「君たち二人が仕組んだんじゃないのか?」


 夕飯のそら豆スープを食べ終わり、場に不穏な空気を呼び込んだ松垣さんが大きく咳払いをした。


 夕飯は空き部屋になった二部屋の内、Dフロアの一部屋を使って振る舞われた。厨房近くで配膳がやりやすいということで、雛田さんがお礼の印と鶏の唐揚げを一個サービスしてくれた。全員、床に皿を置いて黙々とスプーンを口に運んでいる。


「君たちなら細工も容易だ」


「確かにね。でも私なら自分まで閉じこもるような真似、しませんけどね?」


「ちょっと万里奈ちゃん!」


 ヒートアップした雛田さんを那須井さんが慌てて宥める。


「あの麦茶に、本当に時間遡行薬が入っていたのですか?」


 黙々と食べていた坊山さんが箸を置く。


 猟犬が顕現した以上、時間を遡ってしまったと肯定せざるを得ない。そう考えると、全員に振る舞われたあの麦茶が怪しいが……。


「やはり君たちが入れたんだろう!」


 松垣さんが確信を得たとばかり、声を張り上げ眉間に皺を寄せる。


「あれはただの麦茶です」


 冷静に言い放ったのは那須井さんだ。キッパリと否定しネタバレをする。


 香り付けしたのみで、中身は市販の麦茶だという。


 これが事実だとしたら――。


「混入された?」


「恐らくな」と上野原。「振る舞われる前に、犯人が仕込んだんだろう」


 犯人――上野原の言葉が尾を引く。


「それならさ、最初に来た人が怪しくない?」


 大塚さんの言葉に、松垣さんが怪訝な目を向ける。


「この状況でヒソヒソ話はいけないよ、お嬢さん」


 言い返そうとして上野原に止められた。


「下手に刺激しない方がいい。発狂寸前だから」


 胸糞悪さを紛らわせようと最後の唐揚げを口に放り込む。


「あの、失敬なことを尋ねるが――」


 沈黙を保っていた駒場さんが顔を上げる。帽子は脱いでいて、薄くなった髪の隙間から頭皮が僅かに見えている。


「ここの食糧はどのくらいあるのだろうか?」


「それは――」


 言いあぐねた那須井さんに代わり、雛田さんが決意を持って続ける。


「もともと宿泊客を想定しておりませんので、明日の昼までが限界です」


 唐突に決められたタイムリミット。


 夜を越せるのは今日がラスト。それ以降は飢えとも対峙しなくてはならない。


 それまでに何とか猟犬うろつく館から脱出しなくてはならない。


 時刻は二十一時五十分。相変わらず圏外のままだった。

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