謁見前の一幕

 カツカツ・・・・。


「ああ・・私が『女神様』が御座す艦船ふねの中に入る日が来ることになるなんて・・信じられないです」


「ああ・・実は私も『イルティア・レ・イーレ』内部に入るのは初めてなんだ。恥ずかしながら緊張しているよ」


『サイナード』が『イルティア・レ・イーレ』の真横に停泊した後、私たちは王宮には立ち寄らずにそのまま連絡橋を渡って内部に案内されました。


『サイナード』も素晴らしい艦船ふねなのですが、『イルティア・レ・イーレ』は流石『女神様』専用艦という感じで、更に豪華絢爛な内装をしています。


 艦内の通路はとても広く、基本構造体が神白銀プラティウムで出来ているので全体的に美しい白銀色をしています。


 そして、通路の床には『女神様』の紋章が刺繍されている上質な絨毯が敷きつめられていて、一部の屋根には『女神神話』の有名なシーンが職人によって美しく描かれています。


 ただの通路ですらあまりに広くて豪華なので、まるで自分が王宮の中にいるような錯覚さえ感じてしまいます。


 私たちは現在、『イルティア・レ・イーレ』に乗艦している騎士の案内で艦内を歩いているのですが、レオンハルト殿下はずっと私の腰に手を添えています。


 まさか私のような平民が王子様のエスコートで歩く日が来るなんて思いもよりませんでした。


 今回は特別な事情でレオンハルト殿下と一緒に過ごすことになっていますが、『女神様』との謁見が終われば、私はまた『ヨークスカ』で今迄通りの平凡な生活に戻ることになります。


 そうすれば、レオンハルト殿下のような高貴な方ともお会いする機会は二度とないはずです。


 そう思うと、何故か私の胸がきゅっと痛む気がします。


 と言うことは、私も今のを心から楽しんでいるのでしょうか。


 自分の気持ちが正直よくわかりません。


「どうしたんだ、アリア?緊張しているのか?」


 私が俯いたことが気になったのか、レオンハルト殿下が声をかけてくれます。


「い、いいえ・・大丈夫です!」


「そう?ならいいんだけど・・」


 気まずくなった私は前を歩く騎士へ目を向けます。


「本艦は他の『飛行魔導神殿』と同じように、『女神教会』の神殿としての役割も担っております」


「特に本艦は『女神様』専用艦なので、神聖な行事にも使える『礼拝堂』や公式な晩餐会などにも使用できる大ホール等が、他の艦より豪華に作られております」


「また、本艦は宮殿としての機能を全て備えておりまして、謁見の間や『女神様』の専用執務室、本格的なスパや庭園、各国首脳の方々を招くためのゲストルームから騎士団の詰所、魔導機甲マギ・マキナの整備ドックまで完備しております」


 魔導銀ミスリル製の豪華な鎧を着た騎士は、自分が乗艦している艦船ふねに誇りを持っているようで、先ほどから得意げに説明をしてくれます。


「本当にお城の中にいるみたいですね」


「ははは、皆さんそうおっしゃいますよ。かく言う私も初めて乗艦した時は驚きました」


 私はレオンハルト殿下の目をごまかすように、騎士の話へ耳を傾けます。


「さあ、到着しました。こちらは女神帝陛下とお会いになられる方々がお待ちになられる控室でございます」


「ただ今、女神帝陛下は謁見の準備を行っておりますので、お手数ですがこちらの部屋でしばしお待ちください」


 そう言うと、騎士は扉の横のパネルに手を触れます。


 シュイィィィン・・。


 すると、目の前の豪華で大きな扉が自動で開きました。


 そして、扉の向こうには貴族の夜会ができるような広くて豪華な部屋が広がっていました。


 ・・・私は貴族の夜会がどんなものなのかわかりませんが、あくまで想像の話です。


 広間にはいくつかのテーブルが備わっていまして、軽食や飲み物が置かれています。


 給仕の方も忙しなく動いているので、まるで本当の夜会に来ているようです。


 既に軽食をつまみながら歓談している方々も多数いまして、私たちが広間に入るとその視線が一斉に集まってきます。


「女神帝陛下が折角『神聖イルティア自治国』へお見えになっているからね。一目挨拶をしようと、我が国の重鎮や『女神教会』の幹部、『魔導国家オルテアガ自治国』の王子や側近も来賓しているんだよ」


「・・・そんなところに私みたいな小娘がやってきていいのでしょうか」


「何を言っているんだい?今回の謁見は君こそがじゃないか」


(大丈夫、アリア。私がエスコートするから自然のままで)


