ティンダロス館の顕現

向陽日向

導入 旧支配者の胎動

 声が聞こえる。


 海底に沈んだ幻の大陸【ムー】から響く、くぐもって聞き取りづらい声だ。


 周囲を泳ぐ魚たちも揺らぐ意志を察したのか、一斉に泳ぎ去る。


 水深五千メートル近くに沈んだ大陸だ。響く声などない筈である。


 再び、声がした。


 先程よりも明瞭かつ、威圧するような声だ。


 それは地球上の如何なる言語とも違う、はっきりと発音が出来ない音だ。


「間もなくか。長き眠りだったぞ」


 地球の言葉に置き換えると、このような意味をもつ音。


 小さな胎動は、幻の大地に築かれた都市【ルルイエ】から全世界の海を揺らす。


 外宇宙より太古の地球に飛来し、かつてこの星を支配していた旧支配者グレート・オールド・ワンが長き眠りについた墓所から漏れる微かな息遣いが、細かな泡となって四散する。


 旧支配者グレート・オールド・ワンは地上で活動する眷属たちの声が高まっていることを感じ、墓所の中で寝返りを打つように大きく体勢を変える。


 今や海底都市と化したルルイエがゆっくりと浮上を開始する。


 近くの大陸に打ち寄せた大波が大地を削り、海岸には大量の魚たちが打ち上げられ、彼らの父祖である【ダゴン】へその身を捧げた。


 全ては【大いなるクトゥルフ】のために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る