雑草魂


 私の街には知る人ぞ知る湖がある。名前はレイク胡。命名者には物申したい名前だ。水は透き通り、魚が泳ぐたびに波紋と水飛沫が生まれる。とても綺麗な湖。

 だが、この湖の周りには訪れる人を阻む”雑草“がある。湖を囲んで鬱蒼と生い茂り、その高さは子どもの顔の高さほど。湖のある公園を管理する会社が、雑草を刈っても刈っても生えてくるんだそうだ。驚きの生命力の高さ。

「よし……」

 ビニール袋に、軍手、麦わら帽子、草刈り鎌。日焼け止めもばっちり塗った。

 今から私は単身、雑草退治に取り掛かろうとしている。たった一人でだ。ちょっとスカートの丈が短かっただけで、通学している高校の生活指導から、罰則として湖行きを命じられた。そりゃ、スカ―ト丈の長さは校則違反で、一か月連続で注意されたりしたけど。生徒の間でまことしやかに囁かれている、問題児は湖で草取りさせられるという噂は本当だったんだ。

 まったく、女の子一人きりで初夏の日差しの下で草取りさせるなよ。生活指導が監視にくるかと思ったら、業務があるとか言葉を濁してやって来ない。

 私は腰に手を当てて、雑草一面を見渡した。一人で刈るには、量が多すぎる。まさかこれ全部を根こそぎ刈り取れってことじゃないよね。面倒くさいな。

 ああもう、一刈り行こうぜ!

 ザクリ。目の前の雑草を仕留めるべく、鎌を振り下ろした。

『小癪な小娘が……』

 鎌が弾き飛ばされた!これじゃ切れやしない。

 一陣の風が湖の上を吹き、雑草たちをざわざわと揺らした。上空には灰色の雲がたちこめ、日差しが遮られる。

『我はこの湖を守護する名も無き雑草の魂どもの寄せ集め。己、人間め。何度も我らを殲滅せんと策を弄しやがって。今度という今度は我慢ならぬ……』

 身体検査では隠し通せたライターを胸元から出す。シュボ、とライターの先端から炎が噴き出た。さあ、雑草も一網打尽よ!!

『待った!待ってくれ、待ってください!!』

 さっきからなんなんだろう。

 私はライターをかざしたまま、ソレを見た。緑色の人影が雑草の前に立ちはだかっていた。のっぺらぼうの顔に、口だけが付いている。

「見えてたんですね」

「頭が変になったかと思ったよ」

「それだけはやめてください。野焼きされてから、再生するまでに物凄く時間がかかるんです」

「そうは言われても。私は雑草を刈るように頼まれたのよ」

「そんな……我らはただこの地に生えているだけです。人間にはなにも害を成していないのに、その扱いは鬼畜千万です」

 肩を落としている雑草を見ると、なんだか可哀そうに思えてくる。

 周りの人間が湖の雑草を除去することに躍起になっているのは、この地方の町を観光の町にしたいからだ。それに湖はうってつけの景観だが、雑草が邪魔な存在となる。雑草が生え続ける限り、人々は頭を悩ませ続けるし、雑草たちも人間の魔の手に怯え続ける。

 待てよ。私の頭に雑草の悩みも、湖を観光地化も可能なアイデアが浮かんだ。

「ねえ、雑草さん、お耳を貸してほしいのだけど―――」



 一か月後。

 湖には観光客がたくさん訪れ、透き通った湖面と、それから咲き乱れる蒼い花にカメラのシャッターを向ける。出店も出ていて、蒼の花をモチーフにしたソフトクリームの売り上げは好調だ。

 私が湖面を覗くと、あの緑の人影が蒼い花を頭に挿して現れ、ぺこりと一礼された。

 もうこの地に雑草はない。



お題:湖、雑草、新しい存在

ジャンル:ホラー


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