九話:強者達
七月一三日午後二一時四三分。
「あ゛ぁ~~、疲れが体から溶け出していくぅ」
気の鍛錬を終えた総護は一人、湯船に浸かっていた。いつもならピー助も一緒に入浴しているのだが、まだ厳十郎のお仕置きが続いているらしく、姿が見えなかった。
ちょうどリビングで酒を飲んでいた厳十郎がいたのでお仕置きの内容を聞いてみたところ『知らねぇ方がいいと思うぞぉ?』と悪人面で言われたので、総護は心の中でそっと両手を合わせた。ピー助強く生きろよ、と。
「しっかしピー助がいねぇだけでスゲェ静かだな」
最上家の浴室はとても広く造られている、湯船にいたっては一〇人が一緒に浸かってもまだ余裕があるだろう。
久しぶりに一人で入浴しているからか、とても広く、静かに感じられる。
「フゥ、にしてもあの砂ジジイと返り血イケメン野郎の二人で足止めしかできなかった、ねぇ」
だからだろうか、いつもより思考に割く割合が自然と多くなるのは。
今回厳十郎よりも先に巨大蠍と激戦を繰り広げていた二人のうちの一人は今年で九二歳になるアメリカ人で、いつもニコニコと優しそうに笑っている男性。
一見ただの年老いた老人にみえるが、見た目に騙されてはいけない。
【
長より与えられし二つ名は―――【
それが今回の討伐に世界魔術連盟から派遣された人物だ。
全世界の大半の魔術師・魔法使いが名前を登録していると言われているの『世界魔術連盟』、通称【
組織構成は頂点を長とし、次に数人の賢人達。
次に位階持ちの
その次にもっとも数の多い位階無しの魔術師・魔法使い達とされている。
この組織についてあまり詳しい内部情報は出回っていないのだが、厳十郎と【
第一席から第一二席まで
だが実力だけなら全員が魔人、生きた伝説、意思を持つ天災と呼ばれる程の実力者であり、全力での戦闘行為や魔術・魔法の発動を長より直々に禁止されている怪物集団。
今回オーガストが巨大蠍討伐に派遣された理由は彼が比較的に常人寄りの思考をしている事と、周囲の環境と彼の魔法との相性が大きな理由だろう。
オーガストは現在世界でただ一人の〝砂魔法〟の使い手だ。
その特性上砂漠地帯での戦闘はオーガストにとってまさに鬼に金棒と言えたのだろうが、今回は相手が悪かったようだ。
そしてもう一人は――――【
数年前から有名になり始めた若い傭兵の二つ名であり、ラシードと名乗っている中東系のイケメンだ。
彼が裏の世界で有名になった切っ掛け、それはただ一人で約二五〇体の人狼集団を徒手空拳をもって一晩で殲滅したことだろう。それも夜の森という視界の悪い状況、地の利も数の利も無いなか一人の幼い少女を守りながら。
傭兵として世界各地の紛争地帯を〝身体強化〟と無手のみで戦い抜き、返り血で赤く染まるバンテージに包まれた拳脚を振う姿に何時しか【
武人として主に対人戦の技術を磨いてきたラシードは人狼集団と戦うまで裏の世界の存在を知らなかったらしい。まだ異形の存在と戦うのは慣れないようで『人型』の仕事を請け負うことが多いそうだ。
だが厳十郎が認める実力は人間以外に対しても十二分に発揮されているようだ。
今回どのような経緯で巨大蠍討伐を引き受けたのかは分らないが、恐らく彼の人生において経験したことの無い一戦だっただろう。
「つっても人間が適わないレベルの魔力・物理耐性持ちの大怪獣に魔法と物理で負傷させたんだろ?どちらにしろバケモンだよなぁ」
魔力耐性・物理耐性とはその名の通り魔力的・物理的な攻撃に対する耐性のことで、高ければ高いほどそれぞれの攻撃から受けるダメージを軽減していく。一応、人間など一般的な生物にも備わっているのだがとても耐性と呼べるような代物では無い。
だが、一般的ではないモノなどは強力な耐性を持っていることが多い。
総護も以前怪異や魔に属するモノ、聖獣などの上位存在と相対した際に自身の攻撃が効かずウンザリした思い出がある。
『人より数段格上』と厳十郎が判断した巨大蠍。恐らくその全身は鋼鉄を軽く凌駕する超硬度の対物理防御力と、どれほどの魔力を込められた攻撃だろうとほぼ無力化できる対魔力防御力を併せ持っていたと考えられる。
対戦車兵器を持ってしても掠り傷すらつけることが出来ない程の破格の防御を
大規模魔術を用いても破れないであろう強大な魔力防御を
歴史上の英雄と比べても遜色のない程の大活躍だ。いや、もはや英雄と呼んでも語弊は無いだろう。
「ん~~。
湯船でググッと伸びをしながら厳十郎の言葉を思い出す。
厳十郎はかつて『上にゃ上がいんだよ。世界は広ぇぞ、お前が思うよりもずっとなぁ』と言ったが、総護はその言葉に対して昔から思っていることがある。
「―――上いすぎだし世界広すぎだろ、いやマジでよぉ」
――祖父であり師でもある【世界最強】最上厳十郎。
――日本の魔術師たる陰陽師達の筆頭、今代の【安倍晴明】
――中国武術界の頂点に立つ怪老、【酒仙】
――人の身でありながら剣神を剣で下した男、【超剣神】
――世界を滅ぼす為に蘇りし二体の龍を殺した二人、現代の【龍殺者】
――神聖騎士団の戦位一位にして討滅部隊長、【穿弓覇王】
ぱっと思いつくだけでもこれだけの超人の名前が挙がるのだ。
それに【
まだ他にも達人などが存在しているのだ、世界は広すぎると言ってもまったく過言ではない。
「俺もまだまだヒヨッコなんだろうけど、どー考えても周りが頭おかしいぐらい強すぎるだろ。は~先は長ぇなぁ」
―――でもいつか必ず全員超えてやるよ、そう約束したんだからよぉ。
総護が幼い頃に父とした強くなるという約束。
―――んで俺が護ってやらぁ、大事なもの総て。
総護が幼い頃に父とした護るという約束。
肉体的、精神的に成長した今だからこそ分かる、その言葉の意味も、重みも。
だから総護は日々の鍛錬は欠かさない。いつ何が起っても対応できるほど強くなるために。
「さて明日に備えてさっさと寝るか。しっかり休むことも鍛錬ってなぁ」
改めて決意を固めた総護は湯船から立ち上がると手早く体を拭き、下着を着て自室に向かうのだった。
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