とどまることをしらない無数の斬撃は光を巻き込みやがて悪を打ち倒す!(だが呪われていた)

@hayataruu

【1話】双子。

私はアーニャ・ベルモンティア。

大精霊が棲むという大きな湖の近くの村で生まれた。

村長のお父さん、お母さんとお姉ちゃんの4人で静かに暮らしている。


お父さんはほかの街に行ったり大人同士で集まったりと、村長の仕事が忙しい。なので家事や畑仕事はお母さんと私、お姉ちゃんで手分けしてするようにしていた。



「アーニャー!どうー?捕まえられたー?」


エリスの声が聞こえたけど、私は反応しない。


「アーニャ―!ねえ、アーニャーーーー!!」


魚が居なくなった湖の底を見てため息を吐いた私は、仕方なく顔を上げた。


「ああ、もうっ!エリスは少し静かにしててよ!魚が逃げちゃう!」

「だって、溺れてるのかと思って」


湖岸に立つエリスは申し訳なさそうにして、スカートの前の方を掴んでいる。

エリスと私は双子で、顔もそっくり。だけど私と違って女の子っぽくて、頭がとっても良かった。

私が魚の入った網のカゴを手にザブザブと岸に上がると、エリスが中を覗き込んでくる。


「いち、にぃ、さん……3匹獲れてるじゃない!十分よ!」

「今夜はお父さんが家に居るんでしょ?4匹ないと足りないわ」


私は水で濡れた髪をギュゥーと絞った。


「ふふっ。ちゃんと考えてるわ。お父さんには皆の分の魚のアタマをあげましょう。それにあまり獲り過ぎてしまうと、水の精霊様の分がなくなってしまうわ」

「それは……」


天才だ。

言う通りに3人分の魚のアタマを集めれば、丸1匹分の魚よりたくさんの量になる。お父さんだって喜ぶはずだ。


「そうね、エリスの言う通りだわ!」


姉のエリスは数の計算が上手だ。お父さんもそれは気が付いていて、将来はエリスとそのお婿さんに村長をやってもらうと言っていた気がする。だからエリスは将来のお婿さんを探さないといけない。大変だ。

エリスとお婿さんが村長になったら、私はどうしよう。私の夢は――。



「ただいまー!」


私とエリスが家の扉を開けると、お母さんが夕飯の準備を始めていた。


「あら、おかえり。エリス、呼んできてくれてありがとう。アーニャ、魚は捕れた?」

「うん、ほらっ!」


魚の入ったカゴを差し出すと、お母さんは少ししてから首を傾けた。


「うーん?今日はお父さんが帰ってくるから4人の日よ?」


お母さんは困ったような、難しそうな顔をしている。

するとエリスが言った。


「……ふふっ!あのね、お父さんには、私と、アーニャと、お母さんの分の、魚のアタマを食べてもらうのよ」

「そうよ!エリスったらすごいんだから!これで魚を捕まえるのはいつも3匹で済むわ!」


お母さんはちょっと驚いた後、優しい顔で息を吐いた。

すると、私たちの後ろに大きな影が近づいて、振り返るとお父さんが立っていた。


「ただーいまー!」

「お父さん!!」


私とエリスはお父さんにしがみ付く。私はそのままお父さんの身体をよじ登って、帽子を脱がせた。

アタマのてっぺんにある“キンダンの大地”にタッチするのが使命なのだ。


「アナタ、おかえりなさい。思ったより早くて嬉しいわ」

「ちょうどユートレットを出発する商人の方と仲良くなってね。馬車に乗せてもらったんだ」

「それはなによりだったわ。それじゃあ、夕飯の支度を急がないとね。エリス、アーニャ」


私とエリスはお母さんを見た。


「ええと、エリスはお料理を手伝ってちょうだい。アーニャは、馬を小屋に入れてきて」

「えぇー!魚を捕まえたら遊んで良いって言ったじゃない!」

「だーめ。早く夕飯にしないといけないでしょ」


私がふくれっ面を作って見せると、お父さんが笑った。


「はははっ。やっぱりアーニャは男の子みたいだな!よし。馬はお父さんに任せろ!夕飯までには帰ってこい!」

「やった!」

「アナタ……!」


お母さんは困ったようにお父さんの方を見た。


「まあ、いいじゃないか。子供は好きなことに打ち込むのが仕事だ。エリスは良いのか?」

「私は、花嫁修業があるから……」



エリスの女の子っぽいところも好きだけれども、私は私だ。



家の裏手に生えた大きな木。

そこに立てかけられた“聖剣”をゆっくりと持ち上げる。


「これが……聖剣……!」


圧倒的なマリョクの高まりを必死に抑えるように、私は柄の部分を両手で握りしめる。腰を落として大きく足を開き、呼吸を整え、目は大木を見据えて。

木々がざわめき、どこからかジャアクな魔獣の鳴き声が聴こえた、気がする。


「フッ……!」


ガツンッと音がして、木は“聖剣”を弾き返す。


「強い……っ!でも、これならっ!」


渾身の力を込めた斬撃を放つと、バキッという音がして“聖剣”は真っ二つに折れた。手がジンジンと痺れている。


「……これではなかったか………」


また“聖剣”を探す旅に出なければいけない。



いくら私が子供だからと言って、これが聖剣でないことくらい分かっている。剣ですらない、ただの拾った木の枝だ。


それでもこうして修行を続けていれば、いつか大きくなって、魔獣からみんなを守れるような人になれると信じている。この大木を切り倒せるようになった頃には、アーニャという剣士の名は世界に轟いていることだろう。



