第二十六話 千冬の相談

 家に帰り部屋の電気を着けると父さんが望遠鏡を覗いていた。父さんがいたことに驚き、父さんもいきなり明るくなったことに驚いたのか顔を上げて僕の方を見た。

「遅かったな」

 父さんは気まずそうに頭をかいた。父さんが僕の部屋に入って来たのはいつぶりだろうか。部屋には鍵がないため、両親はいつでも入ることはできたけれど、めったに入ってくることはなかった。たぶん小学生のときに千冬が夜に家に来た時以来じゃないだろうか。

「その場所だと星がよく見えるよね」

 これまで両親が僕の部屋に無断で入ってきたことはない、僕がいないときに入った可能性もなくはないけれど、たぶんその可能性は低いと思った。放任主義の両親もたぶん信頼していてくれているのだろう。事実、僕自身は父さんに部屋に入られていたとして怒ることなどないのだけれど、どうやら父さんは違うらしい。こんな気まずそうな顔をした父さんを見るのはいつぶりだろうか。

「ああ、よく見えるな」

 気まずい空気が流れる。僕自身が全く気にしていなくても気まずさは伝播するものだ。

「望遠鏡をプレゼントされたのって中学一年生のときだよね? 誕生日プレゼントにしては高すぎやしない?」

 星について調べている中でたまたま知ったのだけれど、中学生の誕生日プレゼントにしてはかなり高額な物だった。

「そうだな――嬉しくてつい買っちゃったんだよ。母さんからはこっぴどく怒られたけどな」

「僕が星に興味を持つことがそんなに嬉しかったの?」

「息子が何かを好きになることを喜ばない親なんていないだろ。それに、自分と同じことに興味を持ってくれてるってのが嬉しくてついな」父さんは頭を掻いた。今度は気まずいというよりかは恥ずかしそうにしていた。

「父さんって考古学を教えてるんだよね? 天文学と考古学って全然違くない?」

「そんなことないぞ。考古学っていうのは過去にどういう出来事があったのか、遺跡だったり遺物から推察する学問だ。春人がいつも見ている星はどうだ?」

「もしかして、今見えてる星は過去の光を見ているとかそういうこと?」

 父さんの言いたいことがなんとなくわかった。光の速度は秒速三十万キロメートルで、視覚は光を受けてその物を認知する。近くの物であれば一瞬だとしても、何光年も離れた星だとかなりの時間の経過を要することになる。僕たちの身近にある太陽ですら十分前に発せられた光だという。

 いつもならわからないフリをしてやり過ごすけれど、父さんと星について話すことなどほとんどなく、自分の好きなことについて話されたことが嬉しかったせいもあってか、何も考えずに自分の知識をひけらかしてしまった。けれど父さんはまったく嫌な顔をしなかった。

「流石だな春人」そう言って父さんはガハハと大きく笑った。「俺と同じように過去を見てるっていうのは、まあ――こじつけだな。でも間違いでもないだろう? それに俺は地球で春人は宇宙だ。息子が父親よりも大きい夢を追うことに喜ばないはずがないだろう」そう言って父さんはまたガハハと笑った。

「父さん」

「どうした? 急に改まって」

「僕――将来は宇宙に関係した仕事に就きたいと思ってる」

 大学への進学も、進学する学科も話してはいたけれど、今まで将来について話したことなんてなかった。父さんよりも大きい夢を追うなんて言われた手前、生半可な覚悟ではこんなことは話せない。先生へ進路を告げるときより緊張した。

「そうか、そうだと思ったよ」

 まるでいつもの他愛無い会話を終わらすように父さんは僕の肩をポンと叩き部屋から出ていった。

 普通の父親は息子の将来について話されたら、もっと大事な話をするだとか、何かしら含蓄に富んだことをアドバイスされるものだと勝手に思っていたけれど、現実は違うらしい。自分の中では重大な決意表明なはずだったのに父さんの反応に肩透かしを食らってしまった。


 2022年11月24日

 

