天上人源信覚書

枝林 志忠(えだばやし しただ)

前編

私が、このことを綴るのは少しおかしいのではないかと思うかもしれません。


ただ、こういったことが記されていたので、どうしても話さずにはいられなかったのです。


それは、あるお坊様のことについてでございます。


――――

 

ある山寺がございました。


檀家もおらず、宗派もよく分かっていないようなものでして


そもそも住職となる人もいなければ、仏像も位牌も何一つ置いていないお寺でございます。


しかし、外観はそれはそれは立派な……、いやいやいやものでございまして、山門には四神が彫られているわ、寺院の周りには魑魅魍魎・神仏といった物を形作った像が置かれております。


また、寺院の側面にあたる広縁こうえん外陣げじん内陣ないじんには、お寺に不釣り合いなものばかり描かれております。


ただ、手入れだけは行き届いておりました。


屋根の裏側にある地垂木じだるぎ桔木はねぎ海老虹梁えびこうりょう向拝柱こうはいばしら、どれもが美しく磨かれておりました。


それというのもこの山寺に住むよく分からん男が、丁寧にクリティカルバクテリアアタック、通称「お掃除」なるものを日がな一日繰り広げているからでございます。


そんなクリティカルバクテリアアタックが渦巻いている山寺に一人の入道がやってきました。


「あれ、源信様どうなされました?」男は声を掛けました。


かの法然ほうねん親鸞しんらんが慕っていた、恵心僧都源信えしんそうずげんしん和尚が山寺に訪れたのです。


源信和尚に声を掛けたこの男について説明するのは、ここでは控えておきます。


説明がなくても話を理解するうえで特に問題ないと思いますので……。


「おお、いやなあに。ちくとばかりか話し相手になってほしいと思ってなあ。」


「今日はもう地獄の様子をみてこないのですか?」


源信和尚は、地獄と極楽とを行き来し、見聞きしてきたことを綴るのか日課になのです。


「いや、しばらくは行かないことにしてのう。往生要集は全て完成してしまったからのう。今は坊主巡りをしておる。」


「ああ、スキンヘッドゴーイングをしているのですね。」


「カタカナで言い換えるものほどい気持ち悪いものはないのう。とにかく、坊主とはいえ、歩む道を間違えてるものが多いのでな。お前さん、今回の坊主も気に入ると思うぞ。」


「それは楽しみですなあ。まあ立ち話もなんなので、どうぞおあがりください。」


スキンヘッ……、いや坊主巡りとは、日本各地にいる坊主に源信和尚が出会い、各々の歩む道を間違えていないかどうか源信自ら現地に赴き確認するというものでございます。


もし、道を踏み違えている坊主がおれば、正しい道を歩むよう源信和尚が説き伏せるのです。


源信和尚を来客用の床の間に案内し、座布団を敷きました。


和尚は、ゆっくりと座布団の上に座りましたが、その座り方というのが言葉で表現するのが億劫になるほど美しい振る舞いでございました。


なぜか男はよだれが垂れてきたのですが(何故!?)、すぐに気を取り直し、和尚に尋ねました。


「それで早速なのですが、どのような坊主でございましたか?」


「そこは、スキンヘッドと言わんのね。」源信和尚は遠くを見て、また男に向き直り、「今回はの坊主に会った。」とおっしゃいました。


「蟹では、毛がそもそもないので坊主云々じゃないと思うのですが……。」


「毛ガニという蟹もおるじゃろうて。」


「ああ、なるほど。」


男は納得してしまいました。それと同時に、芥川龍之介先生がこの山寺に伺うということを思い出しました。


「ああ、そうでした和尚!芥川先生がこちらに伺うということを忘れておりました。」


「なんじゃそうだったのか。それなら龍之介が来るまで少し待とうではないか。」


それからしばらくお二人は待っておりました。芥川先生が来るまでに、何故か沢山の僧兵が山寺を襲撃するという出来事がございまして、男と和尚は波動弾を出し僧兵たちを蹴散らす荒業をなさいました。まあそんなことは微々たる出来事でしかないので、「平穏な時を過ごしながら男と和尚は、芥川先生を待っていた」ということにしておいてくださいまし。


「すみません、遅くなって申し訳ございません。『男』はいらっしゃいますか?」


やべぇ……。


あ、いやいや、今いらっしゃた芥川先生のセリフ『男』というのはもちろん、冒頭でクリティカルバクテリアアタックを繰り広げていた男のことなのですが、決して話し手である私自身も名前を考えていなかったから「やべぇ」と言ったわけではございませんのでご了承ください。


「ああ、お待ちしておりました。実は源信和尚も今お見えになっているのですよ。」


「え、そうなんですか?ではまた素晴らしい妖怪の絵が描けますね。」


いやはや、さてさてどうなるんでしょうか?




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