『イルティア』への航路

 ゴゴゴゴゴ・・・・。


「凄く・・広いですね」


「三百メートルを超える艦船ふねだからな。海を航行する船舶でもここまでの大きさはなかなかないだろう」


『飛行魔導神殿サイナード』が『ヨークスカ』上空に到着した後、私たちは直ぐに『神聖イルティア自治国』に向かって出発しました。


 突然の出発となりましたので、イシズおばさんや宿の常連客の皆さんとは涙のお別れとなりました。


 ですが、皆さんが私の為に色んな食材や王都で滞在するのに必要そうな品々を沢山お土産として持たせてくれましたので嬉しかったです。


 ちなみに、レオンハルト殿下のご希望で出発前に大量の焼きそばも私が作って持ってきました。


 まさか、お一人で食べるつもりではないのでしょうけど・・。


 レオンハルト殿下は食の趣味が庶民派なのでしょうか。


 先程も私の用意した緑茶とお茶請けを何食わない顔で食べていましたし・・・。


 そして、今はレオンハルト殿下に私が艦内で滞在する部屋を案内してもらっています。


 正直、私が住んでいる『アーティナイ連邦自治国』から『神聖イルティア自治国』までは十時間くらいの航行となるので、私は先程まで艦内ロビーや展望デッキなどを探検しながら時間を潰していました。


 ですが、あてもなく艦内を探検していた私を見つけたレオンハルト殿下が『どこにいたんだ?!ずっと探していたんだぞ!?』と言って、そのまま私の為に用意したゲストルームへ案内し始めました。


 ・・私に好き勝手うろうろされるのが嫌だったのでしょうか。


 確かに、『神聖イルティア自治国』王家の専用艦ともなれば、国家機密になる物も沢山ありそうですが・・そんなに私は信用ないのでしょうか。


「ここが君の部屋だよ」


 そして、どうやら私が考え事をしている間に到着したようです。


「どうぞ、君の部屋の鍵だ」


「ありがとうございます」


 私はレオンハルト殿下から受け取った鍵を扉の横にある鍵穴へ差し込みました。


 シュインッ!!


