八話:少しづつ前へ

 七月一三日午後二〇時二六分。



 夕食後少し休憩を挟み、動きやすい半袖半ズボンに着替えた総護は、一人家のすぐ横にある道場に来ていた。騒がしかったリビングと違いこちらは人気の無い道場の独特な静けさが支配している。

 まぁ、食卓が騒がしくなった原因はピー助がこっそり厳十郎のお気に入りの日本酒を飲んだのがバレたからなので、総護は被害者だと強く主張したい。


 「ッし、始めるかぁ」


 そんな雑念を頭の隅に追いやると総護は両足を肩幅に開き、立った状態で自身の内側へと意識を向ける。


 ――まず、人には二種類の力が宿っている。それは大多数の現代人が存在しない、空想の存在だと思っているチカラ


 一つは――――魔力。

 主に魔術・魔法を行使するために必要な力で、自然界にも存在している。体内の魔力が枯渇したとしても空気中から体内に呼吸などで取り込まれるため完全にゼロになることはない。

 だが大量に消費すると頭痛や吐き気などの症状が起こり始め、行動に著しく支障をきたす。

 基本的に術式や魔方陣などを媒体として発動することができ、大規模な超常現象を起こすことができる。


 一つは――――気力。

 主に身体強化などを行なうために必要な力で、生体・生命エネルギーとも呼ばれる。魔力とは違い気力は完全に消費してしまうと生命活動が停止してしまうため、扱いには注意が必要となる。

 だが基本的に気力は使用時の消費量が少なく、そう簡単に死に至ることは無い。

 自身と自身の触れているモノの極小規模範囲にしか効果が現われないが、強化倍率は少量の気でもかなり高い。


 総護は気力を練り上げ、瞬時に身体中に浸透させていく〝身体強化〟を発動。浸透させるイメージとしては心臓から血液と一緒に送り出すのが一番近いだろうか。

 総護が行なった瞬時に無駄なく均一な量の気を全身へと浸透させることは、気を操る上で最も基本の技術になる。


 身体強化を行なったまま歩き出した総護は、道場の壁に立て掛けてあった一本の木刀を右手で掴み取るとその場で反転。ダラリと両腕を下げ全身の力を抜き、目を閉じる。

 そしてそのまま木刀に気を送っていくが、木刀へ向かう気は全身に行き渡っている気に比べより多量で高密度のものとなっている。


 すると木刀を包み込む様に薄い光の膜が形成されていき、一秒も経つ頃には木刀は淡く銀色に光る鋭利な刀へと変化していた。


 〝気剣〟と厳十郎が名付けたこの技は総護が三年程前に習得した技で、気を用いて行なう〝物体強化〟の派生技にあたる。

 効果は木刀自体の強度の上昇、及び斬撃能力の付与となる。簡単に説明するならば、どんな非刀剣類―――ペンや木の枝―――でも切れ味鋭い刀剣へと変化する技だ。


 ――――そしてここからが本番。


 (圧縮、もっと圧縮、ダメだもっと込めろ。んでもっと速く淀みなくっ!!)


 〝身体強化〟と〝気剣〟を維持しながら総護はさらに全身へ圧縮した大量の気を循環させていく。


 さらに濃く、大量に、もっとスムーズに、と。


 まったく激しい運動を行なっていないにも関わらず短時間で全身が汗だくになっているが、無理もないことだろう。


 意図的とはいえ総護が普段無意識の内に行なっている〝身体強化〟とは比べ物にならない程の高密度、高純度かつ大量の気が濁流の如く全身を駆け巡っているのだ。それこそ一瞬でも集中が乱れ制御を誤れば、自身の身体が吹き飛びかねない程の量と速度で。

 まだ完全に制御出来ていないため、全身から漏れ出した気が淡い光となって総護の周辺を幻想的に照らしては消えていく。

 

 総護はこの後一時間と少しほどこの荒行を継続し、周辺の掃除をしてから疲労困憊の体で風呂場へと向かうのだった。



 **********



 時を同じくして道場の入り口、その陰に周囲と気配を・・・・・・同化させた・・・・・一人の老人が立っている、もちろん厳十郎である。


 (お、今日もやってやがるなぁ)


 厳十郎は自分が大切に飲んでいた日本酒を勝手に飲みきったピー助をこってり絞った後、ふと気が向いたので総護の様子を見に来たところだった。

 ちょうど総護は〝身体強化〟と〝気剣〟を発動し、さらに全身へ圧縮した気を循環させているようだ。


 (ほ~、前に比べりゃちったぁマシになったみてぇだな)


