七 無間の女

 無間の女は、母だけではなかった。

 母とは別に、頻繁ひんぱんに身体を合わせる女を、何人か無間は持っていた。

 兄弟子の言うところの、おなごを誑かす術、が女にかけられるところも、実際に何度も法春は目にした。

 たとえば、夕間暮ゆうまぐれ、三条通りを下るときに無間は女に声をかける。その女を、何によって選ぶかは法春にはわからない。だが、声をかけられた女は、ひどく驚く。

 異形の僧である。

 一瞬、瞳を開いた女に、何やら無間はささやく。

 それだけで、深更しんこう、無間の僧坊をたいていの女は訪れる。

 そして、それは秘行ひぎょうのように施される。

 そのとき、壁を背に座禅ざぜんを組み、ただ、そのさまを法春は見る。

 壁際の法春を、一筋の灯火が映しているのにもかかわらず、それに気づかぬかのように、自ら帯を解いた女はそこに座している無間の膝に股がる。そして、無間の頬を両のたなごころで包み、ゆっくりと口を女は吸う。

 ことが終って息のややしずまった女の目が、壁際の法春の目と合っても、彼に気づくことなく、来たときと同じように、声を漏らすことなく、女は出ていく。

 最初のころは、なかなかそうはいかなかった。

 別の生き物のようにさえ見える女の媚態びたい気圧けおされ、果ては、

「母も……」

 と、思った。

 しかし、そのたびに、

「法春」

 まさに事に及んでいるはずの無間の声が、耳にではなく、法春の頭の中に響いた。

 そんなときに限って、身じろぎもせず壁際に座る子どもに、法春に、女は気づく。驚いた女が声を上げる前に、左手で女の髪を無間がでる。その間に、再び法春は壁となる。それで、女は壁を忘れる。

 術にかかった女のうち何人かは、母のように無間から離れられなくなる。

 ひと月ほどして、無間の膝の上で悦ぶ母も見た。

 だが、いつもと変わることなく、壁を背に座禅を法春は組んでいた。

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