曼珠沙華と黒猫

赤魂緋鯉

曼珠沙華と黒猫

 とある機関所属の掃除屋スイーパーのノワールが敵対組織に捕らえられた、という事を聞きつけ、同僚のルージュは彼女を助けにそのアジトに単身乗り込んだ。


「くっ……」

「処刑まで精々そこで仲良くしろよ?」


 だが、たった1人ではアリのように出てくる敵には多勢に無勢、あっという間に彼女は取り押さえられてしまった。


 その結果地下室にて、左右の手首にそれぞれ手錠をかけられ、2人仲良く天井のパイプでつながれていた。


 双方、外部との連絡手段も武器も奪われ、下着の上にワイシャツだけを身につけている。


「おいルージュ! 助けに来たやつがとっ捕まってどうすんだよクソアマ!」


 重い鉄扉が閉まって鍵がかかる音がするやいなや、自身同様、体中に打撲根を付けたルージュに対してノワールは怒鳴った。


「せっかく来てやったのにその言い方はなんだよノワール」

「アタシなんか放っておけよ!」

「出来たらしてた」

「じゃあしろよ! んなテメエまでボコられる必要がどこにあんだよ!」

「仕方ないだろ。勝手に身体が動いたんだから」

「は。アタシが助けて欲しがってると思ったのか?」

「違う。……お前が、私以外に殺されるのが嫌だったんだよ」

「……。おう、そうかよ……」

「……なんだよ」

「何でもねえッ!」


 ルージュの顔を見ずにだらりとうつむいたままのノワールだったが、急にトーンダウンした事を不審に思ったルージュに訊かれ、彼女はそのままで食ってかかった。


「んなノープランなんてテメエらしくねえじゃねえか。その年で焼きが回ったか?」

「舐めるんじゃない。お前を見つけた時点で第一段階は達成してる」

「へー。じゃあこっからどうすんだ? あのバケモン共みてーに手錠をねじ切るか?」

「それが出来ればわざわざこんなプライドもなにもない格好にされてない」


 下を向いたままのノワールにそう言いつつ、ルージュはジャンプして右腕でパイプを掴み、頭がちょうど左手で触れられる様に懸垂する。


「策があるってぇ言い草だが、テメエのペチャパイで野郎は釣れねえだろ」

「なんだと? その無駄にデカいチチもいでやろうかこのマヌケ」

「マヌケはテメエもだろ」

「抜かしてろマヌケ」

「うるせえバーカ」

「バカにバカと言われたくないんだが?」

「テメエもバカだろこのバカ」

「そう言ったヤツが1番バカなのが世の常だ」

「は? アタシがどうバカだって?」

「顔も見たくなかった元カノとラブホにしけ込んで、薬嗅がされてそうなってるのは他にどう言えと? しかもそこの名前が――」

「あーあー! うるせえ!」


 そんな低レベルな罵り合いをしながらも、ルージュは着々と第二段階へと進んでいく。


 頭頂部付近に指を入れ、髪の下から大きめのクリップを出すと、パイプにかけられた手錠のギア部分に刺して外してしまった。


「そんな愛しのバカに朗報だ」


 あっという間に両手を自由にしたルージュは、しゃがみ込んで足首の手錠を外しつつ、ノワールの顔をニヤリと笑って見上げる。


「なっ――」

「おいおい。こっち見ないと思ったら泣いてたのか。目腫れてるぞ」

「うるせえ見んなッ。クッソ、バカにしやがって……」


 泣き腫らした目を見られない様に、ノワールはさらに顔を反らした。


「してない。いつ殺されるか分からないのに、3日もこんなとこいれば絶望もするだろ」

「……るせー。早く助けろ」

「言わなくてもそのつもりだ。ちょっと待て」


 それ以上は煽ることもせず、ルージュはノワールの顔を見ない様にしながら手早く外していく。


「手首、酷い事になってるな」

「……触んな」

「……もう少し、早く気が付いてやれなくて悪かった」

「――謝んな気色悪い。ぶっ殺すぞ」

「へっ。やっと調子出てきたな」


 顔をしかめて唾を吐く様に言ったノワールへ、彼女の足首の物を外したルージュは、愉快そうな様子で笑って自分より華奢きゃしゃな彼女の背中に手を回した。


