全魔鏖殺のウィザード~魔法を使う超常生命体に村を滅ぼされたので、俺はお前たちを全て殺す~

南雲麗

第一話 生誕

燃え落ちる村

 生まれ育った村が、燃えていた。そこかしこで悲鳴とうめき声が上がっていた。キッラーもまた、大地に伏していた。レンガ造りの家々は焼け、畑の麦も無残に燃やされていた。家畜が生きたままに焼かれ、苦痛に鳴く。

 死臭、あるいはモノが焼けていく臭い。どうにもならぬ悪臭が鼻を突くが、キッラーは顔を背けることしかできなかった。暴虐のままに四肢を砕かれ、身動きさえままならぬのだ。代わりに、未だ力を失わぬ二つの眼を見開いた。この惨劇を、胸に刻み込む。


 おお、おお。この鳴き声は。おれが丹精込めて育てた牛の声だ。

 ああ、ああ。あの悲鳴は。先日喧嘩別れした友の咽びだ。


 異様に冴えた聴覚が、鋭く声を聞き分ける。視界いっぱいに広がる炎に、自分も巻き込まれていくような錯覚に陥る。胸に満ちていくのは憎悪。数ヶ月前に都から訪れた、正教よりの伝道師。キッラーたちが奉じていた土着の教えを否定し、神からの授かりものとして奇怪な石を置いて行った。

 村が壊れていったのは、その数日後からだった。長らく足の病に悩まされていた老人が、村長の抑止を振り切って石に触れ、奇跡を得た。村長が膝をつき、老人が歓喜に小踊りする。村人が見ていた以上、止めようがなかった。村人は石に群がり、奇跡を巡って争った。伝道師が再び現れ、争いを収めた。

 以来、村の運営は伝道師のものになった。よその村から正教徒が幾人も流れ込み、あっという間に教会が建てられた。建築費や教徒の生活費は旧来の村人から巻き上げられ、すべてが奴等の利益となってしまった。


 おのれ。


 キッラーの双眸に、憤怒の色が満ちた。彼は村の若人と語らい、決起を試みた。幾人かとは喧嘩別れに終わったが、諦めるつもりはなかった。しかし期日と決めた満月の日、今よりたった数時間前。伝道師と正教徒が篝火を焚き、村を練り歩いた。

「この村が我々、ひいては正教、すなわち帝国への反逆を試みていることが敬虔なる信徒の告解により判明した。今より村人全員に対し、即決裁判を執り行う!」

 それは無情な声だった。キッラーは戸の隙間から篝火の行列を見、敵を確認しようとした。だが、伝道師以外の全員が目出しの三角帽をかぶり、顔を隠していた。計画が露見したのか、それとも裏切り者が出たのか。読み取れる情報は、皆無だった。

 裁判はあまりにも苛烈だった。家を焼くと脅して家人を引きずり出し、抗弁も許されずに有罪とされた。男は殴り殺され、女はもっともらしい理由で慰み者にされた。子は押さえつけられ、大人ですら目を覆うような光景を直視させられた。正教に抵抗するとこうなるぞと、脳に刻み込まれてしまった。


 キッラーは耐えた。手の平に、眼に、血の色が浮かぶ。口の端を噛む。鉄の味がした。窓や壁を砕き、飛び出してしまいたい。逸る心を、猛る心を、必死に抑え込んだ。

 おれが飛び出してしまえば、この惨劇は終わる。

 だが罠だ。仮に惨劇が終わるとしても、村は壊れる。二度と取り戻せない。

 二つの思いの間でのたうつ内に、示威行為はさらに狂気を帯びていった。気づけば、ローブを身にまとった集団が正教徒に混じっていた。煽り、操り、焼き払い、破壊していた。同時に、無法の行為も悪化していた。適当とはいえ、手順を踏んでいたはずの裁判さえもが破棄され、狂気の宴と化していた。


 家が住人ごと凍りつき、脆くも粉砕される。

 虚空より現れた武具に斬られ、貫かれる者。

 操られたかのように家から飛び出し、暴力の標的となる者。


 従来ならばありえぬことが次々と起こり、キッラーは激しく動揺した。


 なんだこれは。なにが起きている?