「!?」


 すると、部屋の扉が勝手に開きました。


 それだけで私は驚いてしまいました。


 しかし、そのまま部屋の中に入ると、更に驚きの光景を目にすることになりました。


「ひ・・・広いです!!」


 レオンハルト殿下に案内されたゲストルームは高級宿の特別室スイートルームよりも広い部屋でした。


 そして、床は一面に上質な絨毯が敷きつめられていて、どう見ても私が一生働いても買えないような高級家具が並べられています。


 部屋に鎮座する天蓋付のベッドは私が五人くらいは並んで寝られるくらいの広さがありました。


 そして、上質なカーテンで縁取られた私の身長よりも大きな窓からは、流れる雲と広大な海が見下ろせました。


 私に用意されたと言う部屋のあまりの豪華さに戸惑っていると、続いて五人のメイド服を着た女性達が次々と部屋に入ってきました。


「彼女がこの部屋に滞在するアリアだ。女神帝陛下と謁見する為に身なりを整えてやってくれ」


「「承知いたしました」」


 レオンハルト殿下の言葉にメイドの皆さんが一糸乱れぬ動きで一礼しました。


「では、私は艦橋ブリッジで王都入港の手続きをしに行ってくる。アリアも準備が整ったら後で艦橋ブリッジまで来てくれ」


「え・・あ、はい!わかりました」


「せっかく君に用意した部屋だったが、どうやらアリアの準備をしているうちに目的地に到着しそうだね」


「まあ、この部屋はにしておくから、次回からも乗艦の時は気兼ねなく使うといい」


「え!?それってどういう・・」


 レオンハルト殿下は私の質問を最後まで聞かずにメイドの皆さんへ目配せすると、満足そうに頷きながら立ち去って行きました。


「アリア様。まずは湯あみを致しましょう」


「へ!?ゆ・・湯あみですか!?」


 私が呆然としていたら、メイドの皆さんが忙しなく動き出しました。


「アリア様、どうか私どもには敬語を使わずにお話しくださいませ」


「そ・・そう言われましても・・」


「あの・・私、そんなに匂いますかね?でしたら自分で入るのでお構いなく・・」


 私はすんすんと自分の匂いを嗅ぎます。


「いいえ、アリア様の事はレオンハルト殿下から『くれぐれもしっかりとお世話するように』と仰せつかっておりますので」


「え・・それってどういう・・」


 私が戸惑っている間に、身につけていた木綿のワンピースが瞬く間に脱がされて行きます。


「きゃあ!?」


 私は慌てて身を隠します。


「まあ、アリア様。なんて白くて美しいお肌なのでしょう!」


「すべすべなのにもちもちしてらっしゃいまして、とても磨きがいがありますわ!」


「それに、形もよくてハリのある大きなお胸・・魔性でらっしゃいますね」


 人の胸を見て『魔性』とはなんですか・・。


「同性の私共まで、あまりの瑞々しさにむしゃぶりつきたくなりますわ」


 やめてください。


 私の胸はフルーツなんかじゃありません。


 メイドの皆さんが思い思いに私の事を褒めながら、身体をもみくちゃにしていきます。


 そして、そのまま部屋付きのお風呂に連行された私は香油を塗り込まれながらマッサージを受ける事になりました。


 はふう・・なんだか貴族にでもなった気分です。




 ・・・・・・・・・。



 湯浴みを終えた私はメイドの皆さんにコルセットを身につけられると、続いてドレスを着せられました。


「あの、わたしこのような高価な服・・着れないです」


「いけませんよ、アリア様。女神帝陛下とお会いになられるのでしたら、きちんとした正装をお召しにならなければなりません」


「う・・・」


 そう言われると緊張してきました。


 確かに、私の着ていたワンピースでは『女神様』とお会いするのは相応しくないかもしれません。


 仕方なくされるがままになっていると、次はメイドさんが私の髪を編み込み始めました。


 私が今着ているドレスはクリーム色のシンプルなデザインですが、今までドレスに縁が無かった私ですら、良い生地で仕立てられているのがよくわかります。


 シンプルではありながらも両肩が露出したデザインの胸元付近に散りばめられた宝石がキラキラと輝いていて、いくらするかなんてとても怖くて聞けません。


 私はとにかく絶対にドレスを汚してはいけないと心に誓いました。


 そして、同じく宝石がついた靴には高めのヒールがついていまして、ヒールなんて履いたことのない私はすぐに転倒してしまいそうです。


 最後に、メイドさんが恭しく手にした私のバレッタを髪につけてくれました。


「まあ、素晴らしいです!!これほどスタイルが良ければコルセットなんていりませんでしたね」


「きっと殿方の皆さんが見とれてしまいますね!」


 メイドの皆さんが完全に仕上がった私を褒め称えます。


「っ!で、では私はレオンハルト殿下のところへ向かいます!!」


 その状況に恥ずかしくなった私は、逃げるように部屋から出ようとします。


「では、ご案内します」


 すると、メイドさんの一人が私の後ろについてきました。


 ドレスを着た私の背後につくメイドさんは、まるで私の専属侍女のようです。


 そして、メイドさんの案内で艦橋ブリッジへと向かいました。



 ・・・・・・・・・。




 バシュウ・・。


「つ・・疲れました」


 慣れないヒールとドレスを身につけていたので、艦橋ブリッジまで十五分以上歩くことになりました。


『サイナード』の艦橋ブリッジはとても広大な空間でした。


 艦橋ブリッジの屋根は大きな曲面を描いていて、ガラスなのか、光魔導スクリーンによるものかはわかりませんが青空が映っています。


 その広大な空間の中にはフロアが三層ほどありまして、私は今一番上のフロアにいるようです。


 三層のフロアにはそれぞれ様々な役割を持った座席があるようで、二十人ほどの乗組員の方々が座っています。


 そして、艦橋ブリッジの一番高い位置にある豪華な座席に腰掛けられていたレオンハルト殿下は、私の声を聞くと慌てた様子で振り返りながら立ち上がりました。


 レオンハルト殿下はそのまま私の姿を頭から足先まで順番に眺めると、嬉しそうに歩み寄って来ました。


「やあ、アリア。見違えたね!」


「あまりに君が可愛いから、一瞬妖精さんが迷い込んだかと思ったよ」


『妖精さん』とは言いすぎです。


 私のような小娘が『妖精さん』なんて言われたら、本当の『妖精さん』に失礼です。


「そんなっ!私にドレスなんて似合いませんよ!」


「謙遜するアリアも素敵だね、けど行き過ぎた謙遜はかえって嫌味になるよ?」


 私は謙遜のつもりなんて全くないのですけど・・・。


「・・まあそれはさておき・・ほら、アリア。王都が見えてきたよ」


 そう言いながら、レオンハルト殿下が遠くに見えてきた都市を指差しました。


「あれが・・王都『イルティア』」


 次第に全貌がはっきり見えるようになると、私は驚きの声をあげました。


『神聖イルティア自治国』の王都『イルティア』は、現在全世界で信仰されている『女神教』の本拠地です。


『イルティア』には『女神教』を管轄している『女神教会』の聖地『白銀の神殿プラチナ・パレス』があり、世界中から敬虔な『女神教』信者が巡礼に訪れます。


 王都『イルティア』は世界最大の人口を誇る大都市で、隣国で勇者クラリス様と二アール様の出身国である『魔導国家オルテアガ自治国』との交易が盛んです。


 その為、最先端の魔導工学と土木建築技術を駆使した街並みは規則正しく整備されていて、私の住んでいる『ヨークスカ』や『アーティナイ連邦自治国』の首都『カームクラン』でもお目にかかれないような高層ビルが建ち並んでいます。


 市街地中心では高架線路を走る『魔導列車マギ・トラム』網が張り巡らされ、整備された都市道路には『魔導車』がひしめき合っています。


 そのような大都市である王都『イルティア』は、間違いなく全ての人類文明の最先端を行く中心地と言っても過言ではありません。


 私が胸を踊らせながら景色を眺めていると、レオンハルト殿下が近くの魔導コンソールを操作し始めました。


「こちら『飛行魔導神殿サイナード』艦長、レオンハルトだ」


 ブォン!


