優雅で高貴?な『焼きそば』試食会

「アリアちゃん、いきなり貴族になっちゃってこれから大変だけど、頑張ってね」


 爵位授与が終わり、『女神イルティア・レ・ファティマ』を『収納魔導』に格納したハーティルティア様は、私の頭を優しく撫でてくださいました。


「っ!?はい!!」


 触れられたハーティルティア様の手はとても温かく、まるで心までポカポカしてくるような気がしました。


 パンッ!


 そして、ハーティルティア様は私の頭から撫でていた手を離すと、そのまま両手を鳴らしました。


「さあ!真面目な話はこれで終わりよ!!リリス!を出してちょうだい!!」


「はぁ・・わかりました。しかし、本当にお好きですね」


「当たり前じゃない!!むしろ一番楽しみにしてたんだから!!」


 とは何なのでしょうか?


 私がハーティルティア様の発言に首を傾げている間に、何故か謁見の間へテーブルと人数分の料理らしきものが運ばれてきました。


 ・・このままお食事会でも始めるのでしょうか。


 ますます訳がわからずその様子を見ていると、給仕係の方が料理に被さったクローシュを次々と取り去っていきます。


「え!?」


 そして、私はクローシュの中から姿を現した身に覚えのありすぎる料理を見て、思わず声を出してしまいました。


「あ・・あれは、私が持ってきた『焼きそば』!?」


 何故か、レオンハルト殿下に頼まれて持ってきた大量の焼きそばが、私の目の前で皆さんに振舞われています。


「あっはぁ!このソースの香り、食欲を刺激するわ!!たまらない!!まさか『イルティア』で本格的な『焼きそば』が食べられるなんてっ!!」


 そして、ハーティルティア様は既に用意された箸を手に取って、なにかヤバげな薬がキマッているような恍惚とした顔をしながら涎を垂らしています。


 ・・正直『女神様』としては皆さんにお見せできないような危ない顔です。


 実際、既に『女神様』の異様な姿を見た皆さんは戸惑いながらも若干引いています。


「あの、ハーティさん・・ちょっと顔がヤバいことになっていますよ」


 その姿を見かねたシエラ様が声をかけます。


「っは!?つい・・でも本当に久しぶりなのよ!!興奮するのも仕方ないわ!!」


「だって!!『女神帝陛下』なんて仰々しい肩書きがついてから、すっかり屋台の食べ歩きができなくなったのよ!!」


「当たり前です!!ハーティルティア様が屋台をハシゴしながらほっつき歩いてたら大ごとになります!!」


「だって・・確かに、いつものご飯も美味しいのよ?でも!!毎日毎日豪華な料理ばっかり飽きるのよ!!こちとら千年間毎日よ!毎日!」


「ハーティルティア様にはお立場があります。仕方ありません」


 リリス様にバッサリ切り捨てられたハーティルティア様は、死んだような濁った目を向けました。


「・・・そういえば、リリスって私と同じ色の髪だし、『神族』よね?」


「はあ・・?そうですが・・」


「私以外にも『女神』がいるなら、わざわざ私が『女神帝陛下』なんてやらなくていいよね!」


「よし!リリス、あなたに『神帝国』は任せるわ!私は『冒険者ハーティ』に戻るわ!」


自分の欲望食べ歩きの為に、容易く『神帝国』を見捨てないでください!!」


「くっ・・!リリスのいけずっ!」


 リリス様に嗜められたハーティルティア様は、続いてシエラ様に目を向けます。


 チラ・・。


 サッ・・。


 チラ・・。


 サッ・・。


 しかし、シエラ様はハーティルティア様に視線を向けようとしません。


「シエラちゃ・・」


「嫌です」


「まだ何も言ってない・・」


「いや、今のくだりでわかりますから!!ハーティさんは大人しく『神帝国』を治めといてください!!それが人類にとって一番平和的なんですから!!」


「うぐ・・わかってるわよぅ・・でも、たまには好き勝手お散歩したいじゃない・・」


「はいはいダメですからね・・さあ、ハーティルティア様、せっかくの『焼きそば』が冷めますよ」


 そうでした。


 思えば、私が手作りした焼きそばを『女神様』が食べるのです。


 そう思うと急に緊張してきました。


「そうだった!!よーし!じゃあ早速!はむっ!!」


 ハーティルティア様は焼きそばの乗った皿を手に取ると、器用に箸を使いこなして口いっぱいに焼きそばを頬張りました。


 全身が満ち溢れるマナで輝く白銀髪の美少女が、口の端にソースをつけながら『焼きそば』を食べる姿。


 ・・正直凄い絵面です。


 というか毒見はしなくていいのでしょうか?


 ハーティルティア様は、まごう事なき唯一無二の『女神帝陛下』なのですが・・。


 まあ、生物の理から逸脱した『女神様』が、たかが毒如きでどうにかなるとは一切思いませんが・・。


 そういえば『女神教』の経典として存在する『聖書』には、今から千年前の『邪神討伐』時にハーティルティア様が『カームクラン』を訪れた様子も書かれていました。


 かつて、『女神様』の力が世界に知れ渡る前に『神聖イルティア王国』の筆頭侯爵家の令嬢だったハーティルティア様は、庶民の食べ物を口にする機会が殆どなかったそうです。


 そして、『邪神』討伐の為に冒険者として世界を旅する時に初めて屋台飯の食べ歩きを経験して以来、世界各地で食べ歩きを楽しんだそうです。


 特に『女神』の姿のまま『カームクラン』の屋台で『焼きそば』を食べて市民達の度肝を抜いた出来事は、『聖書』の中でも特に有名な話だったことを思い出しました。


「うーん!!おいひぃ!!」


 ハーティルティア様があまりに美味しそうに焼きそばを食べるので、私はとても気恥ずかしい気持ちになってきました。


 その姿を見た王侯貴族の方々が恐る恐るという様子で私の『焼きそば』を食べます。


 ハーティルティア様が『焼きそば』を箸で食べるのもシュールですが、高貴な方々が皿に盛り付けられた『焼きそば』をフォークに絡めて食べる姿もシュールです。


「アリア!この『焼きそば』、とても美味しいよ!!」


 焼きそばを口にしたレオンハルト殿下がナプキンで口を拭いながら微笑みかけます。


「き・・恐縮です」


 クラヴァットの映える貴族服に身を包んだレオンハルト殿下がキラキラと美しい笑顔を振りまきながら『焼きそば』を食べる姿に、私は引き攣った笑いを返すことしかできませんでした。


「本当に私が今まで食べた焼きそばで一番美味しいわ・・ねえ、アリアちゃん・・やっぱり私の専属『焼きそば』シェフとして『リーフィア』の宮殿に来ない?」


「ダメに決まってます!!」


「そんなぁ・・・」


 ハーティルティア様はリリス様に怒られてしゅんとなりました。


 なんだか、今日一日で私の『女神様』に対するイメージが大きく変わった気がします。


 そして、『女神様』と王侯貴族による優雅?な『焼きそば』試食会の後、ハーティルティア様との謁見はつつがなく終了しました。

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