お茶会の誘い

 あれから一週間が経ち、私は二回目の合同授業の為に『政治学科』の学舎へ再び来ていました。


 そして、いつものメンバーで固まって席に着こうとした時、一人の『政治学科』に在籍する女性徒が私達の前へとやってきました。


「あ・・あの!アリア様!!」


 その女性はユイちゃんのように小柄で、おどおどしている様子がなんとなく庇護欲をそそる可愛らしい女の子でした。


「アリアになにか用かな?」


 突然やってきた女性徒にレオン様がにこやかに声をかけます。


「ひっ!?」


 しかし、その女性徒は顔を引き攣らせながら一歩後ずさりました。


「ははは、レオンハルト、レディが驚いているよ」


 その様子を見ていたディートリヒ殿下がレオン様を茶化します。


「っ!うるさい!」


 確かに、この学院にいる女性徒の殆どが、レオン様に対して憧れのような感情を抱いています。


 そんなレオン様に声をかけられて顔を引き攣らせる女生徒の様子に私は首を傾げました。


「あ!あの!アリア様!!突然お声掛けしたことをお許しください!!」


「いえ、別に謝って頂くようなことでは・・それで、なにか私に御用でしょうか?」


 私が尋ねると、その女生徒は意を決したように口を開きました。


「実はわ、わたし!!アリア様とお友達になりたいのです!!」


「「「っ!?」」」


 突然の女生徒からの告白に、私達は目を瞠りました。


「わ、わたし!『レオノラ・フォン・ドレイク』と申します!『ドレイク男爵家』の長女です!」


 彼女の爵位を知って、私は成程と思いました。


 私はですが、一応『神帝国』の公爵位を持つ人間です。


『神帝国』の公爵位は、貴族で言うと王族の次に身分が高いと言っても過言ではありません。


 まあ、私自身にそのような自覚はあまりないのが現状ですが・・・。


 それに対して、レオノラ様はです。


 通常、社交界では貴族位が下の人間からいきなり声をかけるようなことはあまりありません。


 レオノラ様のおどおどした様子は、公爵である私やレオン様やディートリヒ殿下という二人の王子、そして、侯爵令嬢であるエカテリーナという高位貴族メンバーの集まりの前に立たされた状況から来ていると思われます。


 私はすっかりこの状況に慣れてしまいましたが、レオノラ様の気持ちが痛いほどわかります。


 ですので、できる限り優しく笑みを返すように心がけることにしました。


「そう言っていただけて、とても嬉しいです」


「っ!!」


 ですが、やはり緊張するのか、レオノラ様は私の微笑みに対してとても気まずそうな表情を返します。


「あ、ありがとうございます!実は、こんなことを言って気を悪くされたら申し訳ないのですが、アリア様は先日まで平民だったとおっしゃってましたよね?」


「そうですよ」


「あの、わたしは先ほど申し上げたようにしがない男爵令嬢なのですが、この学園では『男爵位』というのは平民と大差ないような扱いを受けてしまうのです」


「それは・・・」


 レオノラ様の言葉にレオン様が表情を曇らせます。


「・・この学園はあくまで爵位によらない平等な人間関係を謳っているが、現実は上手くいかないものだからね」


 レオン様の表情を見たディートリヒ殿下が、そう言いながら溜息を吐きました。


「『政治学科』は殆どが高位貴族の令息令嬢ばかりです」


「なので、わたしにはあまりお友達と言える方がいないのです」


「こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、アリア様でしたら先日まで平民だったので、わたしの気持ちを汲んでお友達になっていただけると、そう思ったのです!!」


「なるほど・・・」


「そこで・・・不躾なお願いだとは重々承知しているのですが・・・」


「今日の放課後、少しお時間を頂けないでしょうか?」


「できれば、アリア様と二人きりでいろんなお話をしてみたいのです」


「・・それは」


 何か物言いたげなレオン様を私は手で制しました。


「わかりました。私もできるだけ多くの方と仲良くなりたいのです。レオノラ様は貴族の先輩ですし、逆にいろいろ教えてもらいたいです」


「っ!ありがとうございます!!そう言って頂けると嬉しいです」


「あの!それでしたらこちらをお渡しします!!」


 そう言いながらレオノラ様は一枚の可愛らしいピンク色の便箋を手渡してきました。


「放課後、その御手紙に記されているサロンへお越しくださいませ!!」


「それで、その・・・アリア様のがいらっしゃいますと非常に恐縮してしまうで、必ずアリア様御一人でお越しいただきたいのです!」


「それは確かにそうですね、わかりました。必ず一人で行きます」


「っ!!ありがとうございます!!では放課後お待ちしております!!」


 レオノラ様は汗を飛ばしながら深くお辞儀をすると、ぱたぱたと走り去って行きました。


「アリア・・・本当に一人で行くつもりか?」


「確かにレオノラ様の言う通り、爵位の低いご令嬢にとってはレオン様やエカテリーナがそばにいると緊張してしまうかもしれません」


「それに、私も違う学科のレオノラ様と親しくなれるいい機会ですし、二人で学園のサロンでお話しするだけですから大丈夫ですよ」


「・・どちらかと言うと私がお茶会のマナーを全く知らないので、私が粗相をしないかという方が心配なくらいです」


「はあ・・アリアがそこまで言うのなら・・仕方ないが」


「・・今日は私もマリアンネも放課後に王家の用事があるから、早めにアリアを寮まで送り届けようとしたんだがな」


「寮に帰るだけなら私一人でも大丈夫ですから!」


「学園の敷地内で何か起こるわけもないですし、もともと寮から徒歩で通学しようと思っていたんですから」


「だが・・・そうだ!それなら護衛を・・」


「王家でもない私にレオン様の護衛を付けていただくわけにはいきませんよ」


「いや・・それでも・・」


「レオンハルト、しつこい男は嫌われるぞ?」


「っ!!・・・・わかった。でもアリアに悪意を向ける輩も少なからずいるんだ」


「いくら君が人工女神アーク・イルティアの『騎士ランナー』だとしても、『メルティーナ』に乗らなければ、只の非力な女の子だ」


「だから、くれぐれも気を付けるんだよ」


「ふふふ、レオン様は本当に大げさですね」


「・・あながち大げさではないかもしれませんけどね」


「そうなのですか?エカテリーナ?」


「ええ・・それだけ貴族の争いは醜いものなのですわ」


「はあ・・・」


 私はエカテリーナの思うところがいまいちわからず、首を傾げました。


「レオノラ様と仲良くなったら、私にも紹介してね」


「うん、もちろんだよ!ユイちゃん!!」


「・・それにしてもレオノラ様の話だと、平民のユイちゃんの方が適任だと思うんだけど」


「うーん、確かに・・でもアリアと個人的にお近づきになりたかったんじゃないのかな?」


「そうかなぁ・・・」


 私は、ユイちゃんの話に再びこてりと首を傾げました。


「はーい、みなさん!授業を始めますよ!!」


 そして、その後教師が入ってきて授業が始まり、あっと言う間に約束の放課後がやってきたのです。

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