変身?―—ヒーローの憂鬱——

夏目咲良(なつめさくら)

変身? ——ヒーローの憂鬱——

 ①

 目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。

――どこだ、ここは?

 私は鈍い痛みを放つ頭と全身の関節に顔をしかめながら、自分の状況を把握しようと立ち上がろうとした。しかしその瞬間、ジャラ、という金属音と共に身体は引き戻され、更なる痛みを産み出しただけに終わった。

 私はそこでようやく自分が椅子に座らされ、鎖で拘束されていることに気付いた。少し力を入れてみるが、当然ながら食い込むだけで、諦めて出来る範囲での状況の把握を再開する。

 両手は背もたれの後ろに廻され、どうやら手錠を掛けられているようだ。両足も同様に足首と椅子の足が鎖で固定されていた。

 ご丁寧なことだ。

 私は一息付くと、自分を拘束・監禁した相手に思いを巡らせた。ここまでするからには、私の『正体』は承知済みであり、『単独犯』ではなく『組織』である可能性が高い、そして、その目的は――。

『お目覚めかね?』

 突如、室内に響いた声に思考が遮られた。妙にねっとりとした老人の声だった。

 聞こえた方向に視線を上げると、天井にスピーカーと監視カメラが見えた。どうやら、ずっと観察されていたらしい。私は声に返答せず、只カメラのレンズを見つめた。

『……随分と落ち着いているね。自分が傷つけられないという確信があるのかな?

それでは、それが傲慢であることを今から証明してあげよう』

一瞬の沈黙の後、『博士、危険です!』と別の声が聞こえ、プッという音がした。多分マイクを切ったのだろう。

 そして、しばらくすると、コツコツという足音が近づいて来て、部屋の前で止まった。鋼鉄製の扉が耳障りな音を立てて開き、閉じる。

 私の目の前に立ったのは、白衣を纏った頭の禿げかかった老人。彼がおそらく『博士』だろう。

 博士は無言のまま、白衣のポケットから見慣れた細長い物を取り出した。

――あれは?!

 それを見た私は反射的に上着の胸ポケットを確認していた。やはり、無い。これは大変マズイ状況だ。口の中が乾き始め、私は動揺を隠せず、博士を睨みつけた。

 博士はこちらの反応に満足したようで、手にした物を弄びながら、高笑いを上げた。

「ふははははは!その反応はやはり、これは君にとって大切な物らしいね」

 博士が手にした物、それは一見何の変哲も無いペンライト。ではない!

 あれは、私にとって生命と同様と言っていいくらいの重要アイテムだった。紛失したり、奪われたりしたら、始末書ドコロの話では済まない。

「白銀の巨人、アルテマン。君はこの特殊な電磁波を発するペンライトを使い、アルテマンに変身するのだろう。だが、これが無い限り、君は只の人間に過ぎん!さあ、そこで我々が産み出した怪獣が地球を蹂躙する様を拝むがいい!」

 何と言うことだ!この博士、大きな勘違いをしている。あれが変身アイテムという見立ては正しい、だが――。

「だぁぁぁぁぁ!」

 ガタン!

 私は渾身の力を振り絞り、椅子を揺らした反動で博士に体当たりを食らわそうとしたが、椅子ごと床に転がるのがやっとだった。

 突然のことに博士は慌ててその場を飛びのいたものの、

「フン、今更悪あがきかね?見苦しいぞ!」

と、余裕の姿勢を崩さない。

「……一つだけ、聞かせて、くれないか?」

 私は息を絶え絶えにしながら、もう手遅れだと思いつつ博士に尋ねた。

「……その、ペンライトを、……私から奪って、……どれくらい経つ?」

 博士は私の様子に驚いた顔を浮かべつつ、答えた。

「あ、ああ。そろそろ3時間かな?」

 ――そうか。

 私はもう、達観した。息が苦しく、体温が上昇しているのは『前兆』だ。

「な、何だ?一体どうしたんだ?まさか!」

 博士は私の異変でようやく自分の『勘違い』に気付いたようだが、遅い。

 私の身体は膨張を始め、鎖を苦も無く引き千切り、やがてこの部屋はおろか、建物さえも破壊し――。

 『元の姿に戻る』


 瓦礫の中で佇みながら、私は猛烈な自己嫌悪に陥っていた。

 押し潰してしまった博士は、もうどうでもいい。問題は瓦礫に埋まったペンライトである。『元の姿』になった以上、回収は難しい。つまり、『人間の姿』に変身不可能ということだ。

 あのペンライトは特殊な電磁波を発し、私を『人間の姿』に保つ役割を果たしていた。『元の姿』に戻る時にはそのスイッチを切ればいいのだが、困ったことにペンライトを身体から離してしまうと、3時間で自動的にスイッチが切れてしまうのだ。

 博士の見立ては正しかった、だが、その効果は逆だった。

 ――それにしても。

 人間・地球人の思考とは不思議だ。あの博士は私の『正体』を看破しながら、『元の姿』に戻ることを『変身』と言った。自分の立場でしか物事を見ることができない。何とも愚かなことだが、知性生命体というのはそういう物なのかも知れない。

――私自身を含めて。

 などと自嘲も含めながら、私は今後のことを考えていた。こうなったからには、地球を去るしかないが――。

 オレンジの業火に染まった街で怪獣が奇声を上げ、暴れている。とりあえず、あれを倒すのが先決だ。

――それが私、はるか遠い星からやってきたアルテマンの使命なのだから。

 因みに最初は『アルティメットマン』と呼ばれていたのだが、途中から面倒なのか、訛って『アルテマン』となった。

――本当に、地球人というヤツは。

 これが地球での最後の戦いとなる。

 私はもう一度街を見つめると、大きく息を吸い込み、地面を蹴った。瓦礫を吹き飛ばし、土煙を上げながら、空へと飛び立つ。

『シュワッ!』

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