第二十五話 ダブルデート大作戦
土曜日の午前十時、いつもの休みの日であれば寝ていてもおかしくない時間帯に駅に向かっていた。雲一つない青空が広がっていてコートの中が汗ばむほど暖かな気候だった。
駅に着くとすでに千冬と秋山さんがいて、開口一番来るのが遅いと怒られた。何度も時計を確認して、自分が約束の時間の五分前に着いたことを言うと、女の子と待ち合わせるときには最低でも三十分前には来ないといけないと、誰が決めたのかわからない謎のルールを教えられた。
そうこうしているうちに夏野が駅前に現れ、来るのが遅いと僕以上に怒られていた。女子が云々の謎のルールを持ち出されるまでもない。夏野は待ち合わせに三十分ほど遅刻をしてきたのだから仕方のないことだった。
「この四人で遊びに行くって初めてじゃないか?」夏野はわざとらしく僕に話を振った。
「確かに。五人一緒で遊びに行くことはあったけど四人は初めてだ。しかも男二人、女二人。これってダブルデートみたいだね」
我ながら酷い棒読みにウンザリする。夏野は千冬と秋山さんに見えない様によくやったと言わんばかりに親指を立てた。
「ダブルデートってどういうこと?」
「なんだよ春人! ダブルデートを知らないのか?」
「意味は知ってるよ。けど誰とデートするのさ」夏野が僕を誘ってきたということは男は僕たち二人だ。ダブルデートというからには相手は女性でしかも二人ということになる。
「秋山と柊に決まってるだろ」
「決まってるって――僕たち付き合ってないけど、それってデートって言わないんじゃない」
「そんなこと気にすんな。年頃の男二人と女二人そろって出かけたらそりゃもう立派なダブルデートだよ」
「四季は誘わないの?」
「ダブルデートの意味知ってるか? 男女ペアの二組がダブルデートだろ? 邪魔も――四季は来週末バイトって言ってたから、その日にしようぜ」
ちゃっかり四季を邪魔者扱いしているあたりよっぽどだ。
「でもなんで四人で出かけたいなんて思ったの?」
「四人で出かけるじゃない、ダブルデートな」僕の言葉を訂正してから夏野は続けた。「前にいつ告白するか、みたいな話をしただろ?」
夏野が僕の家に遊びに来たときの話だ。あのときは確かいつかは告白するけど、いつとは言いたくない、とかそんなことを言っていた気がする。
「このままいきなり告白してうまくいくと思うか?」
今の二人の感じは恋人というよりは仲の良い友達といった感じだろうか。
「どうなんだろう。少なくとも秋山さんから見て夏野は恋愛対象として見てないんじゃないかな」
「そうなんだよ! だから秋山が俺を男性と意識するように仕向けないといけない、って思うだろ? だからそのための秘策を考えてきたんだよ――」
一週間前に夏野が、練った作戦その一。やたらと『ダブルデート』という言葉を使用することで、男女で出かけていることを意識させて、秋山さんに夏野を男として意識させる。
「すごく天気も晴れて絶好のダブルデート日和だね。こんな日にダブルデートができてよかったなあ」
僕たちはバスに乗って目的地へ向かっていた。二人用の座席に千冬と秋山さん、その後ろに僕と夏野というペアで座り、僕と夏野はわざとらしい会話を繰り広げていた。
「さっきから何ごちゃごちゃ言ってるの? 他の人に迷惑だから静かにしたら?」
したくもない演技をさせられたあげく秋山さんに注意された。いやに乗り気な夏野を止められなかった僕にも責任はあるけれど、作戦開始からすぐに白旗を上げたい気分になった。
夏野を見ると、もっと発言しろと言わんばかりに首を振り、それは無理だというジェスチャーとして僕も首を振った。
夏野と無言の押し問答を続けているあいだに、僕たちは目的地である生田緑地に着いた。
緑地という名前のとおり、広大な森林を活かした公園の中には古民家を基調とした博物館や、有名な芸術家が設立した美術館などがあり、県外からも訪れる人も多い有名な観光スポットだ。地元の人間であれば必ず一度は来たことがあるであろうこの観光スポットは、森林、博物館、美術館と、どれをとっても高校生が休日に向かうような場所ではなかった。すぐ近くの駅にある商業施設でショッピングをしたり、カラオケやボーリングといった高校生らしいこともできた。それなのに夏野があえてここを選んだのには理由があった。
僕たちは公園内の散歩もそこそこに今回の最重要目的地である科学館へと向かった。施設の中にはぐるりと一周展示スペースがあり、それらの中心にはプラネタリウムが設営されていた。
