第11話 王都へ
それからもハーティは背後からびしびしと感じる不穏な気配に時折気を使いながら、どうにかマクスウェル殿下滞在のおもてなしをした。
そんなことが三日間程続いて・・・、いよいよ王都へ向かう日がやってきた。
「・・・ぐすっ、ハーティ・・旦那様の言うことをちゃんと聞いて、しっかり王都でお勉強するのよ」
「しばらくのお別れですね、お母様・・・ちゃんとお手紙を書きますわ」
ハーティとユリアーナは抱き合いながら別れを惜しんだ。
ハーティはこれからしばらく王都で暮らすことになるので、自分の荷物だけでも膨大な量になっていた。
更にはハーティに同行して侍女たちも数人が王都へ異動となるので、それに伴う引っ越しの荷物もあった。
それらの運搬、そして王都へ帰る予定の王族御一行やそれらの護衛、道中の野営道具や食料も合わせると、帰りの旅団は馬車数台と騎士達が連なるかなり大規模なものとなってしまった。
もちろん、ユナは専属侍女としてハーティに同行することとなっていた。
一応ユナはオルデハイト領内の小村出身なので、「王都に住むことになるけども大丈夫?」とハーティは彼女に尋ねたのだが・・・。
「よもや私を置いていくわけではございませんよね?」と凄んできたときはハーティも生きた心地がしなかった。
ちなみに、ハーティはマクスウェルから「道中時間はたっぷりあるし、こちらの馬車に同乗して親交を深めよう」とお誘いを受けていたのだが・・・。
「折角のお誘いですが、婚姻前のご令嬢が密室でご一緒することはできません」と食い気味に突っぱねていたユナを見て、いつもよりは随分我慢してくれていたんだなと沁み沁み感じていた。
ちなみにその後(まあ、婚姻してもお嬢様を穢すことなど断固阻止しますが・・・)と小さく聞こえた言葉については聞き流したが。
というわけで、ハーティはいつも通りユナと二人で一緒の馬車に乗ることになった。
オルデハイト侯爵領と王都までの道のりは比較的しっかりと舗装整備されており、好天にも恵まれたので、ハーティ達はそれから大きなトラブルに見舞われることもなく順調に王都までの行程を進めて行った。
それから2日後・・・、いよいよ王都へ到着する。
「お嬢様、王都が見えてきましたよ」
ユナの言葉を聞いて、ハーティは馬車の窓から外の景色を見た。
すると窓からは王都全体を囲う白亜調の大きな外壁が見えていた。
ハーティ達の一団は王都近郊で敷設されている貴族専用の街道を通っているので、彼女たちの馬車以外は全く交通はなかったが、遠くで見える一般街道では徐々に人々の往来が増えていた。
「すごい人だわ!王都ってすごいのね!」
「まだ王都にも入ってませんからね、市街地はもっと沢山の人がいますよ」
「なんといっても王都イルティアは世界最古の歴史を誇り、世界最大の都市ですからね」
「何よりも『女神教』の聖地にして女神教本部である
「お嬢様がその気を出せば王都民や女神教信者の皆々が貴方様の御前に平伏すこととなるでしょう!!」
「その気は出さないわ」
まったくもって最近のユナは物騒であるとハーティは嘆息した。
「しかし、女神教会の信者達も此方に最も尊い女神様が御座すのに仮初の偶像に祈りを捧げないといけないとは、なんて嘆かわしい・・・」
「・・・・・・」
さすがは王族達の旅団というか、二人がそんな会話をしている間にすんなりと一行は王都への入場を果たした。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
神聖イルティア王国 王都イルティア。
神聖イルティア王国建国の祖、初代イルティア王が、世界創造の代償として消滅した女神ハーティルティアを偲ぶ形で布教し始めた『女神教』の本拠地として、『神界大戦』の最終決戦地とされたこの地に根を下ろしたのが始まりとされる、世界最古の都市である。
その後『女神教』の発展と共に都市も大きくなり、現在は人口八百万人を超える世界最大規模の都市である。
ハーティは今さらながら、これだけ大規模の国家で将来は女性としての最高の地位となる人間になることに恐れ戦いた。
どちらにしても、ハーティが侯爵家令嬢として第一王子の婚約者になる以上、どうすることもできない。
女神としての記憶は戻ったが、これからは人間の身として生きる以上、現実は受け入れないといけない。
ハーティは腹を括って、これから始まる王妃教育に全力で取り組もうと意気込んだ。
「「神聖イルティア王国万歳!」」
「「イルティア王家に女神様の祝福を!!」」
ハーティ達の車列が王都に入るとすぐに、王宮の騎士団が合流し、王宮へと向かっていく。
その車列が進む中央通りを囲むように民衆たちがイルティア王家を称えながら集まっていた。
その余りにも多い数の歓声は、空が割れんばかりのものであった。
ハーティがそれを興奮しながら眺めていると、肉の焼けるいい匂いが漂って来た。
匂いの先へ視線をやると、そこには串焼きの屋台や衣類・雑貨・日常品の露店などが立ち並んでいるバザールがあった。
「串焼き・・食べたいわ」
ハーティは侯爵家令嬢として生まれてきた時からいろんな美食を味わってきた。
望めば大抵のものが食べられる身分であった為、そこまで食に対しての魅力というのは感じていなかったのだ。
尤も、甘いものは昔から大好きではあったのだが。
しかし、女神の記憶が戻った後は何故か食に対していろいろな興味が湧いてきたのだった。
ハーティが女神であった時は何かを食べるという行為は行わなかった。
人間として転生した反動として生まれた欲求なのかはわからなかったが、思えば悠久の時を食事も睡眠も娯楽も無く過ごしてきたかつての自分をハーティは不憫に思ってしまった。
ハーティが女神であったとき、そんなことは全く気にもせずにひたすら神界の為に戦っていたのだから。
「ただでさえお嬢様は侯爵家令嬢であらせられる上、これからは神聖イルティア王国の王太子妃候補になられるお方。このような市井の食べ物や娯楽はなかなか楽しめないかと・・・」
「そんなあ・・・」
折角生まれ変わったのに、自由の効かない我が身にハーティは意気消沈した。
「こんなことならそこらの町娘になりたかったわ・・」
ついハーティは愚痴を零してしまった。
「!?なりません!お嬢様が市井の人間として生まれるなど!どんな下衆がお嬢様を穢すことか!!」
「町娘として生まれたなら普通に生きて結婚して子供を育てて生きていったらいいじゃない・・」
「なりませんったらなりません!そうであったらわたしは何としてもお嬢様を探し出して、その後は常にお嬢様に張り付いてお嬢様を穢す下衆どもから御身をお守りするでしょう!!」
ユナはハーティの話を聞いて顔を青ざめさせながら語っていた。
「えぇ・・・・」
二人が馬車でそんな不毛な会話をしている間に一団は王宮へと到着した。
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