十五 果つる心

 未明、堀川から一条に抜けたところで、法春の掲げた松明たいまつの火が西にあおられて音を上げた。

 風はない。

 西に法春が足を向けると、炎を高く上げて松明は、その手を引くが如く導いて、その先、左にあった小さな屋敷の門前が明るくなった。

 門の高いところに、何渡、と記された古い表札がかかっていた。

 それを法春が確かめるのを待っていたように、ゆっくりと扉を門は開いた。

 法春が足を踏み入れると、前方に小さな青い火が浮かび上がり、ゆらりゆらりと先へ行く。

 法春がそれについて足を運ぼうとすると、手にしていた松明が、その炎とともに闇に溶けた。

 両手が空いて、背中のもよを一度背負い直すのに合わせるように、その亡骸が宙に浮いた。

 安らかに眠っているかのようにもよは横たわっている。

 法春が、青い火の後に続いて歩みを進める。そのままもよもついてくる。

 屋敷の奥に二人を案内すると、庭に面して開け放った一室に入ったところで、その身を青い炎は消した。

「よくぞお出でくださった」

 きざはしに腰を下ろして庭を眺めていた男が振り向いた。

 流酔である。

 もよの亡骸は、その部屋の中央に静かに下りて、いつのまに現れたのか、香を薫き染めた衣に包み込まれた。

「お話の、お連れの方か……」

 流酔の問いに、立ちすくんだまま、

「もよ、と言います」

 言うと、能面のようなかすかな微笑を法春は口元にたたえながら、横たわったもよに、視線を落とした。

「お察しいたします」

 流酔の悔やみには応えず、もよの傍らに静かに腰を法春は置いた。

 続けて流酔は言葉を探したが、今の法春にはどんな言葉も無益である。

 法春の思念は、己の深いところを彷徨さまよっていた。

 なぜ、もよは法春についてきたのだろうか。

 本気で慕ってくれていたとは、法春は思っていない。

 最初から、法春の未熟な術にかかってなどいなかったのかもしれない。小作人の嫁として生を終えることから、ただ逃げたかっただけなのかもしれない。あるいは、もっと違う何かを夢見ようとしていたのかもしれない。そのための手段として、たまたまもよの懐に法春が飛び込んだだけだったのかもしれない。

 己のありようをもよが教えてくれるかもしれない…… そんなことを法春は思っていたが、それはもよも同じだったかもしれない。

 だとすると、同じたぐいの生き物が互いに呼び合っただけだったのだ。 だから、互いに何もわからぬまま、もよは命を落とした……

 いや、それでも法春にもわかったことがある。

 何をやっても、何を感じても、したわしい人を失えばむなしさしか残らないということ、しかも、そんなことはもっと早くに知りうるべきであったということである。

 法春は、無間を思い出した。

 何にとらわれることなく、何を感じることもなく、ただ外法を遣うことだけに生きる。

 法春もそれにならった。倣ったがために……

 そんな思いを巡らせる法春を見ていた流酔が、

つる心をいかにせん……」

 ふっと、そんな言葉をこぼした。

 もちろん、それは法春に向けて発せられた言葉ではなかった。法春を見ていて感じたままを、流酔が口にしただけの言葉である。

 けれども、零れたその言葉にはっとさせられた法春は、流酔に眼を向けた。

 他意のない笑顔を流酔は返したが、無性に何かを壊したい衝動に法春はかられた。決して流酔の笑顔をにくんだわけでもねたんだわけでもなかったのに……

「流酔殿」

 呼んで一つ大きく息を吸って瞑目。

 しばらく、次を待った流酔に、ゆっくりと息を吐いて眼を見開いた法春が、

「我が幻術を御教示いたしましょう」

 言うと、たちまち喜色を流酔は見せて、

「おお、それはありがたい」

 だが、

「代わりに、流酔殿の術を御教授願いたい。ここへ我が身を導き、もよをにのうてくださった術を……」

 その言葉に、流酔は天を仰いで、

「なるほど、人にその秘術を請うなら、こちらも秘術を伝授するのは道理……」

 ためらう流酔に、結句けっく、人とはそんなものよと、すぐに法春は、独り、合点した。

 もうそれだけで溜飲が下がったように感じ、無間の如く法春は半眼になって流酔から視線をらせた。

「法春殿」

 しばらくして、おごそかな声で法春の名を流酔は口にした。

 視線を法春が戻すと、流酔は威儀いぎを正した。

 

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