「やめろ馴れ馴れしい。……ところで、どうやってそんなでけえもんを?」

「ウィッグだよ。ほれ」


 その肩に乗った手をべっと払ったノワールの問いに、ルージュは少し顔をしかめながら長い髪のかつらを外した。


「あ? なんで髪切ってんだよ。テメエせっかく伸ばしてたのによ」

「……ノーコメント」

「ヨリ戻すって言ったからか? オイオイ、今時そんなベタな理由で切るか?」

「ノーコメント」

「ほー、ねるなんて可愛らしいところあるじゃねーか」

「ノーコメント! おら、とっととずらかるぞ!」

「へいへい」


 図星のため、今度は自分が顔を反らす番となったルージュは、手錠のギアがある部分をコンクリート打ちっぱなしの床で研ぎ始めた。


「おいルージュ。ただずらかるだけじゃアタシらの沽券こけんに関わると思わねえか?」

「というと?」

「分かってんだろ? あの金歯のクソヤロウのタマ取ってやるんだよ」

「ああ、悪くないな」

「だろう?」


 あっという間に手錠を刃物にしつつ、壁でそれを研磨しながら2人は凶悪な笑みを浮かべた。



                    *



「よう。ミス・ブラン長官殿。知っての通りだが、スマートに捕虜交換と行こうじゃないか。俺としてはアンタに股を開かせたいところだがね?」

「旧い脳みそとナニで考えた腹話術は変わらない様だな。両方ちょん切ってからつまみ出すべきだった様だ」


 ニヤリと粘着質な笑みを浮かべ、ノワールを捕らえた組織のボスは、金歯を光らせながら品のない言葉をモニター越しに彼女らのボスへ投げかける。


「手厳しいな。さて、どうする? ご自慢の優秀なエージェント2人と釣り合うとなると、ウチの兵隊が何人必要になることやら」

「オイオイオイ、まさかあいつらを捕虜にしたと本気で思っているのか?」


 馬鹿にした様な笑い声を上げたブランは、クックックッ、と笑いながら金歯の男に言い放つ。


「何が言いたい? という顔だな。なに、今日も私の酒が旨くなるというだけだ」

「は?」


 その言葉と同時に、男は背後からルージュとノワールに頭と心臓を打ち抜かれた。


「ルージュ。約束通りその功績で今回のはチャラにしてやるから、お前らゆっくり休めよ。上官命令だ」

「はっ」


 目を閉じて長い息を吐いたブランは、じゃあな、と言って通話を切断した。


「なんだよ、最初からやる予定だったんじゃねえか」

「言おうと思ったらお前が先に言っただけだ」

「ったく。……まあ助かったぜ。その、……相棒?」

「……止めてくれ。こっぱずかしい」

「恥ずかしいってなんだよ! 言いたいのはこっちだっつの」

「はいはいそうですか。……で、どこか一緒に養生行くか?」

「……おう。テメエに髪切らせちまった責任はとるぜ」

「お前は関係ない」


 見回りに来た下っ端から装備等を強奪して、最後にボスの首をって組織を壊滅させた2人は、お互い少し恥ずかしげにそう言い合いつつ、奪われた衣服の捜索を始めた。


 倉庫のゴミ箱で発見したジャケットとパンツ、得物の拳銃を回収して、2人はルージュの愛車である、スカーレットの軽スポーツカーに乗り込んだ。


「とんだ目に遭ったぜ」

「全くだ」


 仕事後の一服をしようとした2人だったが、ノワールはライターを紛失していることに気が付いた。


「……チッ。すまん。ルージュ、火貸せ」

「しょうが無いヤツだ。ん」

「どうも。ライター貸せって意味だっての」


 先に着火していたルージュは、ノワールがくわえる煙草の先に、自分がくゆらせているそれを押しつけて火を移した。

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曼珠沙華と黒猫 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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