第10話 オーストラリアの炭田:2022年7月
(佐々波三郎が、オーストラリアのメルボルン郊外の炭田を見学する)
2022年7月。オーストラリア。メルボルン郊外。露天掘り炭田。
「あれが、露天掘りです。掘り出し作業は、人間のオペレータがつきますが、掘り出した後の運搬は、自動運転のロボット・トラックが行います」
「いやあ。でかいトラックですね」佐々波が驚いた声をあげた。
「50トントラックです。機械のサイズを大きくすること、出来るだけ無人にすることで、コストダウンができます。規模の小さな炭鉱では、ここまでコストダウンはできません。今は、一人だけ、オペレータがついていますが、現在、無人の掘り出し機械のテストをしています。出来れば、年内に、無人機に切り替えられる予定です」
「発電所は、どこにあるのですか」
「炭田の位置は、資源が埋まっている場所で、変更できません。一方、発電所の位置は、送電網、炭田からの距離、燃やした炭素を固形化して永久埋設する場所との距離を考えて決めます。発電所までの送電施設の建設費は、初期投資だけなので、近くに全く送電施設がない場合を除けば、無視できます。炭田の位置が選択できないのと同じように、永久に炭素を埋設するのに適した場所は限られています。ですから、コスト上は炭田と埋設場所を結ぶ直線の上に、発電所を建設することがベストです。この炭田の周囲で、最適な埋設場所は、炭田の東北方向にあります。つまり、発電所は東北方向にあります。距離はここから、20㎞です」
「炭田の見学が終わったら、発電所も見せていただけますか」
「もちろんです。ただし、炭素固定化施設の一部は、企業秘密で、見学できない場所があります」
「わかりました。ぜひ、お願いします」
佐々波三郎は、メルボルン郊外の露天掘り炭田を見学していた。
佐々波は、カーボンニュートラル対策に伴うメルボルン事務所の拡充計画に伴って、オーストラリアに転勤になった。事務所の拡充計画は、水素の輸入に関っていた。
日本国内で、エネルギーを供給しながら、カーボンニュートラルを実現する方法は2つしかない。
第1は、地熱発電を活用する方法である。この方法は、地熱発電所の候補地が、温泉や国立公園との調整が必要になるために、今まで進んでいないが、発電技術は、確立している。
第2は、炭素を含まないエネルギーを輸入する方法である。炭素を含まないエネルギーには、水素、アンモニア、アルミニウム化合物などが考えられる。現在、一番進んでいる方法が、オーストラリアの水素発電所で石炭を燃焼させて、水素を作って輸入する方法である。このとき、発生する炭素は永久に地層に閉じ込める。
佐々波の見学は、第2の方法の水素発電所と炭田を対象としていた。
カーボンフリーを水素で実現するためには、膨大な量、例えば、全船荷の1割以上の量の水素を輸入する必要がある。そこに、ビジネスチャンスがあると考えたT商事は、オーストラリア事務所を拡充することにした。
しかし、過去のエネルギー政策を見れば、この方針には、リスクが伴う。脱炭素の前に、石油ショック以降、50年以上も、石油からのエネルギー転換をはかるとして、膨大な技術開発経費が投入されたが、見える成果は、出ていない。これを見ると、その場しのぎの思い付きの政策が繰り返されたように見える。自然エネルギーで、天候に影響されず、安定的な供給が出来るエネルギーは、地熱や潮汐に限られる。こうした点を配慮すれば、太陽光や風力は使えない。しかし、そうした議論は全くなされてこなかった。
また、2020年に出されたカーボンニュートラル政策も、エネルギー源の代替案の議論は、全くなされていない。これは、過去に、自然エネルギーの本命を何にするのかという検討と議論がなされなかった状況と同じである。仮に、水素の価格が、石油の5倍くらいになっても、日本経済が耐えられるかという懸念もある。これも、太陽光発電の買い上げ価格を設定する時に、将来の電気代の上昇について、検討されなかったのと同じパターンである。
つまり、オーストラリアのビジネスは、このような不安定要因を抱えていた。
佐々波の今回の見学は、現在試験運用している水素発電所がフル稼働した時のコストを見積もることを目的としていた。
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