 現在総護が行なっている鍛錬は『〝身体強化〟と〝気剣〟の同時発動及び維持』、そして『〝身体強化〟の強化』である。


 『〝身体強化〟と〝気剣〟の同時発動及び維持』はそのままの意味で、〝身体強化〟と〝気剣〟を同時発動しなおかつ維持し続ける鍛錬である。

 実戦の際この二つをよく使用する総護だが技に意識を向けたまま敵と向き合うなど、わざわざ隙を見せて『どうぞ攻撃して下さい』と言っている様なものだ。

 だから総護は二つの技を呼吸や瞬きの様に、無意識でも維持し続けることが出来る様に日々鍛錬を行なっている。

 その為には違うことに意識を向ける必要があるので同時進行で他の鍛錬も行ない、今では戦闘へと意識が切り替わった瞬間から無意識で発動、維持出来るようになっていた。


 『〝身体強化〟の強化』とは、〝身体強化〟で得られる強化倍率をより高くするための鍛錬である。


 この強化倍率をより高くするための方法は一つ。全身へ圧縮した高密度で高純度の大量の気を循環させ、体に浸透できる気の上限を上げる方法だ。しかしこの方法途轍もなく難易度が高い。

 理由としては、まず圧縮された気は慎重に扱わなければ体内で炸裂し大怪我を負うこと。その上自身の体が耐えられるギリギリの量の気を一定の速度で循環させなければならず、少しでも量や速度の調整を間違えると体が耐えきれずこれまた大怪我を負ってしまうのだ。

 まだ大怪我で済めばいいだろう、この鍛錬には常に死のリスクが付きまとうため行なうには強靱な精神力と集中力、そして忍耐力が必要となる。

 だが成功したのなら確実に強化倍率が上昇し、副次効果として気の総量の増大や精密なコントロールが身に付くなどメリットも少なからず存在する。


 (まあまあってとこだなぁ。まだ無駄が多いし、それに気が漏れちまってるじゃねぇか)


 齢一五歳にしてこれだけの気の操作を行えること自体驚異的なのだが、厳十郎の評価は及第点ぎりぎりといったものだ。

 まぁ厳十郎自身を基準とした判定なので、及第点ですら一般人では手の届かない遙か高みに存在しているのだから総護がこれまでにどれほど壮絶な鍛錬を積み上げてきたのかが分るだろうか。


 (儂の弟子なんだからこれぐらい軽くこなしてくれよ、なぁ【正体不明アンノウン】?)


 【正体不明】、それは最上厳十郎のただ一人の弟子を表す言葉。

 年齢国籍共に不明、性別は恐らく男だろうと噂されている人物。寡黙で常にフード付きの黒い外套と灰色の仮面を身に着けているため素顔を見た者も声を聞いた者もいない。


 厳十郎がアレは己の弟子だと公言している上、数年ほど前から二人で共に行動している姿が世界中で確認されているため、弟子だということは確定しているがそれ意外が判明していない、まさに正体不明の存在。

 厳十郎の弟子であるだけに実力はかなりのもので、厳十郎の代わりとして何度か単独で依頼を請け負い達成している姿も目撃されている。


 その卓越した剣技や気の運用法を含めた武の腕から数多くの武人に、その強大な魔力と緻密な魔力コントロールを見込まれ多数の魔術師・魔法使いから注目されている人物の正体。


 それは、―――普段は一般人として生活している総護である。


 正体を隠している理由、それは総護自身の平穏のためだ。


 最上厳十郎。裏の世界では知らぬ者はいない【世界最強】の男の名前。

 この男の弟子というだけでも良くも悪くも目立つ上に、弟子を打ち倒して名を挙げようとする輩は数え切れないほど存在するのだ。それこそ厳十郎は昔、昼夜を問わず四六時中挑戦状を叩き付けられ、その全てを返り討ちにし続けた過去がある。


 そんな状況になってしまえば日常生活に支障をきたすどころの話ではないので、鳴子に頼み込み認識阻害の効果を付与した特製のフード付きの黒い外套、および灰色の仮面を製作してもらったのだ。

 おかげで現在【正体不明アンノウン】の正体を知るのは総護を除けば厳十郎と鳴子、ピー助のみとなっている。

 

 (さぁてもう一杯酒でも飲むかなぁ、もう儂がとやかく言う必要も無ぇみてぇだしよぉ)


 弟子が少しずつ自力で成長している姿を見た厳十郎は、少しの笑みを浮かべながら道場を後にするのだった。

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