第7話 婚約者
ハーティが女神の生まれ変わりであることが、ユナにバレてしまった翌日。
ユナは朝一番に、ハーティと婚約者予定の人との顔合わせ御茶会の準備をする為に、ハーティの自室へ来ていた。
「女神ハーティルティア様の御心が、我々皆が聖とある為にあらんことを」
ユナはハーティの顔を見るや、『最敬礼』の姿勢を行った。
「・・・何をしているの?」
ハーティはユナに問いかけたが、ユナは微動だにしなかった。
「・・・朝のお祈りでございます」
「・・・あなたいつも屋敷の正面玄関にある祭壇でしてなかった?」
ハーティの言葉を聞いたユナが、さも当たり前のことを言うかのように瞳を妖しく光らせながら語り出した。
「ご冗談を。目の前に至高であらせられる女神様御本尊が御座すのに、何故偶像にむけて祈りを捧げるのです」
「・・・・・人前ではやめてね」
「もちろん心得ております」
「ならいいのだけれど・・・」
ハーティはユナの件についてはいろいろ諦めることにした。
「・・・しかし、王国次期王太子風情がお嬢様の婚約者になられたいなど厚顔の極み」
「こら、ユナ。不敬罪になるわよ」
結局、昨日の夕食時に両親からハーティの婚約者が神聖イルティア王国の第一王子であるマクスウェル殿下であると伝えられたのであった。
神聖イルティア王国には現在二人の王子が存在し、第一王子は長男であったが側妃殿下との子である。
一方、第二王子は王妃陛下の息子であった。
もともと長らく子に恵まれなかった王妃陛下であった為、昔からの幼なじみということあり奥入りした側妃殿下から後継者を臨んだ為にこういう状態になったのだ。
しかし、後に漸くすると王妃陛下からも王子が生まれることとなった。
神聖イルティア王国の王室典範によるところ、王位継承順位は生誕順にあるとされる。
王妃陛下と側妃殿下は非常に仲が良く、それによる後継者問題はないとされていたが、後継者が側妃殿下の子という部分から中央貴族の反発が懸念された。
そんな事情から王国有力貴族であり、宰相の娘でもあるオルデハイト侯爵令嬢を婚約者として侯爵家の後ろ盾を得ることで、マクスウェルの立太子について中央貴族を黙らせるという政略的な理由もあったのだ。
しかし、ユナはマクスウェルがハーティの婚約者になることに納得ができないらしい。
「お嬢様は神聖にして不可侵なのです。王族が何だというのです。所詮は人間ではないですか」
「こら、ユナ」
「お嬢様は処女懐胎して女神様の御子を授かり、新たな神が我々人間共を共に導くのです」
「そんな能力はないわ」
(多分・・・ないよね!?)
そもそも神とは神界で自然発生するものであったはず・・・。
女神ハーティルティアとして顕現したときなど永遠に近い昔なので、もはやどうであっかなど覚えていないのが事実であった。
尤も、転生前なら覚えていた可能性があったのだが・・・。
「百歩、いえ万歩譲って婚約者になるのはいいでしょう。止む無しですが・・・」
(止む無しなのね・・・)
「ですがもし、お嬢様を穢すようであれば刺し違えてでも阻止します!」
「やめなさい」
ハーティの女神化をユナに見られてから、ユナの狂信者具合がさらに増したようである。
このままでは将来自分の為に何か恐ろしい凶行や儀式に走るのではないかとハーティは本気で心配していた。
もし、ハーティがユナに侍女としてお暇など伝えようものなら「神は見放された」とか言い出して破戒神官になりかねない気がする。
「お願いだから破戒神官とかにならないでね・・・」
ハーティは心から願っていた。
そしてその後入室してきた他の侍女達にハーティは徹底的に磨き上げられたのだった。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
ほどなくして濡れたような髪は編み込まれ、高級生地と宝石をふんだんにあしらったオートクチュールのドレスを見に纏ったハーティは、御茶会の会場となる屋敷の中庭へと向かった。
ユナたちを連れて会場に到着すると、そこには既にハーティの両親と側妃殿下、そしてマクスウェルが優雅にお茶を楽しんでいた。
ちなみに今回は顔合わせの為、国王陛下は不在で正式に婚約が内定すれば、王宮で国王陛下へ謁見を行い正式に婚約者が承認される形となる。
「おお、ハーティ。待ってたぞ。さあ、ご挨拶を」
そう言われたハーティは、すかさず淑女の礼をとる。
「はじめまして、ユーリアシス側妃殿下、マクスウェル王子殿下。私はオルデハイト侯爵家が長女、ハーティ・フォン・オルデハイトでございます」
「まあ、堅苦しい挨拶は結構よ、ハーティちゃん」
「ご存知だとおもうけど、私は神聖イルティア王国側妃のユーリアシス・サークレット・イルティアよ」
そう挨拶した側妃殿下は、おっとりとした雰囲気であるが流石は王室の人間といった感じで、全身から上品さが滲み出ていてハーティの母親と同じく年齢を全く感じさせない、金髪金眼が目立つ絶世の美人である。
「さあ、貴方も挨拶なさい」
そう言われて立ち上がった青年は紳士の礼をとる。
「はじめましてレディ、私は神聖イルティア王国第一王子のマクスウェル・サークレット・イルティア。よろしく」
マクスウェルはハーティと同じ8歳でありがら、紳士の高貴さをもっていて、髪色も瞳も美しい黄金色の美青年であった。
髪色から察するに親子共かなり魔導の才能に溢れていることが伺える。
ユーリアシスとユリアーナは、王妃陛下と三人揃って学生時代からの親友であったと、ハーティは母親から以前に聞いていた。
そういった事情もあって、大分以前からハーティとマクスウェルとの婚約は決まっていたようだった。
かつて女神であったときは、神同士に敬愛や親愛という感情は存在したが、恋愛感情というものは持たなかった。
神界において男性型、女性型と神は存在したが、神々は交配によって個体数を増やす存在ではなかったからだ。
その名残なのか、ハーティが幼いからなのかはわからないが、間違いなく世間ではモテそうなマクスウェル殿下をみてもハーティは(美少年だな)という以上の感情は生まれなかった。
しかし、ハーティは自身の背後にある不穏な気配をビシビシと感じていた。
言わずともがな、ユナである。
ユナは一見侍女らしい無表情をしているように見えるが、長年一緒にいるハーティには分かっていた。
ユナがマクスウェルをまるで親の仇のような感情で見ていたことを。
兎にも角にも、せっかく生まれ変わったのだし、今は恋愛感情など浮かばないが婚約者生活を楽しもうとハーティは思ったのだった。
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