学園へ
謁見が終わると、私はそのまま『サイナード』に与えられた自室へと戻ってきました。
本当は、夕方には『イルティア自治国』王宮で盛大な夜会が行われるというお話でした。
ですが、いろいろな出来事と旅疲れが重なった私を気にしてくれたレオンハルト殿下が、皆さんにうまく話をつけて夜会に出なくてもいいように取り計らってくれました。
自室へ戻ってきた時にはすっかりくたくたになっていた私ですが、備え付けのエーテル通信機をお借りして、イシズおばさんに貴族になってしまったこと、それによって学園に通うことになったことを伝えました。
たとえ疲れていても、私がしばらく『ヨークスカ』に戻れないということは、お世話になっていたイシズおばさんへ真っ先に伝えたかったのです。
イシズおばさんは『『
そして、『アリアちゃんの部屋は開けとくから、いつでも戻ってくるんだよ』とイシズおばさんに言われた時は思わず涙が溢れてきました。
それからは『イルティア騎士貴族学園』へ入学する為の手続きを、全てレオンハルト殿下が手配してくれました。
ちなみに、入学の手続きには数日を要するみたいでしたが、親切にもその間は『サイナード』で滞在させてもらう事になりました。
更には、『神聖イルティア自治国』北部にある学園まで『サイナード』で送ってくれるという至れり尽くせり具合です。
手続きを待つ間は、毎日のようにマリア様が部屋へ遊びに来てくれて、とても充実した数日間を過ごすことができました。
そして、とうとう私が『イルティア騎士貴族学園』に入学する時がやってきました。
・・・・・・・・・・。
ゴゴゴゴゴゴ・・・・。
王都から学園のある『神聖イルティア自治国』最北端の海洋都市『ラビッシュ』まではおよそ千キロほどの道のりです。
本来でしたら夜行魔導列車で十五時間はかかる距離ですが、『サイナード』で行けば巡航速度でも一時間もかからずに到着してしまいます。
そして、私は今『サイナード』にある展望ラウンジでレオンハルト殿下やマリア様とお茶をしながら、優雅な空の旅を満喫しています。
「私、こんなに贅沢をさせてもらってもいいのでしょうか・・」
私は琥珀色の紅茶を手にしながらレオンハルト殿下に尋ねました。
ちなみに、私が今手にしているカップも明らかに貴族用の高級品なので、落として割ったりしないか心配です。
「何を言ってるんだ。アリアは今や『神聖イルティア自治国』最上位の『公爵家』、しかも当主だよ?これからはこういうことにも慣れてもらわないと」
「そうですわ!お義姉様には、学園でわたくしと沢山お茶会を楽しんでもらうつもりですもの!」
「正直まだ実感が湧かないんですが・・」
「学園に着いたらアリアの専属侍女とも顔合わせしてもらうからね」
「っ!?侍女ですか!?いえいえ!そんな!私はこれでも宿屋のお手伝いをしていたんですよ!掃除、洗濯、料理何でもこなせますからだいじ・・・」
ピッ・・。
「っ!?」
突如私の言葉を遮るように、レオンハルト殿下が唇に触れてきました。
「ダメだよアリア。貴族というのはね、『神帝国』や『自治国』へ忠義を示し、義務を果たす代わりに与えられた特権を行使する権利があるんだ」
「それに、私達が貴族らしく振る舞う事で経済は回っていくものだよ」
「アリアがこれから貴族になる以上、今まで君がやっていた仕事は誰かに頼まないといけない」
「身の回りの世話を人にさせるのは、貴族の大切な仕事の一つだからね」
レオンハルト殿下は私の唇に触れた指先を自身の唇に置いてウィンクしました。
レオンハルト殿下の指を目で追っていた私は顔がみるみるうちに赤くなってきました。
「まあまあっ!」
そんな私達のやりとりを見ていたマリア様は、両手で口を覆いながら興奮したような声をあげていました。
「ふふ、君の唇は私のより柔らかいね」
「かっ・・からかわないでください!」
恥ずかしさでいっぱいいっぱいの私は話を逸らす事にしました。
「それより!貴族の義務はわかりましたが、私には侍女を雇う程のお金なんてありません」
「それに、制服や教科書は支給と聞きましたが、これから必要になるドレスや靴だって・・」
「それなら問題ないよ」
狼狽えながら言い訳を並べる私の言葉を、レオンハルト殿下が遮ります。
「なにせ、『ソフィミア公爵家』には莫大な財があるからね」
「えっ!?」
「『ソフィミア家』にはね、領地が国の管理に移管した際に、その税収に見合った金額とニアール様が勇者として世界に貢献した褒賞手当の分を合算したお金が、毎年貴族年金として『神帝国』から支給されているんだ」
「そして、その支給は現在も続いている。・・
「そして、その積み上がった金額は、小規模自治国の国庫を軽く上回るくらいになっているだろうね」
「ふえっ!?」
あまりに衝撃的な話だったので、思わず変な声が出てきました。
どうやら、私達の知らないところで、ニアール様とナラトス様が莫大な財産を遺してくださったみたいです。
「もちろんすべての財産はアリアのものだ。だけど、いきなりその全てを渡しても君は使い方に困るだろう?」
レオンハルト殿下の言葉にコクコクと頷きます。
「だから、これからアリアが貴族として自立して、信頼できる財産管理を行う者を確保するまでは、君の財産は『神帝国』が管理して、必要分を随時君へ支給するようになっている」
「だから、何も心配いらないよ」
私にとっては別の意味で色々心配です。
いきなりこんな小娘が使い道のわからない大金を手に入れていいんでしょうか。
「これからアリアが行く学園は、各自治国の貴族が集まっている」
「だから、今まで平民だったのにいきなり『公爵』になって莫大な財産を得た君に、これから悪意を持って寄ってくる輩も沢山出てくるだろう」
「だから、私達『イルティア王家』はそのような輩から君を守る為に、全力で後ろ盾となるつもりだ」
「そんな、わざわざ私の為に・・ありがとうございます」
「水臭いですわ!お義姉様とは末長くお付き合いする事になるのですから、そのくらいさせてください!」
「本当にありがとうございます、マリア様」
「もうっ!私の事は『マリア』とお呼びください!」
「それはまだ慣れませんので・・」
「むむぅ・・手強いですわ・・」
「まあまあ・・」
レオンハルト殿下が、唸るマリア様の肩に優しく手を置きます。
お二人は本当に仲が良いようで、羨ましく思います。
「それよりアリア。ほら、学園が見えてきたよ」
私はレオンハルト殿下が指差した方を向きました。
「わあ・・!」
その先に映るのは、一つの街と錯覚するほど広大な敷地を持つ、豪華な歴史情緒あふれる佇まいの建物でした。
海沿いに建てられた白亜の美しい四階建て程の広大な主建物とそれを囲うように建ち並ぶ付随の建物が、まるで一国の王宮のようです。
塀で囲われた広大な敷地には、複数のグランドや庭園、演習場や
学園敷地に直結する港には、大型の船が停泊する桟橋があり、同じ港町の『ヨークスカ』と同じように賑わいある街並みが広がっています。
「綺麗な街ですね!」
「それに学園もあんなに大きい!!」
私は興奮して思わずラウンジの窓際に駆け寄ります。
「あれが、アリアがこれから私達と学ぶ学園、『イルティア騎士貴族学園』だよ」
レオンハルト殿下は、窓際に立つ私に歩み寄って肩を抱くと、優しい微笑みを私に向けてそう言いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます