俺、奇跡を起こせます。〜それでも普通に学校生活を過ごしていく〜

ゼロヨン

1 奇跡誘発病

 「お前は奇跡を信じるか?」


 茜色の日差しが差し込む夕暮れの教室。窓から見える鮮やかな木の葉が秋を告げている。


 「……」


 俺の質問に答えは返ってこない。ひたすらに、少女は手を止めることなく作業をしている。

 そらからしばらく熱心な彼女を眺め、返事が返ってこないのを確認してから俺も手を動かした。


 慣れない手つきでペンキをベニヤ板に塗っていく。どこか懐かしく少し臭いペンキの匂いはなぜか落ち着く匂いだった。


 「…俺は奇跡が嫌いだよ」


 誰にも聞こえぬよう小さく呟いた。



 ―季節はひと月ほど遡る。


 「また俺、なにかやっちゃいました?」


 なろう系小説の主人公のようなセリフを口に出しているのはこの俺、葛西影人かさい えいと。名前に「影」という文字を入れるとは如何なものかと思うが、俺は案外気に入っていたりする。でも、父さん母さん、俺は名前の通り影のような立派な陰キャになったよ…。


 そして呆れた様子で俺の頬をプリントで叩きつけるこの女性は浦安南うらやす みなみ。29歳独身、10月生まれ、天秤座、血液型はA型だ。


 なに?どうしてそんなに詳しいかだって?

 それはこの先生が見た目だけは可愛いからだ。一年の頃、南先生が担任になったときはすごく喜んだ。もちろん馬鹿な男どもも大いに喜んだ。


 しかしその実、この人はどこかおかしい。大雑把というか適当というか、気分で生きているというか、とにかくちょっと変わっている。独身な所以もそこにあると思う。ていうか痛い痛い、いつまで叩いてんのこの人?


 「なにがなんかやっちゃいましたか、だ。このバ葛西!お前はなろう系小説の主人公かっつーの」


 バ葛西って、悪口が小学生レベルだろ。ていうかこの人なろう系小説とか読んでんのか?

また一つ、この人が結婚できない理由を見つけたな。


 「なにかしちゃいましたかじゃなくてだな、なんもしてないからこうやって呼ばれてんだ。自覚しろ自覚」


 なんだ、呼ばれた理由はそれか。と言われてもな。なにもしてないというのは語弊がある。むしろ俺は大体のことはしているのだ。


 いつだって与えられた課題は最低限こなす。テストだって毎回30位ぐらい。仕事を与えられれば期限までには絶対こなす。真面目なやつだって?

 違う違う。俺は誰にも責められたくないのだ。平穏に過ごすには直線的な暮らしがベスト。それこそ、昔のように騒がしいのは絶対に勘弁だ。


 「自分の胸に手を当てて考えてみたんですが、俺って最低限のことはしていると思うんですよね」


 「そうかそうか、じゃあ今度は私がお前の胸に手を当ててやろう」


 そういってごく自然な動きで机の引き出しから取り出したメリケンサックを装着する南先生。もうおかしいよ…この人。なんでそんなもん引き出しに?


 「ハッハッハ、ソウイエバオレッテナンモシテナイデスヨネ」


 「おお、分かってくれるか。血が流れなくて良かったよ。ただ君は少し、勘違いしているな。私が言いたいのはだな。…ていうかお前なにか隠してないか?」


 「ッ!」


 「ほれほれ図星か葛西」


 隠し事か。隠し事ならしている。それもとびっきりの、国を揺るがすレベルのな。


 「……奇跡誘発病って聞いたことありますか?」


 「は?なんだ中二病的なあれか?」


 だよな。それが普通の反応だ。


 『奇跡誘発病』。それは『口裂け女』とか『人面犬』とかに並ぶぐらいに有名な都市伝説。そう、伝説だ。架空の存在である『奇跡誘発病』、その病に罹った人間は奇跡を起こすことができる。


 夢のようなそして使い方によっては世界すらも変えるそんな力を、俺は持っている。いや、罹ってると言った方が正しいか。


 こんな話、誰かに話したところで誰も信用しない。アニメの見過ぎか、気味の悪いやつだなんて言われるのがいいところ。もし仮に信用されたらされたでめんどくさいことになるのだが…どうしてさっきは本当のことなんて言ってしまったんだろうか。


 「なんでもないっすよ、昨日テレビで見たんです都市伝説特集。それより話の本題はなんですかね?」


 ここは多少強引だが話を変えよう。


 「そうだそうだ本題本題、忘れてたよ。っておかしいな、なんか話をすり替えられてるような…まあいいだろう。とにかく葛西、お前には最低限以外の事をやってもらう。いわゆる面倒ごとだな」


 「面倒ごと…ですか。先生の方から面倒ごとって言っちゃうんですね」


 与えられた仕事ならまだしも、面倒ごとか。普通にやだよ。やりたくねえよ、ていうかもう家に帰って死ぬまで寝て暮らしたい。美味いもん食ってゲームして…なんてな。


 「あからさまに嫌そうな顔だな葛西。そうだ面倒ごとだとも。断言しよう、これから私が君に課すのは必須科目じゃない。やらなくても事は進む、そういうものだ」


 例えば今みたいなめんどくさい状況の時、俺には抜け出す方法がある。そう、奇跡を起こすのだ。そうすれば俺はこの事態から抜け出せる。南先生が急病で倒れるかもしれないし、もしくは先生が大金を手に入れて明日教師を辞めることにだってなるかもしれない。

 でも、そんな事は絶対しない。理由は俺が奇跡が嫌いだからだ。奇跡を起こすと目立つって事もあるが、それ以上に俺は奇跡が憎い。


 中学の頃、名前も知らない勉強の苦手なクラスメイトがテストでいい点をとった。


 『は!? なにお前が80点!奇跡じゃん。ヤバ!』


 これまた名前も知らない誰かがそいつに言ったセリフだ。


 またある時、テレビでどっかの国のアスリートを見た。その人はマラソン大会のラスト10分で大逆転を起こしたらしい。


 『まさに奇跡。奇跡的な大逆転です』


 テレビのナレーションはそう言った。


 なんでもかんでも奇跡のせい。だったら彼、彼女らはなにもしなかったのだろうか。結果の裏に積み上げられた努力の山たちは必要だったのだろうか。


 誰の努力も知らず奇跡のせいにする。そんな風潮も社会も、奇跡も嫌いだ。だから俺はこの力を使うつもりは毛頭ない。そう思うと不遇だな、俺なんかのもとに来たこの力も。


 「で、その面倒ごとってなんです?俺も暇ではないのでできれば早めにしてもらえると」


 わざとらしく時計に目をやってみた。職員室にかけられた円時計は午後5時20分。ぼちぼちいい時間になる。


 「それはだな。葛西、君には人助けをしてもらう!」


 予想だにしていなかった先生からの命令。それも結構あいまいな命令。成績を人質に取られた俺に拒否する権利は無かった。


 夏の終わりの風が吹く季節。高校2年の9月、俺の平穏で無機質な日常は突然の終わりを迎え、校庭の紅葉もみじのように色づき始めた。

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