 これは奇跡か? それとも。


 思い当たるフシはあった。だがそれは、キッラーにとっては伝説で、おとぎ話だった。この世には目に見えぬ「マナ」というものがあり、それを操ることができる、「ウィザード」という人ならざるものがいる。いわく。


 ――遠い昔、神は四人のウィザードを地上へと遣わした。

 ――ウィザードは力を合わせ、神から授けられたマナを用いて世界を作った。

 ――しかし、やがてウィザードたちは思い上がり、神を名乗り、激しく争った。

 ――世界は天変地異により荒廃し、生死の理も大きく乱れた。

 ――神は大いに怒り、ウィザードはこの世からすべて消し去られた。

 ――その結果、我々人間には見えず、扱うこともできないマナだけが残された。


 そうだ。ありえないはずなのだ。キッラーは心の底から、否定を試みた。だが、現実は容赦がなかった。次々と、キッラーの目に、現実が突きつけられた。


 娘を守った母が犯され、娘もまた獣欲に晒され、涙を流す。

 子を守らんとした父が惨めに殺され、すがりついた子もまた、槍の露となる。

 隙をついて逃げ出そうとした村人が引きずり戻され、生きたまま火にくべられる。


 気づけばキッラーの股間は湿っていた。失禁したのだ。しかし始末をする前に彼も炙り出された。むしろ今まで無事だったのが不思議だった。レンガ造りだったはずの自宅が一瞬で焼け落ち、彼は地面に打ち据えられた。見上げれば、黒いローブをまとった男がいた。ローブの下を、そっと窺う。人を人と思わぬ、冷たい瞳が垣間見えた。

「ウィザード……!」

 思わずつぶやく。次の瞬間、冷たい瞳がキッラーへと向いた。それだけで身体がすくむ。凍りついたかのように、身じろぎさえできなくなった。

「汝、反逆者。死あるのみ」

 冷たく、有無を言わせない声。キッラーは舌を打とうとし、かなわなかった。身体がすくんでいるのではなく、縛り付けられていたのだ。すなわち。

「抵抗は無駄だ。我の瞳が、汝を縛った」

「ぐぬ……!」

 意志は折れていないにもかかわらず、キッラーは男を睨むことしかできなかった。発声以外の、すべてが封じられていた。

「やれ」

 さして大きくもない号令。だが、四肢の周りに殺気が漂う。三角帽村人が四人、キッラーの手足へと得物を振り下ろした。

「あああああ!」

 激痛。絶叫。しかし一度では終わらなかった。二度。三度。棍棒、あるいは農具が、繰り返し振り下ろされた。骨が砕ける音を耳にしながら、悲鳴という言葉さえも似合わぬほどの叫びを経て。キッラーはそれでも命脈を保った。四肢が砕けてなお、目の光は失われなかったのだ。

「ククッ。唆る。唆るぞ人間。気が変わった。汝はあえてこのまま生かし、気絶もさせてやらぬとしよう。村が滅びるさまを目に焼き付けるのだ。なに、気にすることはない。汝以外にも生き残りがいては困るからな。然るべき後に、掃討部隊が来る手筈になっている。クククッ。それでは、御機嫌よう」

 空間が歪んで現れた黒穴に、黒ローブの男が滑り込む。キッラーはその姿を目に焼き付けた。せめてもの怒りの表現か。否。断じて否。キッラーの意志は、ただ一つに定まっていた。なんとしても生き延び、黒ローブの男に報復する。今の己と同じように四肢を砕き、すべてが終わりゆくさまを見届けさせる。今決めた。決断した。

 彼の眼に、意志の炎が生まれた。見る者が見れば、確かなマナを感じたやもしれぬ。だがこの場では、誰一人として感知し得なかった。彼は怒りのままに、滅びゆく村を見つめた。目に焼き付けた。


 かのウィザードの力によりてか、キッラーが炎に巻かれることはなく、やがてその意識は、急速に鈍化していった。

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