第一章 神聖イルティア王国編

第5話 ハーティの決意

「・・・よかった」


 極大浄化魔導の発動が終わり、先ほどまでの絶望的な状況が回避されたことを知ったハーティは安堵の声を漏らした。


 そして、先ほどまで死にかけていたユナの事が気になって視線を下ろす。


 すると、そこには跪きながら両手を祈るように組み、俯いたその額にその手を宛がった姿勢をしたユナがいた。


 それは『女神教』において、女神ハーティルティア像の前で信者や神官が行う『最敬礼』の姿勢であった。


 この姿勢はこの世界の創造を代償に消滅した、亡き女神ハーティルティアへ祈りを届けるための姿勢であり、どれだけ高位で偉い神官の前であってもこの姿勢をすることはない。


 正真正銘、女神ハーティルティアの為だけに行う姿勢であった。


「え・・・・・」


 そんな姿勢を目の前でされたハーティは困惑するばかりであった。


「女神ハーティルティア様・・・!」


「この度は信仰心の足らぬ未熟な私めの為に顕現された上、私めを救って頂き感謝致します」


 ユナはハーティの戸惑いなど気にせず、感極まった様子で『最敬礼』のポーズから微動だにしなかった。


(う・・・うそだ)


 ハーティはユナが敬虔な『女神教』信者であることを知っている。


 むしろユナ本人に限れば、『とても熱心な信者』といっても過言ではないであろう。


 そんなユナに対して、もし自分が本当に女神ハーティルティアの記憶を持った生まれ変わりだと知られれば、どうなるかなど容易に想像できた。


 そして、ハーティの髪の毛や瞳の色は今もなお変わらず輝く白銀色である。


 ハーティの知る限り、有史以来このような髪色や瞳の色をした人間など現れたことがない。


 全世界的に『女神教』が信仰されるこの世界で今の髪色のような人間がうろついていれば、大騒ぎになるどころか本家聖女様など霞むほどの崇拝を受けることは想像に容易い。


 ハーティとして生まれてからの8年間を普通の人間として生きてきたハーティにとって、それは絶対に避けたい事態であった。


 せっかく神々の願いが叶い、今の世界が生み出されて自分自身も生まれ変わったのだ。


 考えれば『女神ハーティルティアとして過ごしてきた前世(?)において、そのほとんどの時間は戦いの記憶ばかりであった』


 どのような因果で受肉して生まれ変わったのかは全く謎だが、ぜひとも今度こそは普通の人生を歩みたい。


 今世で女神ハーティルティアの力が必要にされていない以上、今の力を世間に知られることは世界に大きな歪みを生み出すことになるかもしれない。


 ハーティはとにかく発現したこの力を隠すことを決意した。


 そして、まずは眼前の問題であるユナに対してこの状況をどうやって誤魔化そうかを考えていた。


「や・・・やだわ、ユナ。私は女神ハーティルティアなんかじゃなくてよ」


「私の名前を忘れてしまったのかしら・・・」


 ハーティは取り繕った顔でとりあえず自分が女神ハーティルティアでないことをアピールすることにした。


「ふふふ・・・お戯れを女神様。それほど見事な白銀色の髪色と瞳を持つ御方が女神様でないはずがございません」


「・・・・・・」


 しかし、ユナには全く伝わっていない様であった。


 兎に角、どちらにしてもこの髪色をしているのはこの世界においては非常にまずいことである。


 ハーティはすぐさま光属性の魔導を発動して髪色と瞳の色を黒く変化させた。


 これは対象物にあたる光源を光の魔導により屈折させることで、視認するものの見た目を変化させるものである。


 無論、この効果は屈折が作用している間だけものであり、常に視認する色を変化させるには常時魔導を発動する必要があり、常人であれば長時間維持するのは不可能である。


 しかし、女神の力を持つハーティは大気中のエーテルを無尽蔵にマナへと変換して使える為にまったく問題ない。


「そ・・そうだわ!きっと日頃あまりに信仰深い私たちが命の危機に瀕したから、失われた女神の奇跡が起こって一時的に私に女神の力が宿ったのだわ!!」


(く・・・・苦しいか)


 ただでさえ女神が失われたとされるこの世界でいくら聖女様や大司祭様などの敬虔な信者だったとしても、女神の力が宿ることなどありえないだろう。


 しかし、女神としての力を見られてしまった以上、ゴリ押しするしか方法はなかった。


「・・・・・心得ました」


 ハーティの言葉を聞いたユナは、何やら含みを持った表情でそんな言葉を綴った。


「女神ハーティルティア様へ『女神教』の教えを説くなど愚の骨頂。いままでハーティとしての姿でいらっしゃった時に講義を抜け出していらしたのはそういう事でしたのですね」


「・・・なにやら勝手に納得しているけど、違うからね」


「本当に私に女神ハーティルティアとしての記憶なんてなんだから」


 ついさっきまで女神ハーティルティアの記憶がなかったことは事実であり、嘘は言っていない。


「と、とにかくさっきの出来事はここだけの秘密でお願い!本当にお願い!」


「当たり前です。もしハーティルティア様の美しい御姿が露呈すれば女神教会は黙っていませんでしょう」


「・・ぐ、やはりそうよね・・・」


「・・・あと私はハーティルティアなんて名前じゃないから、今も昔もこれからも『ハーティ』よ」


「あんな力だって、きっと二度と使えないんだから。こうして私の髪や瞳だってもとの黒色に戻ったんだからね!」


 そういうと、再びユナはハーティの前で『最敬礼』の姿勢を取った。


「私ユナは女神ハーティルティア様に誓って、この命に代えてでもあなた様の秘密はお守りします」


「べ・・・べつに命までかけなくてもいいとおもう・・よ?」


「いいえ、これは女神ハーティルティア様より賜った神命です。これからも全身全霊を以てあなた様にお仕えします。


 そういいながらユナは満足そうに微笑んだ。


(どうやってもユナを誤魔化すことは不可能みたいね・・・)


(とにかく黙ってもらえるみたいだし、こんなこと何度も起こらないでしょう・・・)


(これからも魔導の才能がない侯爵令嬢ハーティ・フォン・オルデハイトとして生きていくわ!!)


(そして、『普通の人間』としての人生を楽しむのよ!!)


 ハーティは心の中でそんなことを固く決意したのだった。

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