第26話「幼馴染は気を張ってるだけ」
「……おいしいな」
「あっそ……」
ほんと、どうしてこうなった。
しかしまあ、多少の見当はついてはいる。
だからといって大丈夫かと問われれば確実にノーだけどな。
そこで俺は、もくもくと朝食を食べている四葉に話を切り出した。
「なぁ、四葉」
「何?」
「なんで急に、機嫌が悪くなってるんだ……教えてくれ」
「……悪くなんてないし」
「いや、悪いじゃんか……全然」
「悪くないし、別に。私はいつも通りよ」
いつも通りではある。
今までこんな感じだったよ、なんて言われたら、確かにその通り。しかし、付き合っている相手にこんな風な態度をとられては俺も困る。
それに、四葉にはしっかり笑っていてほしい——そんな願いだってあるのだ。
う、なんだよ、その目はよ。
悪いな、寒いこと言って。
「いつも通りではあるかもしれないけど……仮にも俺たち付き合ってるんだよ? もっとこう、優しくしてくれていいっていうか……」
「十分優しいし……っ」
ぼっと、四葉の頬が桃色に染まった。
どうやら、俺と付き合っている認識はあるらしい。
「好きか?」
「……うっさい」
「……いっつもそうやって照れてくれればいいんだけどな……」
「て、照れてないしっ——t、ちょっと恥ずかしかっただけよ」
「もっと恥ずかしがってくれていいんだぞ? もっとな」
「……っ! うっさいし!」
「いたっ」
ドンっ‼‼
足元に響いた重みある音が鳴り、すぐに右足に鈍痛が走った。
「何すんだよっ……」
「か、和人がうっさいから……うざいし」
「俺なんか悪いこと言ったか?」
「い、言ってない……けど」
そこは「言った」って言わないのかよ。
案外、丸くなっていたようだ。だが俺も、そこで許して次の話に行けるほどやわではない。俯きながら口をパクパクさせる四葉の肩を掴んで、本題を話し始める。
「気にしてるのか?」
「な、何をよ……」
「いやな、明後日から、ほら、学校始まるだろ? それでさ、前に俺に告白してきてくれた女の子の事で考え込んでいるのかなって。違うか?」
「……」
ゴクリ。
生唾を飲む音が朝日差し込むこの部屋に鳴り響く。
「別に、違うならいいんだけどな……」
「……な……ょ」
すると、ぼそり。四葉が小さな声を発した。
「何か、あったのか?」
「……なんで……分かるのよ」
彼女はそう言った。
あまりにも弱弱しい、覇気のはの字すらないほどの今にも泣きそうな声でそう言った。瞬間、抱きしめたくなる気持ちを堪えて、俺は答える。
「そら……長いこと、一緒に居るからな」
全くもって臭い言葉だ。
一生使う気はないが敢えて、今日だけは使わせてもらおう。
「私は、全然良く分からないけどね……」
「すぐわかるでしょ?」
「分からないわよ……和人、少し変態だし」
「——おい、どっから俺が変態な話に切り替わった。それに俺は変態じゃないし、変態だから思考が読めないっていうの結構傷つくんだが?」
「傷つけばいいし……」
「血も涙もないな、お前」
泣きそうな顔して冗談言いやがるところ、本当に情緒が分からない。大丈夫なのか、今にも崩れ落ちたいのか。予想がつかないところが逆に落ち着くまである。
「……でもまぁ、そんなことどうでもよくてな。なんかあったんなら、言ってくれて構わないんだぞ?」
「別に……そんなことじゃないもん……」
「のわりには結構不機嫌で、俺も被害被ってるんだよ」
「和人。ほら、自分のためだけ」
「別にそんなこと言ってないしな、俺は俺で結構心配してるんだ」
「嘘」
「なんでそうなるっ……」
「自分の胸に聞いてみなよ」
ほお、そこまで言うか。
ならいいだろう、思いっきり聞いてやろう。
「おーい、胸! なんだ、ご主人様よ⁉ お前、俺の気持ちがわかるのか? んなもん、知ってたまるかってんだクソッたれ主人様よ! それなら、心配くらいはしてるんだよなぁ? してるしてる、だって四葉可愛いもん! ————だってよ」
「……舐めてるの? 和人⁇」
どうやら、さすがに馬鹿にし過ぎたようだ。次は太ももを抓られながら、俺の両足をぐりぐりと押し付けられている。それにしてもさっきから——マジで痛い、痛い痛い痛い!! おい、手加減ってもんをt⁉ んあが、いた、いたたた!!
「すまん、まじで、ごめん‼‼ 痛い痛い痛い‼‼‼‼」
「……分かった?」
「分かったよ、マジで分かったから‼‼ はいはい!! すとっぷ‼‼」
痛みを堪え、何とか謝罪すると彼女は俺から離れた。
前にも言ったが四葉は昔から力が強い。本気を出せば、そこらへんのもやし男子なら駆逐できるくらいには強いため、俺でも我慢できないのだ。
「っはぁはぁ……まじで痛いなぁ」
「余計なこと言うからよ」
「限度があるだろ……もっと手加減してくれ」
「——嫌」
「理不尽だ」
まあでも、俺を罵倒する元気があったのはまだ良かった。このくらいいつも通りの感じでなければ、俺の調子も狂う。決して、Mじゃないけどな。うん。
「——それで、結局のところどうなんだよ?」
「……」
「やっぱり、そうなのか?」
「……ち……ちがぅ……そう言うことじゃないんだ、けど……」
「けど?」
「……でも、その……なんというか、ちょっと怖いというか、心配で」
「……それをそう言うことって言うんだが?」
「別に、だって……」
もごもごと口を曇らせる四葉。
どうやら、それを認めるのが嫌らしい。自分では分かっているが、口ではあまり言いたくないようだ。途端に悲しそうになる四葉の肩をぎゅっと掴んで、俺はゆっくりと述べる。
「……別にな、気にしなくていいんだぞ? お前はお前だし、俺が選んだのは四葉だったっていう話。そこを気にしちゃだめだろうし、そこをきっぱり分かっていられるのが人間なんじゃないのか?」
「……」
「普通にいつも通りにしてればいいんだよ、というかな。もともと付き合ってないのに、そういう目で見られてたし、しっかり言えば大丈夫だよ」
「そう、かな……」
「ああ、もちろんっ。俺が保証してやるっ」
胸を張って、カッコつけてみる。
意外と恥ずかしいものだ。
しかし、その刹那。
バサッ――と真紅の髪が揺れ、碧眼がうるっと輝くのを感じた。
束の間、四葉は席を立って。隣に座っていた俺の胸に縋りついたのだ。
「——え」
「黙って」
「え、いや——」
「いいから黙って」
一方的に押し付けられる小さな胸。
別に大きくはないのに、胸がバクバクして止まらない。ほんのり香る柔軟剤のフローラルな香りと温かいぬくもりにどうにかなりそうで思考が止まってしまった。
「このまま、少しだけ……」
そして、この日が——初めて四葉に甘えられた日になったのは二人だけ秘密となったのは言わずもがなだろう。
<あとがき>
こんばんは――ということで、やっぱり四葉はこうでなくちゃって言うのが露骨に表れたお話でした。幼馴染は冷たくて、でもやっぱり気持ちは変わってなくて——というか、普通に好きになって——というもどかしさがこの作品のコンセプトなのでッ譲れませんね。
ではでは、「幼馴染は確かめる」という今回の章。
一体何を確かめ合うのか――乞うご期待!
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