⑩
「君たち二人が仕組んだんじゃないのか?」
夕飯のそら豆スープを食べ終わり、場に不穏な空気を呼び込んだ松垣さんが大きく咳払いをした。
夕飯は空き部屋になった二部屋の内、Dフロアの一部屋を使って振る舞われた。厨房近くで配膳がやりやすいということで、雛田さんがお礼の印と鶏の唐揚げを一個サービスしてくれた。全員、床に皿を置いて黙々とスプーンを口に運んでいる。
「君たちなら細工も容易だ」
「確かにね。でも私なら自分まで閉じこもるような真似、しませんけどね?」
「ちょっと万里奈ちゃん!」
ヒートアップした雛田さんを那須井さんが慌てて宥める。
「あの麦茶に、本当に時間遡行薬が入っていたのですか?」
黙々と食べていた坊山さんが箸を置く。
猟犬が顕現した以上、時間を遡ってしまったと肯定せざるを得ない。そう考えると、全員に振る舞われたあの麦茶が怪しいが……。
「やはり君たちが入れたんだろう!」
松垣さんが確信を得たとばかり、声を張り上げ眉間に皺を寄せる。
「あれはただの麦茶です」
冷静に言い放ったのは那須井さんだ。キッパリと否定しネタバレをする。
香り付けしたのみで、中身は市販の麦茶だという。
これが事実だとしたら――。
「混入された?」
「恐らくな」と上野原。「振る舞われる前に、犯人が仕込んだんだろう」
犯人――上野原の言葉が尾を引く。
「それならさ、最初に来た人が怪しくない?」
大塚さんの言葉に、松垣さんが怪訝な目を向ける。
「この状況でヒソヒソ話はいけないよ、お嬢さん」
言い返そうとして上野原に止められた。
「下手に刺激しない方がいい。発狂寸前だから」
胸糞悪さを紛らわせようと最後の唐揚げを口に放り込む。
「あの、失敬なことを尋ねるが――」
沈黙を保っていた駒場さんが顔を上げる。帽子は脱いでいて、薄くなった髪の隙間から頭皮が僅かに見えている。
「ここの食糧はどのくらいあるのだろうか?」
「それは――」
言いあぐねた那須井さんに代わり、雛田さんが決意を持って続ける。
「もともと宿泊客を想定しておりませんので、明日の昼までが限界です」
唐突に決められたタイムリミット。
夜を越せるのは今日がラスト。それ以降は飢えとも対峙しなくてはならない。
それまでに何とか猟犬うろつく館から脱出しなくてはならない。
時刻は二十一時五十分。相変わらず圏外のままだった。
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