第8話 敬愛するお嬢様~ユナ視点~

 ユナはオルデハイト家ご令嬢である、ハーティ・フォン・オルデハイトに仕える専属侍女である。


 彼女は今日も今日とて多忙な一日を終え、自らの主人であるハーティの就寝を確認した後に自室へと帰ってきた。


 侯爵家令嬢の専属侍女であるユナの自室は、他家の侍女が使うような自室に比べると非常に豪華であった。


 平民であるユナにとっては、かつて住んでいた家よりも大きいと言っても過言ではなかった。


 ユナは卓上のランプに明かりを灯すと、日課である日記を書き始めながら現在に至るまでの出来事を思い返していた。


 ユナがオルデハイト侯爵家にやってきたのは今から3年程前の、ユナが11歳のときである。


 ユナはオルデハイト領内にある村の貧乏行商の家で、男4人女4人の8人兄弟の末っ子として生まれた。


 貧乏子沢山とは言いえて妙であり、やはり比較的豊かなオルデハイト領であっても8人の兄弟が満足に食べていくには厳しい生活環境であった。


 ユナの兄弟たちは、家督を継ぐ長男以外の全員が成人になるのを待たずに、次々と子に恵まれなかった他家の養子や地元商家の奉公等に出されていった。


 そして10歳を越えたユナも女性であることから奉公先を探していたのだが・・・。


「・・・・うちはこんな『暗い髪』の女なんていらないよ!帰んな!」



・・・・・・・・・・・・。



「うーん、正直人は余っているからねえ・・・『この髪色』だと・・まあ、個人的なならお願いしたいけどねえ・・ひひっ」



・・・・・・・・・・・・。



「・・これで10件目か・・・」


 ユナの父親は心底残念そうな顔をしていた。


 魔導の才能の有無は遺伝によるものでは無い為、基本的に人種的な差別の対象にはならない。


 だが、平民にとっては自らの食い扶持を確保するという意味で、魔導の才能が無いことは非常に不利な条件であった。


 特に人手が余るような職場では、才能の有無については有る方が良いのは当然の話であり・・。


 髪の色で魔導の才能が一目瞭然でわかる為、髪色が濃紺のユナが奉公先を見つけるのは困難であった。


 ユナの両親が行っている行商は業績が芳しくなく、商品の仕入れや行商による経費によって借金は増え続けている状況であった。


 このままユナが成人するまでに奉公先や養子としての受け入れ先が見つからなければ、成人したらすぐに娼館に入ってでも稼がないといけない状態であった。


 むしろ、未成年だが働ける、がお客としてやってくるような『少々裏事情のある』娼館にすぐにでも働きに出ないといけないくらい家計はひっ迫していた。


 親子で項垂れながら街道を歩いていると、ふと沢山の買い物箱を抱えた執事や侍女を引き連れた、見るからに高貴そうな一団が近づいて見えた。


 その一団の中に、一際目立つ女の子が歩いていた。


 ・・見たところ、5歳位であろうか。

 

 まるで精巧な人形であろうかという程の可愛らしくも美しい女の子で、身に着けているものや購入しているものは、ユナの家族が一生かけて働いても買えないようなものばかりであった。


 そして、彼女の髪は濡れたように艶があり、美しい黒髪であった。



(あんなに暗い色の髪なんて、逆に珍しいねぇ・・・)


(お貴族様だったら魔導の才能が無くたって見た目が良かったらいいんだよ)


(バカ!聞こえたらどうすんだよ!)



