四話:幼馴染み
七月一三日午前六時五八分。
「アニキ、そろそろ朝ご飯の時間じゃないッスか?」
「っと、もうそんな時間か」
部屋にある壁掛けの時計を確認してみるともうすぐ午前七時を指そうとしている。
鳴子の治療を受けた後軽くシャワーを浴びてから自室に戻ってきたあと、まずジャージへと着替え今日提出する課題に取りかかった。
その後は最近買った漫画をピー助と喋りながら読んでゆっくり過ごしていた。
「味噌汁のいい匂いがするッスね」
「この匂い、今日はシジミっぽいなぁ」
「あ~オイラなんだか急にお腹が減ってきたッス。ほらほらほらほらアニキ速く行くッスよ!!」
「……お前って食いもんとかが絡んでくると生き生きしだすよなぁ。わかったから押すんじゃねぇよ、まだ着替えてねぇだろうが。 つーか落ち着け!!」
宙に浮かぶ―――最近空中を移動できるようになった―――ピー助に後ろからグイグイと押され、急かされる形で半袖のカッターシャツと制服のズボンに着替えた総護は一階へ向かうためドアを開けた。
総護が使用している部屋は二階北側の一番奥にあたる。ドアを開けると正面には廊下があり、その廊下を挟むように二つほど部屋がある。
片方は総護の両親が使っていた部屋であり、もう片方は既に物置と化してしまっている。廊下を少し進むと階段があり、階段を下り少し廊下を進むとすぐリビングへと辿り着く。
「あ、総ちゃん、ピー助おっはよ~」
「おはよう、総護君、ピー助」
リビングでは制服姿の二人の少女がテーブルに食器やできたての料理を並べはじめていた。
「二人ともおはようッス。と、こ、ろ、で朝のメニューはなんスか!?」
「おう、おはよう
「ウギュ、ア、アニギ、お、落ち着ぐッスから握りづぶざないでほじいッスぅ」
「アハハハハ、今日も平常運転だね~」
「本当に見ていて飽きないわねこの二人、いや一人と一匹? かしら?」
総護による鷲掴みの刑によって落ち着きを取り戻したピー助は、鳴子と厳十郎を呼んでくると言ってリビングから出て行き、総護は少女二人と共に雑談をしながら朝食の準備を続けた。
ピー助が気にしていた朝食のメニューだが、シジミの味噌汁や目玉焼、野菜の煮物と鮭の塩焼きなどといったシンプルな内容となっていた。
目の前に料理があるだけあって空腹を刺激するいい匂いが漂ってくる。
「総ちゃん冷蔵庫に入っとる麦茶取ってごさん?」
「おう、ほらよ」
「ん、ありがと」
総護から麦茶を受け取った少女の名前は
夕焼けの様な明るい茶髪のショートヘア、はっきりとした目鼻立ちとダークブラウンの瞳。人懐っこい笑顔が印象的ないつも明るく元気な女の子だ。
どこかボーイッシュな雰囲気のある彼女だが、スカートから覗くしなやかな脚や現在進行形で成長しているのであろう胸の膨らみなどから女性らしさも垣間見ることができる。総護の通う高校でもトップクラスの人気を誇る美少女だ。
「朝のお味噌汁に入っとるシジミ、使っとらんぶんは冷凍庫入れといたけんね~」
「マジかサンキュー。つーかまさかわざわざ買ってきたのか?」
「そんなわけないがん。いや~ウチの親戚のおっちゃんがいっぱい送ってごしたんだけどさ~、ウチの家族だけじゃ食べ切れんぐらいあったけん近所の人にお裾分けしとるんよ」
総護が冷凍庫の中を確認すると、大きめのビニール袋の中ににぎっしりとシジミが入っていた。しかも二袋も。
「お~、けっこうあるなぁ。ホントにいいのか、こんなに貰っちまっても?」
「どっこもそんな感じで配っちょーけん気にせんでいいよ」
「なるほどなぁ。んじゃ有り難くいただきますかね」
会話をすると分るが陽南はかなり訛りが強い。理由として小さい頃からお婆ちゃん大好きっ子だった陽南は何でも祖母の真似をしていたのだが、真似するうちにいつしか自分の素として方言が身についていたらしい。
