佐伯ゆい ④

 騒がしい教室を通り過ぎて渡り廊下を渡ると、実験棟(じっけんとう)と呼ばれる施設があります。

 その名の通り、理系科目の実験をするための教室が並んでいる施設でわたしたち一年生はほとんど使用することがない施設です。

 そんな実験棟には昼休み中、普通の生徒は近づくものはおらず閑散としており、ほかの生徒が立ち入ることはほとんどありません。

 その実験棟の裏にある外階段が直人くんのいつも昼食をとっている場所です。

 そこは普段から誰も近づくことはなく、あまり目が付くような場所ではありません。日当たりも良いとは言えず少しじめじめしています。ですが、わたしはわたしたち二人の秘密の場所のようで結構気に入っていました。

 わたしはいつものようにその校舎裏にたどり着くと、いつもの場所で談笑(だんしょう)する直人くんともう一人見知らぬ人の姿がありました。わたしがここにくるようにになってから直人くんの隣にわたし以外の人が訪れるのはみたことがなかったので、少し驚きながら、声をかけました。


「こんにちは、直人くん」


「今日も来たのか」


「えっと……、そちらはどちら様ですか?」


 直人くんとその隣に座っていた人が振り向きました。

 その子はジャージ姿で、ヘアピンで髪を流していて目がぱっちりしていてとても可愛らしい子でした。なんでこんな可愛い子と直人くんが二人きりでいるんでしょう。

 もしかしなくても……わたしのライバル出現でしょうか。


「さ、佐伯さん⁉ どうしてここに⁉」


 直人くんの隣に座っていた子が驚いて言いました。

 声も男の子にしては高い声で、おそらく女の子で間違いないでしょう。

 それにしてもわたしたちがいつもいる場所に突然現れて、どうしてわたしの方がここに来るのが不自然みたいな言い方をされなければならないのでしょう。

 突然現れたライバルにわたしの中の嫉妬心が沸々と沸き上がってきました。


「わたしはいつものように直人くんに会いに来ただけですが? そっちこそどうしていつもわたしと直人くんで二人きりでいる場所に何でいるんですか?」


 わたし自身でも驚くくらい冷たい声で脅すような声が出て、ヒッとその子は怯えて直人くんの影に隠れると、直人くんが慌ててわたしを止めるように立ちふさがりました。


「お、落ち着けよ。お前なんか勘違いしてるって」


「直人くんも、どうして今日は女の子を連れてるんですか?」


 今度は直人くんを冷ややかな目でみて、微笑みかけました。笑顔なのは顔だけですが。


「ちげえよ。女の子じゃねえって。よく見ろ、こいつ男だって」


「ど、どうも楠陰一馬といいます」


 その子は気まずそうに顔を出して言いました。


「……楠陰くん?」


 楠陰くんといえば、最近直人くんが高校に入ってから初めて作った友達で、たしか男の子のはずです。

 でも楠陰くんといえば、長い前髪で目が隠れているのが特徴だったはずです。

 でも今はその特徴的だった前髪がヘアピンで横に流して止められているので、ぱっちりとした女の子の様な目が露(あら)わになって前までと全然印象が違います。


「さ、佐伯さんとは何度かは話したことあるんだけど、僕のことなんて覚えてないよね……」


 そのおどおどと話している姿が前に少しだけ話したことがあった楠陰くんの姿と重なりました。どうやら本当に楠陰くんで間違いないみたいです。


「ちゃんと覚えてますよ。ただ……なんというか随分と印象が変わってびっくりしただけです。本当に楠陰くんだったんですね。ごめんなさい」


 わたしはどうやらライバル出現ということじゃないらしくほっとして言いました。

 こういう子がたまに直人くんに借りたライトノベルに出てくる『男の娘』という子なのでしょうか。


「たしかに俺も驚いたが、よく考えてみろ。俺が女子と二人きりで話すわけないじゃねえか」


「わからないですよ? 直人くんの魅力に気づく子がいるかもしれないじゃないですか」


 直人くんが自虐するように言うのでわたしはムッとして反論しました。


「そんな物好きいるかよ」


「いますよ? ここに」


「はいはい、そうですか」


 わたしは割と思い切って伝えたのですが、直人くんにはあっさりと流されてしまいました。

 そんなわたしと直人くんの様子をきょろきょろと見守っていた楠陰くんが口を開きました。


「えっと……、二人は付き合ってるの?」


 わたしは本当に驚いて固まってしまい、直人くんは息をのんで、


「ち、ちげえよ! どうしてそうなるんだよ」


 直人くんで驚いたように声を荒げて言いました。


(直人くん、そこまで大きな声で否定しなくてもいいのに……)


 わたしは直人くんが思いっきり拒絶したのを聞いて少しだけ悲しくなっていました。


「だ、だって、佐伯さんが毎日ここにきているようなこと言ってたし、今の会話だってまるで熟年カップルの会話みたいだったよ」


 もしかして、他の人も私たちの会話を聞いてカップルみたいだと思っているのでしょうか。

 だとしたらちょっぴり恥ずかしいですけど、やっぱりうれしいです。

「ただ幼なじみってだけだ。別に付き合ってるとかそういうのじゃねえよ……」


「そうですね……。今は付き合ってるとかではないです」


 直人くんにはっきりと否定されまた悲しい気分になってしまいましたが、わたしは未来に期待を込めて『今は』と言っておきました。


「現実とラブコメを一緒にすんなよ。まあでも幼なじみがいてよかったとは思うけどな」


「へー! 幼なじみがいてよかったと思うときって例えばどんな時なの?」


「そうだな。趣味が同じでラノベを貸し借りして感想を言い合える相手が近くにいるってのはいいもんだぞ」


「え⁉ 佐伯さんもラノベ読むの?」


「ええ、読みますよ。直人くんに借りるのがほとんどですけど」


「まあ完全に俺の影響かもな」


「じゃあさ。佐伯さんの一番好きな作品って何?」


 それから昼休みの間、わたしたちは三人の共通の趣味であるライトノベルの話で盛り上がっていました。

 そうして三人で話すのも楽しかったですが、わたしはせっかくの直人くんと二人きりの時間が減ってしまい、少しだけ残念な気持ちになっていました。

 直人くんに楠陰くんと友達になるように勧めてしまったことをわたしは後悔していました。


 実はわたしって独占欲が強いほうなのかもしれないです。


  * * *

 

 一週間後の夕方。

 わたしは直人くんをデートに誘おうと決めて直人くんの部屋の前に立っていました。


「ゆいです。入っていいですか?」


 わたしは緊張で息をのみながらノックして尋ねると、


「ああ」


 そんな直人くんのいつも通りの声が返ってきました。

 直人くんはわたしがデートしてほしいと言ったらどんな顔をするんでしょう。

 もしかして入学式の時、放課後デートしたいといった時みたいに断られてしまうかもしれません。

 いろいろな悪い想像が頭に浮かんで、わたしの手は小刻みに震えていました。

 やっぱり直人くんをデートに誘うというのは緊張してしまいます。

 それでもわたしは今日踏み出すと決めたのです。

 このままじゃいつまでたっても進展しないのは嫌なんです。


「直人くん、デートしましょう」


 思い切って扉をあけて、わたしは直人くんに緊張を悟られないように目を細めて笑ってみせたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る