おなかがすいた。帰ろう。






月日は流れ、13歳になった。


今日は湖の大精霊様を祀った村のお祭りの日。

近隣都市からの協賛金やお祝いの品などを使って開かれる大規模なお祭りだ。

村の外からも多くの人が集まるので、村の貴重な収入源ともなっている。


夕方になったら私たちの出番。


私とエリスはその大勢の観光客を前にダンスを披露している。させられている。

村長の娘だからというわけではなく、ほかに年頃の娘というのがいないのだ。


踊っていると、観客の声が時々耳に届く。


「おいおい。あの左側の娘、えらく綺麗じゃないか。それに踊りも素晴らしい」

「村長の娘のエリスって娘らしい。まさに神秘の妖精のようだ」


対して、右側の娘の動きはとてもぎこちない。


「右側―!がんばれー!」

「見た目はどちらも可憐だと思うんだがなぁ?」


下手くそなのは当然だ。だってろくに練習していないのだから。一人で練習すると言って家の裏で隠れてやっていたのは剣の鍛錬だった。剣士にダンスは必要ない。


すっかり日が暮れてしまった。村を照らすのは松明の炎と月の明かり。


曲が終わろうとしている。私は最後の振り付けでエリスと手を組んだ。

その時――。




「キャァァァァ!!!」




少し離れた所から女の人の悲鳴。


「魔獣だぁぁぁっ!!」

「に、逃げろ、逃げろぉぉぉッ!!


壇上を取り囲んでいた大勢の観客の波が、正面から両側に割れてワッと散っていく。その割れた真ん中を、1匹の魔獣がゆっくりと近づいてきていた。


『グルルルゥゥゥ……』


4つ目の狼は低く唸っていた。


近くにある湖の「大精霊」の加護のおかげで、この村に魔獣が現れることはない。だから、生きた実物の魔獣を目にするのは初めてだった。


壇上に取り残された私とエリスは、震えて立つことさえできなかった。あれだけ魔獣と戦うべく鍛錬を積んでいたはずなのに、いざ目の前にすると何もできない。

悔しさなんて感じる余裕はない。ただ恐怖だけ。


魔獣は壇上の私とエリスに狙いを定めたようで、ほかに目もくれずにこちらに歩を進めてくる。「この獲物は群れからはぐれた」、そう思っているのだろう。


狼が飛び掛かるには十分な間合い。

私はエリスと抱き合った。奥歯がガチガチと鳴る。


もうだめ。


私は目を閉じた。







――――何も起こらない?


しばらく目を瞑っていても、やっぱり何も起こらない。

私は恐る恐る目を開いた。


目の前には大きな影があった。私たち2人は松明の明かりが作ったその大きな影の中に入っていた。

見上げると、粗末なローブを着たその人物は私たちを背に魔獣と対峙していた。

背中越しにチラリと見えたのは、剣。



圧倒的だった。衝撃的だった。


その剣士の気迫は魔獣を少しずつ後退させ、こらえ切れなくなり飛び掛かった魔獣を一刀両断。たぶん、そうだと思う。目がついていかなかった。


彼、長く白い髭をたくわえたその老人のような剣士は、長く湾曲した細身の剣を使っていた。両手をダラリと下げるように低く構え、そこに魔獣が飛び込んだかと思ったら、その首は胴体から切り離されていた。剣を振る動作どころか、その身体は微動だにしていないように見えた。


「これが……剣士……」


思わずつぶやくとその剣士はこちらを振り返り、しわだらけの顔で眼光鋭く私を見据えた。




魔獣騒ぎが一段落した後、お祭りムードは真夜中になっても続いていた。

魚、肉、野菜、お酒。村の家々が戸を開け放ち、誰彼構わず宴を楽しむのだ。父も母も、落ち着きを取り戻したエリスも、誰も家にはいない。どこかの家にお邪魔しているのだろう。


私は家の裏手に来ていた。鍛錬用の木剣、13歳にもなってさすがにもう“聖剣”とは呼んでいなかったが、それを持ち上げ、いつもの大木に向けて振ってみる。




カツン。



もう一回。



ガツンッ。




魔獣の4つの目を思い出したら身震いがした。

それを誤魔化すように何度も大木を切りつけた。

何度も、何度も。


遠くから大人の笑い声が聞こえる。

それは私に、夕方に聞いた悲鳴を思い出させた。



力が抜け、立ち上がれなかった感覚。

肩の震え、奥歯のガチガチという音。

それらが、いつまで経っても身体の奥の方に残って消えない。



何度も、何度も振る。


何度も何度も、大木を“斬る”……。



「っああぁぁぁぁッッ!!!」


私は大木に向かって、木剣を思い切り投げつけた。


「……ハァ、……ハァ、……ハァ……」


息が上がっている。

バカみたいだ……。


私のこれまではなんだったんだ。

何のためにこんなことをしていたんだ。


私は、いったい、何が、私は……。


私は急に、自分がこれまで本気で取り組んできたものが、ただの遊びでしかなかったように思えた。いや、気が付いたのだ。ようやく。


同じ日に生まれた双子の姉は皆から美しいと称賛され、女としての階段を一歩ずつちゃんと上がっていっている。

対して自分は、未だにここで、棒きれを振っている。


「……ぅうっ……うっ……」


私は膝を抱えて泣いた。

村の皆に知られないように、小さな声で。


これまで過ごしてきたちっぽけな13年間が、両方の目からどんどん零れ落ちていく。それは止めようとしても止められず、拭っても拭っても溢れ出てきた。


きっと、これが乾く頃には私は普通の女の子になるのだろう。


エリスみたいに料理を覚えて、誰かのことを好きになったりして。


――そんなことを考えていた。





「いたいっ!」


ゴツンと音がした。目から星みたいなのが飛び出した気がする。

触ってみると、何かが私の頭の上に乗っている。何か細長い、棒みたいな物。


ワケが分からず、それを指先に触れたまま後ろを見る。




さっきの老剣士だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る