第5話~神殿へ

コウとクリスティは城を出て、ラシャ司祭の待つ神殿に向かった。




 改めて城の外に出たコウは驚いた。


 振り返った城は巨大な山脈のように見えたからだ。そして城を出て右折すると、すぐ城の横に神殿があった。神殿の周囲は外堀で囲まれており水が張ってあった。地面にかけられている跳ね橋が、神殿への唯一の通路のようだった。






 神殿の前には、鉄の全身鎧で顔まで覆った神殿兵2人が入り口を護衛している。城の中にいた軽装の兵士達よりも顔が見えない分、はるかに強そうに見えた。




 コウは全身鎧の兵士にバケツの兵士と、勝手にあだ名をつけた。








「お疲れ様です」とバケツの兵士が丁寧に呼びかけてきた。






「ご苦労さまです。さぁ勇者様お入りください」とクリスティ。








「お、おう」






 パルテノン神殿のような吹き抜けを想像したコウ。イメージとは全然違ったが、白い石で作られた荘厳で強固な造りだと思った。まず中に入ってみてすぐ思ったのは天井が高いのだ、王のいる謁見の間ほどではないが高さ5メートルはありそうだ。通路にある引き上げ式の窓は開けられており、窓が開けられた通路側を歩いていると風が入ってくるので、そこだけ涼しさを感じる。








