二三話:怪物がカイブツたる由縁


 ――故に、変化・・は分かりやすかった。


 男の『得体の知れない力』が急激に高まり始める。

 次に胸の、心臓を貫いた傷が、泡をたてて癒える。

 そして、上半身が膨れ上がっていく。


 「ッゼァ!!」


 無論、総護は黙って見ているつもりは無い。

 再度〝身体強化〟と〝気剣〟を発動し斬りかかる。


 (――コイツ、マジかよっ!?)


 刺突で心臓を再度貫いた。

 すれ違いざまに頸動脈を斬った。

 正面から頭を割った。

 背後から腹を裂いた。


 ――だが、全く効果が無かった。


 斬った端から全て癒えていくのだ。それも全身どこを斬ろうが余すところなく。


 男はたっぷり五分かけて、異形の怪物へと変貌していた。


 下半身はそのままジーンズにスニーカーで人間のものなので、余計に異質さが目立つ。



 血管が浮き上がり毒々しい紫色に染った皮膚。


 腕や胴体も元の何倍も巨大化し、特に腕は大樹を思わせる太さだ。


 首は無くなり、頭と胴が直接くっついた形になっている。


 顔だった部分は巨大な口を残して他の部位は消えてしまっていた。


 まるで膨れ上がった歪な人形のような上半身だ。

 その上元の肉体の名残だろうか。筋肉質な見た目を引き継いでおり、より悍ましさに拍車がかかっている。



 一度距離を取った総護は〝身体強化〟と〝気剣〟を維持しつつ向き合いながら油断せず身構える。

 しかしながら、内心ではかなりまいっていた。


 (……再生力、アホみてぇに高すぎんだろ)


 言わずもがな、『瞬間再生』と呼べる程の強力な自己回復能力を発揮し始めたからだ。


 しかも、一向に動く気配が無い。鳴りをひそめた殺気も含め、不気味と言う他ないだろう。


 (コイツ、意識あんのかぁ? それとも――)


 総護が思考に意識を傾け始めた時。



 男だったモノ・・・・・・・が、動く。



 ――ガパリ。



 歯並びの良い巨大な口が、総護の方を向いて開かれると、



 ――前方の空気を思いきり吸い込み始めた。










 瞬間、総護は自身の内から何かが吸い取られていくのを、確かに感じた。


 「――っ!?」


 真横へ逃げる様に、総護は高速で跳ぶ。


「ッグゥ」


 ――両足で着地した際に、激しい虚脱感と共にガクリ、と膝をつく総護。


 (コイツこの距離で喰いやがった・・・・・・!?)


 今、総護は魂を喰われたわけではない。


 魂から生み出される『生命力』、つまり、


 ――気力を・・・喰われ・・・たのだ・・・


 総護は今の一瞬で、六割程の気を喰われてしまった。

 そのため意図せずに〝身体強化〟と〝気剣〟が解けてしまう。



 【魂喰いソウルイーター】と名のつくモノは、魂を喰らう事が出来る。

 その能力は相手と接触した・・・・状態・・か、極近距離・・・・でのみ・・・使用する事が出来ると言う。


 (――〝生命力奪取エナジー・ドレイン〟か?)


 そう考え、しかしすぐに否定する。


 (違ぇ、〝生命力奪取〟にしちゃあ速すぎる)


 ふと、別の能力が頭をよぎるが、即座に否定する。


 ――何だ? 己は何を・・受けた・・・!?


 (クソがっ!!)


 混乱する総護へと――異形がゆっくりと動き出す。


 (口の直線上はヤベェッ!!)


 動きの遅い身体に鞭を打ち、〝身体強化〟と〝気剣〟を発動。

 怪物の正面にあまり立たぬように高速で移動しながら、距離をとる総護。


 幸いな事に上半身が大きくなって素早く動けなくなったのか、怪物の歩みはゆっくりとしたものだった。


 総護は一旦、室内から屋外へと飛び出す。大きく動き続けるには室内はどうしても狭いのだ。


 廃ホテルは山中だが、側にはそれなりに広い駐車場がある。

 周囲を木々に囲まれた駐車場のアスファルトは罅割れ、砂利などが剥き出しになっているが、総護にとって不利になる程ではなかった。


 (ここなら、動きやすいだろ)


 駐車場の中央付近に辿り着き、追ってくるであろう異形を待ち構えるために、身体を反転させる。


 (……あ?)


 視界の端で何か違和感を感じた。


 違和感の正体を確認するために、視線をホテルから少しズラす。


 月明かりに照らされていなければ、きっと見えなかっただろう。

 それらを見た瞬間、背筋が凍った。


 「……マジかよ」







 一部、木々が枯れているのだ。


 ――それも一直線に・・・・何十本もの・・・・・木々が・・・








 どう見ても、自然に枯れたものではない。


 ――アノ位置はさっき、怪物が空気を吸い込んだ直線上ではないか?


 ここで総護は一つの可能性に思い至る。


 (――やっぱさっきのは〝魂喰い〟だったのかよっ!?)


 『怪物の〝魂喰い〟には距離など関係ない』と言う可能性に。


 なら、何故総護の魂は喰われていないのか?


