五話:不穏

 七月一三日午前七時八分。



 女子二人にからかわれていた総護の元へピー助が戻ってきたのだのだが、鳴子と厳十郎の姿は見当たらなかった。

 どうやら二人とも朝早くから何処かへ出かけたらしく、部屋には書き置きが残されていたらしい。


 「出かけるんなら声かけて行けっての、朝飯準備しちまったじゃねぇかよ。んで何処に行ったって?」

 「鳴子さんは街の方に用事があるって書いてあったッス。……それで厳さんなんスけど」

 「厳爺がどーかしたの?」

 「コレを見て欲しいッス」


 そう言って背中から伸びた蔦を器用に使い厳十郎の書き置きを渡してきた。そこには達筆でこう書かれていた。


 『ちょっくら用事ができたからサウジアラビアの石油王と酒飲んでくるわ。何日か帰らねぇから何かあったら、まぁ何とか頑張れや』


 「どっから突っ込んでいいか分んねぇだろうがクソジジイがっ!! サウジアラビアか!? 石油王か!?」

 「さ、流石、厳爺ね。行動が読めないわ」

 「……総ちゃん、厳爺ってほんと何やっとるん?普通の仕事やっとったら石油王と知り合いにならんよね?」

 「なんか若い頃から営業で世界中飛び回ってたらしいからなぁ。ま、俺も詳しいことは知らねぇんだよ」

 「営業職で世界中って、一体どんな会社に勤めていたの?」

 「さぁな、俺は全然興味無かったし、聞いたこともなかったな」

 「ちょっとてきとう過ぎん?」

 (あ~、裏の仕事なんだろうって大体の察しは付くんだがよぉ、あんまりこいつらには関わって欲しくねぇんだよなぁ。第一説明してもあんま理解できねぇだろうしよぉ)


 ―――最上厳十郎。

 総護の祖父兼戦闘の師である彼は、知る人ぞ知る世界最強の剣士である。

 昔は表の職業でサラリーマンとして生活を送りながら、裏では要人の護衛や凶悪犯の捕縛。さらには表沙汰にできない様な超常現象の調査や魑魅魍魎の類いとの交渉、戦闘や討伐、殲滅などを引き受けていた。


 所謂『裏の何でも屋』の様な仕事をしていたらしく、表の職を定年退職した後も今回の様に裏の職は続けているらしい。

 総護も昔から何度か厳十郎に修行という名の名目で裏の仕事に無理矢理連れて行かれたことがあるが、大抵待ち構えているのは想像の遙か斜め上を行く無理難題だった。


 恐らくだが、今回も政府や軍などが対応できる範囲を超えた仕事が回ってきたのだろう。詳細は知らないが厳十郎の心配をするだけ無駄なので話題を変えることにした。


 「まぁ爺ちゃんが何日か帰ってこねぇってのは分ったし、婆ちゃんもいねぇし飯にしようぜ。腹減ったからよ、あ~爺ちゃんと婆ちゃんの朝飯は俺とピー助で食うか」

 「ウッス、オイラ食いまくるッスよ!」

 「そうね、そろそろ朝ご飯にしましょうか」

 「ピー助、程々にしとかんとまた動けんくなーよ?」

 「大丈夫ッス……多分。そんなことよりアニキ達も速く席に着くッスよ!」

 「ほんっとテンション高ぇなオイ」


 騒がしくもいつも通りの朝食が始まろうとしていた。



 **********




 七月一三日午前七時三九分。


 『本日も日中の気温はかなり高くなると予想されますので、外出される際は熱中症にならないよう小まめに水分、塩分補給を行うことを心掛けて下さい。さて、今後の天気ですが―――』


 朝食後、総護達はお茶を飲みながらテレビの気象予報を見ていた。どうやら今日もかなり暑くなるらしい。まだ七月中旬だというのにこうも毎日暑いと通学するのも嫌になる、総護はそんなことを思いながらテレビを眺めていた。


 「ハ~、ウマかったッス~。お腹一杯、ご馳走様ッスゥ」

 「フフ、ピー助は本当に幸せそうに食べてくれるわね、作りがいがあるわ」

 「総ちゃんお茶いる? 淹れてあげーよ?」

 「お、サンキュー。てかピー助動けんのか? その小っこい体の何処に飯が入ってんのか知らねぇが、後片付けはお前の仕事だぞ?」

 「心配ご無用ッス。自分の仕事はキッチリ完遂するッス、だからアニキ達は学校に行っていいッスよ。ゲフッ……でもちょっと休憩してからでもいいッスか?」

 「やっぱり動けんくなっちょーがん。大丈夫?」


 予想通りピー助は食べ過ぎて動けなくなっていた。何故この精霊は学習しないのだろうか?

 三人が苦笑いを浮かべていると、番組が気象予報からニュースに切り替わった。


 『続いてのニュースです。全国的に発生し重大事件として警察によって捜査が進んでいる連続失踪事件ですが、ここ神在かみあり市でも先週から三人の捜索願いが提出されたと県警から発表がありました。これで全国で合計一〇四人の行方が分らなくなっていることになり、テロや神隠しではないかなどの憶測が広まっています。ですが―――』


 「このニュース毎日やっちょーね、ていうかついにウチらのとこでも失踪者が出たって言っちょった?」

 「そう、か。ついに奴らが動き出したのか。……ここもじきに深淵に沈む。急がなければ」

 「ぶれなねぇな詩織は、まぁ騒いだところで俺らにゃ何もできねぇし、気にする程度でいいんじゃねぇか?」

 「そだね、警察も頑張ってくれちょうみたいだし、――ってヤバもうこんな時間!? 朝練遅れるがん。詩織ちゃんもポーズ決めとる場合じゃないよっ!!」

 「吹奏楽部は陸上部ほど時間に厳しくはないけど一年生が遅れるのはちょっとまずいわね。急ぎましょうか」

 「あんまチャリ飛ばして事故んなよ、じゃあ後で学校でな」

 「行ってらっしゃいッス~」

 「うん、先行っとるね~」

 「ええ、また後で」


 先程までゆっくりしていたのにも関わらず急に慌ただしく動き始めた陽南と詩織は、玄関先にとめていた自転車に乗り急いで学校へと向かっていった。

 天気予報通りの憎らしい程澄み渡っている空を見上げながら総護はふと考える。


(『連続失踪事』、か。婆ちゃんが朝から出掛けてんのとなんか関係があんのか? つかホントに神隠しだったりしたらまた爺ちゃんに依頼が回ってくるかもな。――にしても何か嫌な予感がするようなしないような感じなんだよなぁ)


 「どうしたんスかアニキ? 空なんか見上げちゃって」

 「いや、何でもねぇ」


 ―――この時の総護の予感は後で最悪の形で的中することになるのだが、それはまだ先のこと。

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