 クリスマス一か月前。この日は前から千冬に放課後用事があるから教室に残るように言われていた。教室には夏野、秋山さん、四季もいた。みんなも同じように千冬から言われていたようだった。

「あんまりにも真剣な顔で言ってきたから、他の人に言えない悩みでも相談されるのかと思ったけど違うみたいだな」

 夏野の言うとおり、誘うときの千冬の表情は何か真剣な相談ごとがあるように見えた。だから僕も夏野たちには何も聞かずにこの日を待つことになった。

「あれ? 肝心のちーちゃんは?」

 秋山さんが千冬を探しに行こうとしたとき、ちょうど千冬が教室へと入って来た。

「ゴメン。みんな待たせちゃって」

「それで、話ってなんだよ」

 四季も興味があるのだろう。待ちきれないといった様子で千冬が席に着いてすぐに質問をした。

「みんなクリスマスイブの日に予定はある? みんなでパーティーしたいと思って」

「なんだ、そんなことかよ。俺はもっと大事な――」

「私は何も無いよ。あっても空けるし。どこでパーティーしよっか?」秋山さんは四季の発言を遮った。

「俺も何も無いよ。ってそんなこと言わせんなよ、虚しくなるだろ。春人もないよな?」夏野が続いて言った。

「決めつけられてるのはムカつくけど、僕も予定はないよ」

「じゃあ文句を言ってる四季はハブいてみんなでパーティーしよ」秋山さんはサラリと酷いことを言う。

「俺も空いてる、空いてるよ!」

 焦る四季を見てみんなで笑っていた。気になったのは、そんな会話の中で千冬は全く笑っていなかったことだ。千冬は僕たちの顔を順々に眺めて覚悟を決めたかの様に話し出した。

「クリスマスイブの日にみんなに協力してほしいことがあるんだけど――」

 笑っていた僕たちは、千冬の真剣な顔にただ事ではない空気を感じて一様に黙る。

「私は高校三年生を前にも経験しているの」

 あまりにも突飛な発言に僕も含めてみんな固まってしまう。

「いきなりそんなこと言っても理解できないよね。私も完璧に理解してるわけじゃないからすごく話すのが難しいんだけど」

 そう言って千冬は少し考えていた。みんな何を質問していいかわからず、ただ黙って千冬の言葉を待つしかなかった。

「私は高校三年生のクリスマスイブに商店街近くの交差点で事故にあったの。そして気がついたら一学期の始業式の朝だった。なんとなく、みんなとの小学校の記憶が残ってて、だから春人君に確認して――なんでそんなこと知ってて話さなかったのかってきっとみんな思うんだろうけど、私が思い出したのもつい最近で――ううん、思い出したって言ってもそんな明確に思い出したわけじゃなくて――」

 千冬は歯切れが悪くもなんとか僕たちに伝えようと考えながら話しているようだった。

「最初の高校三年生のときには、みんなのこと全然覚えてなくて、会話とかもほとんどしなくて、だからみんながどういう生活を送っていたのかも全然わからなくて――」

 僕たちが何を質問していいのかわからない中で、無言で千冬の話を聞いていた。それがなにかの圧と感じたのか、弁明するかのような口調で千冬は自身の記憶について話を絞り出していた。

「ちーちゃん、わかったから。一旦話すのヤメよ」

 今にも泣きそうに話す千冬の姿に耐えかねたのだろう。秋山さんは千冬を正面から抱きしめた。

 千冬が嘘を言っているなんて微塵も思わなかった。こんな嘘をつく理由はないし、嘘をつくならもう少し上手く話すはずだ。こんな断片的な記憶を手繰り寄せているかのように説得するなんてしないだろう。

 普通なら千冬の話を信じはしないだろう。高校三年生を繰り返しているなんて、そんな馬鹿げたことあるはずがない。ただ僕たちにはそれを成しえる手段が一つだけあった。その手段というのは願いを叶える星の石のことだ。四季や秋山さんが願ったのと同じように、千冬も高校三年生を繰り返したいと願ったとしたらあり得なくはない。そもそも四季や秋山さんの願いが叶えられたのかどうかも確かではない中で、そんなことを考えるのは自分でもどうかとも思った。だけど、星の石で願いを叶えるといった荒唐無稽な出来事が起こる可能性以上に千冬が嘘をついた可能性の方が低いと考えていた。