「ぴゃっ!?」


 いきなりレオンアルト殿下が私に顔を寄せて耳元で囁いてきたので背筋がぞわっとしました。


「ふふ、顔が真っ赤だよ」


 ・・誰のせいだと思っているんでしょうか。


『神聖イルティア自治国』の第一王子が入場してきたからなのか、今まで歓談していた人達がぞろぞろと私たちのところにやってきました。


 その中で、私と同じ年齢くらいのドレスアップした女の子を連れた恰幅のいい中年男性が、私達へ真っ先に声をかけてきました。


「これはこれはレオンハルト殿下。無事ご帰還されて何よりです」


「ですが・・・『ヒメツバキ』の件、残念でしたな」


「・・・その件については女神帝陛下に誠意をもってお詫びの上、奪還の方法を考えるつもりだ」


(彼はライオネル侯爵だ。ライオネル侯爵家は、千年前に女神様の生家であらせられる『オルデハイト元侯爵家』が『聖都』に移られてからずっと、我が『神聖イルティア自治国』の宰相を務めている家系なんだ)


 困惑する私に再びレオンハルト殿下が耳打ちしていきます。


 その姿を不思議に思ったのか、ライオネル侯爵が私の事をじっと見てきます。


「ところで・・殿下。お隣にいらっしゃるのが・・・今回の謁見のとなった人物ですかな?」


 ライオネル侯爵が質問すると、一緒に連れている女の子がずいっと前に出てきました。


 その女の子は私よりも少し身長が高くて、見るからに高そうな大粒の宝石が散りばめられた空色のドレスを身に着けています。


 瞼は少しつり上がってはいますが、大きな瞳と丁寧に手入れをされた艶やかな腰まである長髪は燃えるような美しい赤色で、それに反して肌は雪のように白いです。


 更に、メイドさん達に『魔性』呼ばわりされた私よりも大きな胸と高い身長が、全体的に魅惑的な雰囲気を醸し出しています。


 そして、ただのの私と比べれば、見るからに気品に溢れていて誰もが美しいと賞賛しそうな女の子なので、住む世界が違えば人はこうも違うものなのだと痛感させられました。


「わたくしも気になっておりますの!レオンハルト様、は一体何者ですの!?」


「レオンハルト様が女神帝陛下にがいらっしゃると聞いて、わたくしどうしても気になってしまって、お父様に無理言って連れて来て頂いたのですわ!!」


「・・・リリアーナ嬢、私たちはこれから至高の存在であらせられる女神帝陛下と謁見するというのを忘れたのか。いくら宰相の娘とは言え、そのような個人的な理由でこの場に来るものでは無い」


「それに、私は名前で呼ぶことを許可した覚えは無い筈だが?」


 あれ・・・?なんでしょうか?


『リリアーナ』という名の女の子から声をかけられた瞬間、レオンハルト殿下が能面のように表情が抜け落ちた顔になってしまったのですが・・。


 それに、心なしか言葉も冷たいです。


 普段のレオンハルト殿下はこのような感じなのでしょうか。


 出会ったばかりの私にはわかりません。


「ぐっ・・!ですが!私は幼いころから殿の事をお慕いしておりますのよ!それなのに!手を添えてらっしゃる女がいたら、気になってしまうのは仕方ないではありませんか!!」


「っ!!」


 リリアーナ様の言葉を聞いて自分のに気づいた私は、慌ててレオンハルト殿下から離れようとします。


 ・・もしかしたら、目の前のリリアーナ様から『お慕いしている』という言葉を聞いて、動揺してしまった事も理由の一つしれません。


 ぐいっ!!


「きゃっ!?」


 しかし、離れようとする私を、レオンハルト殿下は更に力を込めて引き寄せます。


「彼女はドレスもヒールも不慣れなんだ。だからエスコートをしている・・それに、リリアーナ嬢は私の婚約者でも何でもないんだ。貴女にとやかく言われる筋合いはない」


「っ!それは・・・お父様からのお話を殿下がずっとお断りになるからであって・・」


「私が婚約者をまだというのは父上や母上も承知している。それに親が宰相で幼馴染だからと言って、君が婚約者になる保障なんて全くない」


「それはっ・・・!」


「さすがにそれは聞き捨てなりませんな、殿下。現在の政治的なバランスを踏まえてもリリアーナが殿下に一番ふさわしいことは周知の事実」


「私が黙認しているのは、あくまで殿下が学園にいらっしゃる間はご学業に専念されたいという意を汲んでいるからですぞ?」


 ・・・どうしましょう。


 突然始まった修羅場に全くついていけません。


 レオンハルト殿下に挨拶しようとやってきた他の方々もぽかんとしたまま固まっています。


 私はとにかく一刻も早く、この気まずい空間から離れたいのですが、逃げようとする腰をレオンハルト殿下にがっちりロックされてしまって動けません。


「お兄様!!!」


 その時、緊張した空気を壊すように一人の可憐な少女がやってきました。





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