「そういや熱くないのかね、さっきの兵士さ全身フルアーマーだったけど、この暑さなら熱中症で死んでもおかしくないんじゃ」






「鎧の中に水の護符を張っているので、さほど熱くはないと思いますよ。門番の方は全身鎧だし重いから疲れるし大変でしょうけどね」




 魔法が存在するだけあってこの世界には、便利アイテムもあるのだろう。


 だがコウは特に興味を示さなかった。






「ふーん。そういやさ肝心なことを聞いてなかったけどさ」




「はい」




「勇者て何か特典あるの?」






「特典ですか」




「ほら。勇者だから日用品はお安くしますよとか、宿も値引きしますとかさ」




 勇者という称号を、電気屋で出来る値引き交渉の感覚で捉えているコウ。






「うーん……どうなんでしょう。先代の勇者様に支援をしてくれる方はいたようですよ」




「つまりスポンサーてことか」






 あまりにも大きい話なので現実感が沸かない。それに義務感と使命感を奮い起こし魔王を倒しに行く気などコウには微塵もなかった。この世界に対し義理も何もないのだから。






「はい。メサイア文献にはそう書かれてました」






 それに対してコウは、温度差の低い声色で「それにしたって俺が勇者とかさ。予言書も間違えることもあるんじゃねえの?」






「何をおっしゃいますか。私は勇者様のお力を信じます……あ、そういえば元の場所に帰るんでしたっけ」






 見習い神官のクリスティは、勝手に気落ちして小首ががっくりとうなだれる。




「まあ気落ちしないでよ。次の人が勇者やってくれるよきっと」






「だといいんですけど、これまで何百年も誰一人勇者様を召喚させたことがなかったので、本当に私なんかがっ……召喚できたのはぁ……奇蹟だと思うんです」








「奇跡ね………実感わか……」






 足を止め、身体を小刻みに震わせるクリスティ。


 声の調子が急に嗚咽に変わり、瞳に大粒の悔し涙まで浮かべている。




 コウは焦った。


 ウソでもいいから、この世界に留まるとでも言えばきっと喜ぶのだろう。だが自ら口に出した言葉で重たい荷を背負うつもりはサラサラなかった。






 逃げと思いつつも、コウは話題を反らした。






「そ、そういや、前の勇者てどんな人だったの?」








 見習い神官のクリスティは、何かをしゃべろうとして口を開けたが、言葉が出てこない様子だった。ようやく口を開いた時には、嗚咽はほとんど収まっていた。




 女心と秋の空は良く分からんなぁ、とコウは思った。






「私メサイア文献をちゃんと読みこんだことがなくて。空いた時間で回し読みをする課題だったんですけど、ロクに読まずに別の子に渡してしまってて……すみません」






 頭を下げるクリスティにコウは親近感が沸いた。




 コウは自分がやりたくないことをノーと素直に言える人間だ。ノリが悪いだの、反抗的など言われることもあるが、それを美徳だとコウは自負していた。






「あっ……いっけない」




 クリスティは途端に顔を曇らせた。




「どうかした?」




「今日は私が、お洗濯ものの祭服をたたむ係なんですよ。ちょっとたたんできますから、勇者様は適当にくつろいでいてください」




「おっ、おい」




「すぐ戻ります」






 早口でまくしたてながら、ぱたぱたと着ている衣をなびかせ、クリスティは通路へ消えていった。






「まったく勝手だなぁ」






 適当にくつろげと言われても、場所も分からず勝手に出歩く気にもなれない。


 城の中ならまだクリスティが同伴だったから歩きやすかったが、一見お断りの店にでも入ったような居心地の悪さが急に押し寄せてくるのだった。




「ねぇあそこの若い人。見ない顔だね」




「護衛騎士見習い候補じゃない?」




「ムサい騎士様が多いから、一際目立つよね」




「アンタ、マッチョな人ダメなんだっけ。あのぶ厚い胸板がいいのよー」




「なんか、言い方がいやらしいよ」




「えー?」








 どの世界でも女の引かれる興味は一緒らしい。




 美味しい食べ物と、きらきらした宝石類、それとイケメンの話題にはどこの世界だろうと、ことかかないようだ。








「~っ……。本人に聞こえるように品定めしながら歩くんじゃねえよ。俺は女子寮のファッションショーにお披露目にきたんじゃねーよ」






 良くも悪くも、目の前から聞こえてくる噂話はコウの嫌いなものだった。






 ふと視界の端が気になったコウ。




 中庭の中心にある、大きな木の存在が目についた。






 二対のヘビが天に向かって、絡みあいながら伸びるようになっている木だ。木の上には幾つもの葉を複雑に伸びる枝の先に実らせている。




 頭上の空は青く分厚い白い雲が太陽を隠していて、黄金の尾びれのような色合いを東の空が放っていた。コウが庭に続く5段しかない階段を下りると、ちょうど雲間から柱のような光が木のそばを照らす。




 幻想的な光景にコウの足は自然と木のそばへ向いた。




(妖精でも踊り出てきそうな雰囲気だな)






 木のそばには、小さな墓のような石がぽつんと佇んでいる。


 墓だと思ったのは、墓石のような楕円形をしてたからであり表面はコケでびっしり覆われていて、一切手入れされたような形跡はない。






 コウはなんとなくコケを手ではらってみた。ボロボロと垢が落ちるかのようにコケに混じってやわらかい土が、面白いように剥がれていく。






「うわっ……ばっちぃ」




 ハンパに作業をやめる気にもなれず、コウはそばに落ちていた木の棒を拾い、それでコケを落としていく。コケを落とすと表面に何か文字が彫られているが、コウにはそれが読めない。




 石碑のようだと思った。


 雨風でくすんで石は黒ずんでいるし、文字はところどころ風化して欠けているようだ。




「どこの何文字だ? ぜんぜん読めねー……」




 象形文字ではない。


 インドなどの文字が這うような文体でもなく、ヨーロッパ文化圏にある文字のような。


 どことなく、何かで読んだルーン文字に似ている気もした。




 しゃがんで石碑を眺めていると、文字の部分を左側から青い光が文字部分だけをなぞりながら右へ走っていった。




「な…なんだぁ?」




 おそるおそるコウが石碑を指でつつくと、石碑そのものが眩く輝く太陽のように光り出した。






 それは一瞬のことで、石碑は静けさを取り戻し何ごともなく佇んでいる。




 暑さは感じなかったが条件反射でコウは、吹雪から身を守る旅人のように身体をガードする素振りをしていた。






「勇者様ー勇者様ー。どこに行かれたんですかー、おーい私ですよー」




 迷い犬か迷い猫に飼い主が呼び掛けるような口調で、クリスティが戻ってくる。






「あれれ、勇者様。中庭で何をしてるんですか?」






「これ! この石碑さ光ったの、すごいな異世界の石文化は。この石碑は何かの魔法がかかっているとか?」




「ここの庭、何か秘密がありそうって気がしますよね雰囲気的に。でも何の変哲もない石なんですよ、古代ラサ文字で書かれてるらしいんですけど、長い時間をかけて解読したら木の名前と樹齢を示した石碑で司教様達は大層がっかりしたようですよ」




「石は光ったしこの木も実はありがたーい、ご利益を兼ね備えた神木だとか?」




 クリスティは困り笑顔で手を振る。




「石が光ったとかこれまで、聞いたこともないですよ。この木はウッドワーカーの木という名で神が、荒地だった地を嘆いて植えたという逸話があるそうです。人々はその木を神からいただいて家を建て、礼としてお酒などを神にささげたと言われております。でも普通の木なんですよね、ちょっと成長が早くて、ちょっと耐火性があって、あんまり生えてない普通の木なんです」






(……全然普通じゃなくね? すげえ意味あり気だけど)




「まあ神様に仕える神官が言うのなら、ごくごく普通の木なんだろうな」






 コウは長年の親友の肩を叩くような強さで、ウッドワーカーの木に拳でコンとあいさつするようにノックした。何の反応もない、ただの木のようだ。






「それでは、ラシャ司祭様のところへ行きましょう勇者様。きっと美味しいお茶とお菓子が出てきますよ」





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