いのち短し H.K に恋します
花向日葵幸
第1話
「ええっ!? 今度は小説家養成講座に行く?」
「さすがに今回は迷ったけど、もう決めたの。オンライン講座だしね。加奈子を待っている間に申し込んじゃったわ」
花子はテーブルの上のスマホを指差した。カバーもキラキラもない相変わらず女子力薄い殺風景なスマホだ。シンプル・イズ・ザ・ベストをモットーに生きているらしい。だからいまだにシングルかといえば、そういうわけではなく、単純に花子流の恋愛をしていた結果、三十過ぎても独り身だったってことだ。
「で、今回は誰に恋をしたの? 小説家養成講座ってことは、まさか小説家? それとも? ねぇ、この間の韓流ドラマのイケメン俳優はどうしたの? 捨てちゃったの? あのうっとおしいほどのねちっこい情熱はどこにいっちゃったのよ? もう冷めたの? まったく毎度のことだけど……」
加奈子はあきれ顔で紅茶を一口飲んで、ニンマリ顔でアイスコーヒーのストローをクルクル回している花子を見た。
二ヶ月前、花子はそのイケメン俳優のファン・ミーティングに参加するために、わざわざ有休を取って韓国に行ったばかりだった。当然のように加奈子もつきあわされた。イケメン俳優は彫刻のように美しかったし、食べ物もおいしかったし、まぁ、それなりに楽しめた。
その俳優の前はドイツのサッカー選手に熱を上げていた。ミュンヘン空港で買ったド派手なユニフォームを着て、スタジアムまで行くのかと思ったら、選手らがよく出没するというビアガルテンに直行した。毎度のことながら、用意周到の調査力には感心した。そこで運よくお目当てに遭遇し――花子に言わせると運ではなく必然――「イッヒ・リーベ・ディッヒ!」なんて、いつ覚えたのかドイツ語で愛の告白をして、着ているユニフォームにサインしてもらい、ハグのついでにちゃっかりキスまでおねだりしていた。旅行から帰ってもしばらくは世界中で一番しあわせです! って顔をしてドイツ語の勉強まで始めた。しかし、その選手の婚約発表と同時に恋も幕切れた。
その前は未成年の若手新鋭棋士で、その前の前は……そうだ、色白餅肌が人気の関取だった。真夏の巡業地に巨大スイカを一個ずつ抱えて出向いた。顔から滝のような汗を流し必死の形相の二人を、みんなは稽古を中断して拍手で迎え入れてくれた。女子歴長いといえど、さすがにあれは人生の汚点だったと加奈子は思っている。
「捨てちゃったなんて人聞きの悪いこといわないでよね。冷めたんじゃなく強制終了させられたの。アイツ、ファン・ミーティングの時言っていたわよね? 俳優業に没頭しすぎて婚期をすっかり逃してしまったから一生独身でいるつもりだって! だから僕のことをこれからも熱く応援して下さーい! って甘い顔して言っていたわよね? 加奈子も聞いたわよね? だから、あの時、よし、このお方を一生想い続けよう! と決めたわよ。なのに、なのによ! あの時共演していた女優さんといきなりゴールインよ。超若い超美人女優さん。冷める暇もなかったわよ」
花子は「若い」「美人」を強調して、やれやれ世の殿方は皆同じだと言いたげに首を横に振った。
花子も一般人の中では「美人」の部類に入ってるが、女が三十を越えると「若い」という部類には所属しなくなるのだろうか。時々、若く見えますねって言われるが、それは裏を返せば、現実はそんなに若くないということを言われている気がした。
「ねぇ、花子。たとえゴールインしても、けなげに想い続けるのが恋ってやつでしょう? あなたがしあわせならそれだけで私もしあわせです!って根性よ。これからもその女優さん共々あなたを想いますっていうのが真の恋心じゃないの?」
加奈子は続けて言った。
「それ以前に、ねぇ、そろそろ普通の恋をしたら? いつも相手は有名人で高嶺の花。花子はといえば、歩いていても素通りされるフツーの女なのよ。恋が成就するしないの問題じゃなくて、最初から始まりっこないの。夢は見るものだけど、叶わない恋をずっと追っかけて楽しいの? 三十過ぎだよ。もっと現実を……」
加奈子の言いたいことはよくわかった。加奈子なりに花子のしあわせを心から願って心配しているのだ。でも、しあわせの在りかってみんな違う。
「叶わぬ夢を見ているわけじゃないよ」
「花子、まさか叶うと思っているの?」
「ううん、そういう意味じゃなくて、これは希望なの」
「希望?」
「可能性がゼロではないってことは、そこに希望があるってことでしょう?」
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