあるんだろうか。妙に感の入った様子である。

それを横目にラングは宿の前まで来て眉を寄せた。

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