だがその訛りが彼女の人気を男女問わず集める要因の一つになっているのだが。
「でも貰いっぱなしってのもアレだしよ、今度陽南の家になんか持って行こうか?」
「べ、別にほんと気にせんでいいけんね。総ちゃんの家族にはいっつもお世話になっとるし、気持ちだけ受け取っとくわ〜」
「つっても量が量だしなぁ」
「総護君、あまりしつこい男は嫌われるわよ? 私もお返しするって言ったけど陽南ちゃん今と同じ感じで遠慮しちゃったから、多分どこの家からのお返しも断っているんじゃないかしら?」
そんな日本人の『貰い物にはお返しを』的な会話をしているともう一人の少女が総護と陽南に近づいてくる。
腰まである夜空の様な色合いの黒髪と同色の瞳、スッとした目元や形の良い鼻から落ち着いた雰囲気のある顔立ち。
全体的にスラリとした体型だが決して細すぎるということはなく、むしろ彼女の魅力を引き出していると言える。
少女の名前は
「そうそう、だけん総ちゃんとこからだけお返しは貰えんの」
「ま、そーいうことなら仕方ねぇか。にしても流石は詩織、陽南のことよく分かってんなぁ」
「当たり前じゃない、二人のことは小さい頃から知っているし何より―――」
会話の途中詩織は唐突に味噌汁を掬っていた右手のお玉を前方に構え、左手で自分の顔を隠す様なポーズをとるとこう続けた。
「―――我が《
これ以上ないほどのドヤ顔を決める詩織。見慣れた光景ではあるのだが総護は何とも言えない表情を浮かべる。
「……無駄にいい声だなオイ、てかこの前と言ってることが違わねぇか?」
「こっちの方が語感がイイと思ったのよ。総護君はどう思う?」
「ノーコメントでお願いします」
「
「~~~ッ、なんでそんなオープンな中二病なんだよっ。もうちょい隠せよ!?」
「中二病だと? 知らぬ言葉だな。隠す? 一体何を隠せと言うのか。我が言動に恥ずべきモノなど何一つ存在していないが?」
今度は外套を翻す様なポーズをとりキメ顔で堂々と宣言する詩織に、総護はため息を吐く。陽南はすっかり慣れたようでせっせと食器を並べている。
彼女が中二病に罹ったのは数年前のことで、切っ掛けは総護にある。当時先に発病していた総護は人知れず痛い言動を繰り返しては自己満足に浸っていたのだが、ある時偶然近くを通りかかった詩織に目撃されてしまう。
その時詩織は思ったのだ『―――格好いい』と。
それ以来総護の症状は改善されていったのだが彼女の症状は悪化するばかりで今では人目も気にせず特徴的な言動が飛び出してくる様になっていた。
まぁ逆にこの中二病が学校での彼女の人気を高めるのに一役買っているのだが、これは余談というものだろう。
「そりゃ詩織は何も感じねぇかもしれねぇけどよぉ、ハァどうしたもんかねぇ」
「ん~、ウチは何も感じんけん詩織ちゃんは今のままでいいと思うよ」
食器を並べ終わった陽南はニコニコしながら詩織の
「いや別に今すぐどうこうとは言ってな―――」
「―――ありがとう陽南ちゃん、私は陽南ちゃんのそういう正直なところが大好きよ」
「ちょ、人の話―――」
「―――えへへ、ウチも詩織ちゃんのこと大好きだけんね~」
「おーい、もしも―――」
「本当に陽南ちゃんは可愛いわよね」
「え~、詩織ちゃん程じゃないと思うんだけどな~」
何故だろういつの間にか美少女二人が百合百合しい雰囲気を作り出している。
「あ~俺が悪かったから、無視しないでくんねぇか」
この後ピー助が戻ってくるまでの数分間詩織と陽南にからかわれ続ける総護だった。
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