 耳を澄ますとそんなヒソヒソ声が聞こえてきた。


 ユナは自分の髪を摘まむ。


 同じ暗い髪なのに、どうしてこんなに立場が違うのか。


 どうしてこんなに世界は不公平なのだろうか。


「もう・・この世界に女神がいらっしゃらないから、人は不公平な運命で生まれてくるのかな」


「っ、滅多な事言うんじゃないよ!」


 ついユナの口から零れた言葉に、ユナの父親が怒りを露わにした。


 この国は『女神教』を崇拝している。


 この世界が生まれたのも女神様のおかげだと皆が信じてやまないのだ。


 だが、この世界に生まれてきてもこんなに不幸なのだったら・・・。


 何の為に女神はこの世界を創造したのか・・・。


 ユナはそんなことを考えていた。


 そんなとき・・・。



「ナ・・・・ユナ!!」


「!?」



 気づけば先ほどの貴族一行が目の前に迫っていた。


 ユナが周りを見渡して現状を確認すると、自分が完全に彼らの進路を塞いでいる形になっている事に気づいた。


 そして気づけば、ユナの父親も既に道の端へ移っていた。


 貴族と平民では身分に天と地の差がある。


 貴族の進路を塞ぐなど、最悪その場で不敬罪として処罰されても文句は言えないのだ。


 そんな状況を知って、ユナは青ざめた。


 せめて罰せられるなら自分だけにしないと・・・、そう思った矢先のことであった。


「・・あなた、私と似ている髪色をしているのね」


「・・・え?」


「すっごく嫌になっちゃうわよね!みんな可哀そうな人を見るような目をするの!」


「あなたもわかるでしょ!」


 いきなり目の前で語りだした幼女にユナは困惑するばかりであった。


 でも、彼女が話す事の内容は理解できた。


 彼女の言う通り、自分は生まれた時からずっと周りの人間に可哀そうな人を見る目で見られてきたのだ。


 魔導の才能に溢れた金髪のような明るい髪色の人間もごく僅かだが、ここまで暗い色の人間もまた珍しい。


 私でさえそうなのに、純粋に見た目としては惚れ惚れするほど深く美しい黒色の髪をした、目の前の少女はどうなのだろうか。


 たとえ貴族として生まれたとしても、つらい気持ちになったのではないのか。


 そう思うと何故か目の前の幼女に深い親近感を感じた。


「ねえ、あなた私のお友達にならない?」


「おともだち・・・?」


 正直、言われていることが全く分からなかった。


 それを聞いた彼女の傍に侍る執事が彼女に指摘をする。


「お嬢様、彼女は平民です。お嬢様とお友達になるのは難しいかと・・」


「なら、どうやったらお友達になれるのよ!!」


「・・・お友達は難しいですが、『侍女』としてなら一緒にいれるかと・・」


「ああ、お父様が私の為に探している『せんぞくじじょ』とかいうやつね!!」


「はい、お嬢様に何人か候補を紹介しましたが、軒並み『気に入らない!』と拒否されたその『専属侍女』です」


「だって本当に気に入らなかったのよ!みんな本心で私のこと可哀そうって思っているのがわかるもの!そんなのお友達になれないわ!!」


「ハーティお嬢様・・・」


「私決めた!この子を『せんぞくじじょ』にするわ!」


「・・・はあ・・まずは先方様の意見も聞いてみましょう」


「あなたが彼女の親御さんですか?」


 彼女の執事がやさしく声をかける。


 おそらく彼は当主付きの執事長なのであろう。


 執事でありながらその見た目や所作は非常に洗練されていた。


「は・・はい、そうですが・・」


「このようにオルデハイト侯爵家ご令嬢であらせられるハーティお嬢様が貴方の娘さんをぜひ侍女として迎え入れたいということですが・・・もう既にどこか奉公先がお決まりですかな?」


「こ・・こうしゃく!!・・い、いえ・・・まだ決まっておりません、というか見つからないのでこちらとしては願ったり叶ったりですが・・・」


「・・・というわけですが、いかがですかな?御嬢さん」


 それを聞くと、その執事はユナに向けて優しく微笑んだ。


 奉公先が見つからないユナたちにとって侯爵家のお嬢様付専属侍女になれるなど、またとない機会である。


 どちらにしても、平民風情が侯爵家からのを拒否することなどできないだろうが・・・・。


 その時、ユナは初めて女神ハーティルティアのお導きに感謝したのだった。

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