 考えられる理由は二つ。


 総護が喰われる前に移動した事。

 そして――総護の大量の気力が、偶然に魂を喰われるのを防いだという事。


 ――ここで仕留めなければ、街が滅ぶ。


 そう考えた時、怪物が廃ホテルから出てくる。その身体に『得体の知れない力』を纏った状態で。


 「……俺の真似かぁ? マジ勘弁してくれよ」


 辺りを見回した怪物は総護を見つけると、殺気を放ち、高速で移動してきた。


 総護は眼前に迫った右拳をしゃがみこんで躱すと、すれ違いざまに怪物の右脇を斬り裂く。


 (――おいおい、目で追えねぇじゃねぇか!?)


 恐らく、これが本気の速さなのだろう。総護が目で追える速度を超えた速さだった。


 怪物から放たれる濃密な殺気のおかげでなんとか躱せたが、正直ギリギリだった。

 怪物は総護から五メートル程度離れた位置でようやく停止。


 やはり既に、傷が治っている。


 (……ん? ちょい減った、か?)


 怪物が自分の負傷を治癒する時、総護は怪物の纏う力がほんの少し減少した様に感じた。


 再び、怪物が突っ込んで来る。

 今度は左拳をアッパー気味に振り抜く軌道だ。


 「ッシィ!!」


 突き上げる様に迫る拳を怪物の左側面に回り込みながら回避、脇腹を斬りつける。


 今度は気のせいではなく、少量ではあるが確実に怪物の纏う力が減少したのを感じた。


 (やっぱありゃ魔力みてぇなもんか。ってこたぁ――)


 ――削り続ければ、回復が止まるのでは?


 それはプールに溜まった水をコップですくいだす様な、途方もないもの。しかも命懸けで行わねばならいない。


 総護は一度でも攻撃や〝魂喰い〟を受ければ、負け。

 怪物は一度でも攻撃や〝魂喰い〟を当てれば、勝ち。

 

 不利、無謀という他ないだろうが、やるしかなかった。


 「チクチクやられて、イラっとしてんじゃねぇか?」


 言葉が通じるかは分からないが、総護は数メートル離れた位置で反転した怪物へ喋りかける。


 ――己への鼓舞も兼ねて。


 「どうだ? そろそろ決着としようじゃねぇか」


 怪物が総護の言葉を理解したかは分からないが、振り撒く殺気が一段と激しくなる。


 総護が、攻めに駆ける。


 接近する総護を怪物が黙って見ているはずもなく、殺気と共に巨大な左拳が降ってくる。


「ッシィ!!」


 殺気を頼りに総護は左拳を躱し、背後へ抜ける際に腕を二度斬り裂く。

 続け様に迫る右の裏拳をしゃがみこんで躱し、撫でるように両足を斬る。


 口のある正面を避け、付かず離れずの距離を保ちながら、総護は怪物を相手取る。


 いくら速くとも動きが単調で読みやすいからこそ、総護は攻撃を避け続けられていた。


 「グゴォオオオオオオオッ!!」

 

 初めて、怪物が吼える。


 しかし、総護は意に返さない。


 避けて、斬る。避けて、斬る。避けて、斬る。避けて、斬る。避けて、斬る。


 避けて、避けて、避けて、避けて、避けて、避けて。

 斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って。


 休まず、止まらず、絶え間なく、避け斬る。


 高速で動き続ける、総護と怪物。





















 ――ドチャッ。


 傷だらけの体が、血溜まりに倒れ、ピクリとも動かなくなる。






 「――ブハッ、ハッ、ハッ、ハッ。ざ、まぁ、みやが、れ。クソッ、タレ、がぁ」


 一体、どれ程時間が経っただろうか。


 息も絶え絶え、全身汗まみれの総護は、ふらつきながらも立っていた。


 長い持久戦を制したのは総護だった。


 その戦いぶりもだが、驚異的な集中力と精神力、そして体力と言わざるを得ない。


 少し呼吸を整えた総護は仰向けに倒れた怪物へ近ずいて行く。


 (気もすくねぇし、さっさと細切れにして焼くかぁ)


 かなり危ない思考だが、現状を知れば誰も責める者はいないだろう。


 近ずきながら怪物の力が完全に消失した事を確認した総護は、〝身体強化〟と〝気剣〟を再度発動。


 怪物の頭をめがけて両手で上段に構え、振り下ろす。





 同時に、夥しい量の血が噴出する。



















 ――総護の体から。















 右脇腹が少しと右肩、右腕が吹き飛んだ。


 衝撃で尻餅を着いた総護。


 「は?」


 口からは間の抜けた声が出てくる。


 痛みは、無かった。

 ――きっとアドレナリンなどが大量に分泌されているからだろう。


 そんな、場違いな事を考えてしまう。


 「……イタイ、痛いじゃないですか」


 異形ではなかった。


 血溜まりの中、ニンゲンが一人立っている。


 返り血と、怒りに塗れた形相で、男が一人立っている。



 どうやらこのニンゲンカイブツ






 ――二回殺した程度では、死なないらしい。

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