十七 果心

 京にいれば、加藤段蔵と再び目見まみえるおりもいずれあるかと思ってはいたが、呑牛どんぎゅう目眩めくらましを見せるやからの噂さえ、法春の耳には聞こえてこなかった。

「牛を呑んで見せたは、仕官のつてを得んがためでありましょう。どこぞに雇われれば、もはやその技を見せ物にすることはありますまい」

 というのが、呪禁じゅごんもっぱらとする陰陽師として京に通じる流酔の見立てであった。

 流酔に幻術を教示しながら、陰陽道の学ぶこと五年。

「高野山に参ろうかと思うております」

 しばらく胸に秘めていたことを、法春は口にした。

「ほお、何を修せられるか」

反魂はんごんの術」

 歌人、西行法師が高野山中にあったとき、人を造らんとして施した秘術が、反魂と呼ばれる外法である。当時、反魂の術によって、造り出された者が朝廷ちょうていに何人もあったという話も伝わっている。しかし、造り出した人のごときものを高野山のいずこかに捨てて、西行は立ち去ったという。

「ああ……」

 と、声を上げて、そこではたと気づいたように、

「さては、したわしい人を……」

 そう言いかけて、

「いや、さらば、いずれまたお立ち寄りくだされ。そのおりには、反魂の術をご教示くだされ」

 と、すぐさまいつもと変わらぬ笑顔を流酔は見せた。

 つねの薄い笑いを浮かべて、

「ついては、名を改めました」

 法春は、威儀いぎを正した。

「ほお、何と」

 問われて一つ呼吸を置くと、

「果心」

 ゆっくり答えた。

「かしん?」

「果つる心にございます」

 瞬時、己の失態を見せられたような顔を見せて、

「あ」

 と声を上げた流酔だったが、すぐに、

「なるほど」

 大きくうなずくと、

「この流酔も、名を改めてみとうなる」

 少し寂しそうに言った。

 夕闇が迫って燭台に灯が入る。

「果つる心をいかにせん」

 呟いいたその半眼はんがんに、灯の届かぬ闇を果心は映していた。

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