四十三 遠耳
月を隠して雲は黒い。
いかに先を急いでいたとは言え、声をかけられるまでそこに人の気配を感じ取れない果心ではない。
それが、
「お急ぎか」
三条の、その屋敷の裏口の前で声を果心はかけられた。
「驚かせましたかな」
のんびりした声音を発して、気配を断とうとした果心に、
「果心さんでございますね」
その者が言うと、わずかに雲が動いた。
「おんじ、と申します」
雲が切れて光を月が投げると、
「遠き耳、にございます」
言って微笑んだ
「さて、世に松永久秀の悪名を知らしめた幻術師の、お手並みを拝見したいと存じますが、いかがでございましょう」
「なるほど、
「いやいや、我が唯一の術すら、果心さんに破れたとなれば、もはや、
同時に、果心も遠耳も己の気配を断つ。
相互の距離は、果心に声を遠耳がかけたときと変わらぬはずだった。
空いっぱい覆った雲を、一瞬、稲光が照らした。
雷音はない。
もう一度、雲が光って、
「果心様、お
頭上から、女の声が聞こえた。
それに気を奪われたと見せかけた刹那、遠耳の突き出した細い
遠い雷鳴。
続けざまに二度、
直後に、雲を裂いて明滅、雷鳴が響くとともに、大粒の雨が降りかかった。
そのまま、足早に立ち去った果心だったが、背後から、
「果心様、お憾み申し上げます」
と、誰かに呼びかけられているような感覚が拭い去れなかった。
ただ、それは決して不快をともなうものではなく、
「世に松永久秀の悪名を知らしめた幻術師」
という遠耳の声とともに、果心には心地よいものだった。
もちろん、果つる心を長く埋めるものにそれがならぬことも、果心は承知していた。
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