「いくつか質問があるんだけどいいかな?」そう僕が問いかけると、怯えるように僕の方を見た。

「最初に言っておくけど、千冬の話を全面的に信じてる。だから確認しておきたいんだ。千冬が何を知っているのか」

 千冬は『信じている』という言葉に少し驚いた顔をしていた。

「質問の前にみんなに聞いてほしいんだけど、千冬の話が全部本当だったとして――」

「それは無理があるだろー。別に柊が嘘ついてるとか言ってるわけじゃねーけどよ。流石にそんな話はありえねーだろ」四季は和ませようとしているのか笑いながらツッコミを入れた。

「確かに四季の言うとおりだよ。そんなことあり得るわけない」僕も四季に乗るように笑いながら返事をした。

「でも僕たちにはすでにあり得ないことが起こってる。僕たちが小学校の記憶を失くしていたこと、そんな僕たちが高校でまた同じクラスになったこと、それに秋山さんが、その――」

 僕が口ごもりながら秋山さんを見ると、夏野と四季も同じように秋山さんを見た。

「何よ、何か文句あるの?」秋山さんは僕たちを睨んだ。

 わざとらしく咳ばらいをして仕切り直す。

「だとしたら千冬のことも同じように考えられないかな。星の石で願いを叶えた、その結果千冬は高校三年生を繰り返すことになった」

 みんなの顔を見るとあからさまに納得いかない様子だった。信憑性っていう意味では薄いだろうけれどそれでも千冬の言っていることを信じたかった。

「その上で千冬に質問なんだけど、千冬は四季たちみたいに何かを願ったって記憶はある?」

「それは――覚えてない」千冬は無言で首を横に振った。

もし覚えているのならそれまでの会話の中で出ているはずだ。千冬が何かしら願ったから、そう言ってしまったほうがみんな信じるはずだ。そしてそれを言わないことでより信憑性が増した。あくまで僕の気持ちの中だけだったけれど。

「そもそも、柊の言う一度目の高校三年生のとき俺たちはクラスメイトだったのか?」夏野の問いに千冬は頷いた。

「そのとき俺たちはどうだったんだ? どうだった、なんてすごいアバウトな質問だけど、部活に入ってたとか、恋人がいたとか、今の状況と違ってたりしたのか?」

 真面目な話をしながらも、恋人がいたのかどうか気になっている夏野に思わず笑いそうになる。誰に恋人がいたのか聞きたいのは明らかだ。

「夏野君は確か同じサッカー部だった。ただ四月の新学期から学校には来てなかったと思う。四季君も学校に来てたんだけど、昼から登校したりとか休んだりとか、今みたいにちゃんと来てはなかった。サエちゃんは――ほとんど覚えてないの。不登校とか素行が悪かったとか全然ないんだけど、すごく目立たなかったし、学校の行事も率先して参加してなかったから」

「他には?」座っていた腰を浮かせ、前めりになっている夏野の肩を叩く。「悪い。急かしたわけじゃないんだ」そう言って夏野はゆっくりと座り直した。

「みんなに恋人がいたかどうかはわからない。少なくとも私たち五人はただのクラスメイトだった。春人君と四季君が仲良かったとか、サエちゃんと夏野君が仲良かったとか、そんな感じはしなかった気がする」

 本来なら僕たちが仲良くなることはなかった。僕が四月の始業式の日に千冬から記憶のことを言われなければ。千冬の言う一度目の高校三年生の状況から大きく変わっているのは、千冬が四月の始業式の日に僕に記憶のことを言ったからだ。それがなければ夏野の家に押し掛けたり、四季の工場で働いたり、渡辺からのことを暴いたりはしなかっただろう。

「とりあえず話を戻そうか。クリスマスイブの日に協力してほしいって、具体的に何をしたらいいのかな?」

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