 すると、空中に光魔導スクリーンが投影され、管制官らしき人物が映し出され始めました。


 これは『エーテル通信機』と言われていまして、エーテルを介して遠くにいる方と会話ができる魔導具です。


 ちなみに、『エーテル通信機』も千年前に勇者クラリス様によって発明されました。


『レオンハルト殿下、お帰りなさいませ。そのまま王宮駐機場へご着艦ください』


「聞いたか、これより本艦は王宮駐機場に着艦する」


「了解しました!機関四十、回頭面舵三十度!王宮へ進路を向けます」


 操舵士が舵を切ると艦船が転回するために傾いているからなのか、目の前の景色が傾いて回っていきます。


 体感的には傾きを感じないので、これも魔導工学によるものなのでしょうか。


 そして、建ち並ぶビルの中心に広大な開けた敷地が見えてきました。


「あれが・・王宮」


 見えてきた王宮は先進都市の中で一際目立つ、伝統的で荘厳な建物でした。


 王宮建物の周囲は大小様々な付属建造物が並んでいまして、一辺で数キロにもなる広大な敷地の周囲は高い塀で覆われていました。


「あれは!」


 そして、その広大な敷地内で一際目立つ巨大な構造物がありました。


 五百メートルを優に超えるそれは、王宮の建屋に匹敵する巨大さでした。


「『飛行魔導神殿』がもう一隻停泊しています!!』」


『サイナード』よりさらに一回り大きな美しい流線形をした艦船の周囲には、ランスを携えた護衛の魔導機甲マギ・マキナが並んでいました。


 そして、その船体全てが美しい白銀色に輝いていました。


「・・いつ見ても美しい艦船ふねだな。空から拝見すると、ますますその素晴らしさがよくわかる」


 私の隣に歩み寄ってきたレオンハルト殿下は感嘆の声をあげていました。


 そして、何故か私の腰に手を添えています。


 流石は王子様です。


 私がヒールで足元がおぼつかないのをいち早く察してエスコートしてくれているのでしょうか。


「レオンハルト殿下、あの艦船ふねは・・」


「ああ・・あの艦船ふねこそが世界で初めて建造されて、『邪神デスティウルス』討伐の後も一千年の間『女神様』によって改修され続けてきた伝説の『飛行魔導神殿』・・・」


「『神聖リーフィア神帝国』の総旗艦、『ナゴーブ』級飛行魔導神殿『女神イルティア・レ・イーレ』だ」


「あの艦船ふねの中に、『女神様』がいらっしゃるのですね・・」


 そう言いながら、私は思わずごくりと息を呑みました。





〜設定資料〜

神聖リーフィア神帝国総旗艦 ナゴーブ級飛行魔導神殿『イルティア・レ・イーレ』


 今から千年前の『邪神デスティウルス』討伐の際に、当時の魔導外輪船であった『ナゴーブ』の船体を流用して生み出された人類初の飛行魔導神殿。


 女神ハーティルティアと共に『邪神』討伐に参加し、世界を救う一助となった伝説の艦船である。


 以後、概ね二百年に一回のオーバーホールと改修、女神ハーティルティアのプラティウム化を経て、第五期改修が完了時にはじめて完全プラティウム化された。


 半永久機関のプラティウム・マギフォーミュラ・マナジェネレーターを備える本艦は移動可能な女神ハーティルティアの宮殿としての機能を持つ。


 現在は『神聖リーフィア神帝国』の象徴としての役割も担っている。



〜スペック〜


名称

神聖リーフィア神帝国総旗艦 ナゴーブ級飛行魔導神殿『イルティア・レ・イーレ』


型式

なし


製造

初期 神聖イルティア王国、魔導帝国オルテアガによる共同建造

着工

創世紀5218年

進水

創世紀5218年

第五期改修完了

創世紀6198年


満載排水量

813,000トン


全長

513.7m

最大幅

148.2m

全高

98.9m


機関

一型プラティウム・マギフォーミュラ・マナ・ジェネレーター11基

機関システム定格出力

2,178,000サイクラ


装甲

プラティウム


動力伝達装置

プラティウムによる装甲伝達


推進

浮上用フライ・マギ・ウィングユニット両翼八基

巡航用魔導推進機関四基


最大速力

毎時1300ノット(時速2408km)


乗員

3,200名


兵装

主砲 魔導結晶体収束砲1門

   エーテリアバスター砲(リリス乗艦時)

副砲 127mm魔導式単装速射砲4門

近距離迎撃用三十五ミリ魔導高射機関砲16門

空対空魔導誘導弾『グングニール』180発

空対地投下式爆裂魔導弾『フォールハンマー』72発


搭載機

マギ・マキナ ラピス・シックス52機





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