入場券を購入して中に入ると、薄暗い空間に円状に設置された座席があり、映画館にも似た空気を感じられた。半ば寝そべるように作られた座席に座って横を見ると千冬が僕の方を見ていて、なんだか隣で寝ているような感覚に陥り、気恥ずかしさを感じた。
薄暗く照らしていたライトが消えて辺りが真っ暗になると、ざわついていた会場内が一気に静まり返り、少しでも物音を立ててはいけない気持ちに駆られた。
上映が始まってしばらくすると隣の席で話し声が聞こえた。夏野が秋山さんに話しかけているようだった。すぐに秋山さんに注意され、再度試みてはみるものの本気で怒られて以降は話し声は聞こえなかった。
開始直後失敗に終わった作戦その二だ。本当なら一週間みっちり覚えた星座や天体の知識を秋山さんに披露して羨望の眼差しを受けるという狙いは大きく外れ、外れるというより作戦続行不可能に陥ったというほうが正しいだろう。せっかく用意したカンペもこんなに真っ暗だと見えるはずもない。準備不足というよりそもそも計画が破綻していた。ダブルデートをして天体の話をすると女性が意識するなんて都合がいいことがあるはずもないことはわかっていた。それでもなんで夏野の計画に乗ったのか、久々にプラネタリウムが見たかったとか、四人で出かけたかったとか、そんな小さな理由ではない。
一番の理由は千冬と一緒に出掛けたかった。ただそれだけだ。隣で星空を見る千冬の横顔を見ながら僕の作戦は成功したことを実感した。
上映時間が終わって物販コーナーに行くと様々な天体に関連したグッズが販売されていた。僕らの身長ほどある大きな地球のぬいぐるみなどいったい誰が買うだろうか。
みんなで店内を見まわっていると、千冬が足を止めてじっと何かを見つめていた。その視線の先に目をやると、小さな月のキーホルダーが陳列されていた。小学生のときに僕が千冬にあげた物とそっくりなキーホルダーをじっと見つめ、何か諦めたような悲しい顔をしていたかと思うと、何事もなかったかのようにまたみんなと店内を回りだした。
僕たちは生田緑地をあとにして駅近くにある商業施設をぶらついてた。晩御飯をどこで食べるか、そんな話をしているときに目の前を美男美女のカップルが通り過ぎた。
「ねえ、ちーちゃん見てあのカップル。二人ともすっごい美形。いいなあ、私もあんな彼氏が欲しい」
「秋山があんないい男捕まえられるわけないだろ」
いつもなら怒りそうな夏野の発言に秋山さんは余裕の笑みを見せる。
「残念でした! 私はかっこいい旦那さんを捕まえるって決まってるんだー」
「どういうことだよ」明らかに焦る夏野。
「私も記憶を思い出したの。たぶんみんなで石を見つけた帰りだと思う?」
「ちょっと待て、俺たち全員石を見つけたのか?」
「前に四季が言ってたけど、私もちゃんと覚えてるわけじゃないんだよね。なんとなくそんなことがあった記憶を思い出したってゆーか」
「それで石は見つけたのか?」夏野は食い入るように同じ質問を繰り返した。
「そんながっつかないでよ。たぶんみんな見つけてたと思う。たぶんよ、たぶん」本当に朧げな記憶なんだろう。秋山さんは自信なさげに答えた。
「マジか! 俺なんて願ったんだ? プロサッカー選手になりたいとか? だとしたら俺はプロになれるってことか?」夏野は願いを叶えてる前提で話をしていたけれど、そもそも願いを叶えていない可能性だってある。
「いや、確実に叶えてるね。当時の俺がそんな物を持っていて使わないハズがない」
当時ではなく今もだろ、と言いたくなるのを堪えた。妙に自信たっぷりな夏野は一旦放っておいて、とても気になっていたことを秋山さんに聞いてみる。
「それで――秋山さんは何を願ったの?」
「街を歩いてたら夫婦がいたんだよね。旦那さんはすごく恰好よくて、奥さんはすごい綺麗で。子供もすごく可愛いの! ホント理想の家族っていうカンジ。私もそんな家庭を築きたいって思ったら――気が付いたら石は無くなってた」
話を聞いていて僕と夏野は疑わしい目を向けた。
「なんでそんな目で見るのよ」
「決まってるだろ! そんなの願いが叶えられたかどうか、お前が結婚するまでわかんねーじゃねーか!」
夏野の発言に頷いた。もし秋山さんが何かを願ったとして、それが叶えられていたのなら四季の話と合わせるとかなり信憑性が出ていたはずだった。
「何よ、私がせっかく思い出したのにケチつける気?」
「そんなしょーもない記憶が戻って何になるんだよ!」
「しょーもなくない! 結婚は女子の夢だよね、ちーちゃん?」
さすがに千冬も苦笑いしていた。
晩御飯を食べて最寄りの駅に着くと時刻は二十時を回っていた。いつもどおり四人で家まで帰ろうとすると秋山さんが唐突に「私、夏野と用事あるから先に二人で帰ってて。橘はちゃんとちーちゃんを家まで送らなきゃダメだよ」そう言って秋山さんは夏野を帰り道と反対方向へと連れ去っていった。夏野は自分の作戦が上手くいったおかげだと言わんばかりのドヤ顔で振りかえりながら、僕に向かって親指を立てた。
このダブルデートは果たして成功だったのか若干疑問は残るものの、することもないのでとりあえず家へと向かうことにした。
「それじゃあ帰ろうか」千冬を見ると顔が真っ赤になっているのがわかった。
「千冬どうしたの? 顔真っ赤だよ? 熱でもあるの?」
「何でもない」そう言ってスタスタと足早に歩いて行ってしまった。
千冬を追いかけてどうにか横に並ぼうとすると、歩調を速めて僕の前を歩こうとする。そしてまた歩調を速める。そんなことを繰り返していると段々と二人の歩くペースが速くなり、もはや歩くというよりジョギングに近い速度まで来たところで足を止めた。
「なんでそんな早く帰ろうとするのさ」少し息を切らしていた。
「春人君が並ぼうとするからでしょ」千冬も同じように息を切らしていた。
「じゃあ千冬の一歩後ろをついていくから普通のペースで歩かない?」
「わかった」
そう言って僕たちはまた普通のペースで歩き出した。一日中歩き回った最後にジョギングなんて誰もしたがりはしない。
最初は二人して息を切らしていたけれど、段々と普通に会話をするまで息が整ってきた。そのあいだ今日行ったプラネタリウムがキレイだったとか、晩御飯の食べ放題がイマイチだったとかたわいもない話をしていた。
「今日のダブルデートって夏野君が言い出したの?」
いつの間にか隣を歩いていた千冬は僕の顔を覗き込んできた。千冬の顔が間近にまで迫って来たことに驚いたけれど、街灯に照らされた千冬の顔はいつもどおりの顔色に戻っていたことに安心した。
「夏野が言い出したけど、どこに行くか決めたのは僕だよ」
夏野は話を持ち掛けながらも、どこに行こうという案は出て来なかった。いくつか候補を挙げてみたものの、そんなところは本当のカップルになって行くべきだから違うところにしよう、と数々の提案を断られてようやく夏野が了承したのが今日のデートコースだった。
「そんなことだろうと思った。夏野君は本当にサエちゃんが好きなんだね」
「近々告白するんじゃないかな」
会話の流れで言ってしまったけれど、すぐに自分が秘密をバラしてしまったことに気付いて動揺した。
「大丈夫。今聞いた話はサエちゃんには言わないよ。だから心配しないで」
どうにか平静を装っていたけれど千冬にはバレているようだ。
「それにサエちゃんも夏野君の好意には気付いてるよ。『夏野が告白してきたらどうしたらいい?』ってこのあいだ相談されたしね」
どうしたらいいと聞くということは悩んでいるということだろうか。少なくとも可能性はゼロじゃない、そんなことを考えて少し嬉しくなった自分がいた。当たり前の話だけど、僕は二人が上手くいくことを望んでいる。
「この話は夏野君には内緒ね」
千冬はさっきと同じように僕の顔を下から覗き込み確認してきた。
「もちろん言わないよ」
僕がそう言ったのは夏野にぬか喜びさせるかもしれないとか、そんなことを心配したわけじゃない。僕の失言をカバーするために秘密にしなきゃいけないことを教えてくれた千冬を裏切れるわけがない。
「きっと二人はうまくいくよ」
千冬ははっきりとした口調で言い切った。どうしてそこまで自信が持てるのか僕にはわからなかった。
「それで――」千冬は何かを言いかけ語尾を濁した。
「春人君にも好きな人いるの?」
千冬の家の灯りが逆光になって千冬の表情がわからなかった。声のトーンから真剣に質問されたのだと思った。
「夏野みたいに、明確に好きだって言い切れる人はいないかな」
これは本心だった。今日の夏野を見てそのことをさらに実感した。
「そっか。じゃあ私帰るね」
僕の返事などまったく気にしていないかのように、千冬は足早に家の中へと入っていた。別に怒っていた訳でもなさそうだけれど、かといって喜んでいるようでもない。どう答えるのがベストだったのだろうかと考えていると、いつの間にか家の前に着いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます