狂人の定義。

 思わず殺意を向けてしまったけど、いけないいけない、機械の開発者だからと言って実際に運用した人間とは限らない。ダイナマイトを発明したノーベルさんだって、自分の発明で沢山の命が失われた罪悪感で、ノーベル賞を設立したっていうし。


「やれやれ、まったく睨まいでくださいよ、むしろ感謝して欲しいんですけど」

「今更、お前にか?」

「止めてあげたじゃないですか、そのプログラム」


 その点に関しては感謝しか無い、おかげでアイを救出できそうだし、やっぱりいいなん人じゃない? 


「それは、ありがとうございます」

「感謝しなくていいぞ、スノウ」


 一応感謝してみたら、低い声でクガさんに否定されてしまった。一応アイを助けてくれたのだから感謝したいんだけど、なんでだろ?


「どうせ、この施設適当に処理したのコイツだから」

「適当と言われれば…心当たりありますね」


 前言撤回、やっぱダメだ、そもそもこの人の不始末でアイが危険になったのならプラマイゼロだ、なんなら犠牲者が出てる分マイナスだよ。そういえばノーベル賞も死の商人って言われる自分の汚名を返上したくて作ったって説もあったな。


「やはり、後任者を適当に指名した時点でこうなりそうだとは思ってたんですけどね、いやいや、まあどうミスしようが管轄外でしたので」

「で、その管轄外に手を出した理由は?」

「泣きつかれまして、いえいえこの答えは不誠実ですかね、いえいえ、制御できなくなったからどうにかしてくれ、とは言われたのは嘘ではありませんよ?」


 ここまでの話の流れでわかったのは、ここを作ったのはこの人、レムレス。そして何らかの理由でここを後任に任せたけど、この施設が暴走したから助けてくれと泣きつかれたんだって事だ。


「それじゃあ暴走の責任ってレムレスさんにないんじゃ…」

「ッチ…あぁ、そう思うよな」


 クガさんが苛立いらだちながら、かなり小さくだけど舌打ちしたのが通信越しに聞こえる。よっぽどこの人が嫌いなんだ。


「どうせ…いや、これ以上憶測おくそくにしかならんしいいか、それよりもだ…ここを何のために作った?」

「単純ですよ、依頼されたからです」


 依頼されたからできたって凄いんだけど、その実現した結果がこんなものだなんて、いったいどこがそんな依頼を…。


「どこからの依頼だ?」

「調べたらわかりますけど、一応言えない契約ですので」

「…で、どう依頼でこれを作ったんだ?」

「んー、いいでしょう、あなた達との仲ですし」


 少し思案しあんした様子だったけど、言って良いんだソレ。


「単純ですよ、人間って向き不向きがあるようで、やはり兵士として向いてない人間というのはいるようで、戦争に向いてない人員をどうにか戦闘員として使えないかと相談されたんですよ」


 戦争に向いてない人員…自分も少し覚えがある、実際訓練してたのと実践は違った、最初に銃の引き金を実戦で引くのは、正直かなり抵抗があった。それでも撃たなきゃ殺されるって事実と、ドローン相手が多かったから、いつの間にか、なんとかだけど慣れることができた。


「そこで仕様書を提出したんですけどね、まあ依頼者クライアントが理解してなかったんでしょうね、ちょっと見てすべて任せると」


 うん?


「まあ、それで不向きな人間を戦わせるには、まずマインド・コントロールが一番じゃないですか、ただ洗脳はコストが高いし、そんなもの発明しなきゃいけない、じゃあ正当な方法で教育するにも時間がかかる」


 そうだね?


「だったら、機械的に脳をこちらで使ってしまえばいいでしょう?」


 あれ? そうかな?


「だったら、運動神経という問題も一緒に機械の体にしてしまえば解決しますし、なんなら人体のパーツもより効率重視にしたほうがいい」


 なるほど、ってならないんだけど。


「そこで試作機のプレゼン用にここを作ったのはいいですが、お気に召さなかったようで、いえ何やら上層部でも賛否で別れてはいたようですけど」


 なんで賛成意見があるんだ、なんで。


「ま、そんなこんなで面倒になりまして、後任がやれると言ったので任せて私は次の研究に移行したわけです」


 そこまで聞き終わると、クガさんは隠そうともしない大きなため息をつきながら、こっちを見ると「まだか?」と作業の進捗を確認してきた。


「さっきと同じならもうすぐです」

「そうか」


 もう焦る必要はないってわかってはいるけど、心に余裕は実はそんなになくて、一切レーヴァテインを振り下ろす手は緩めてない。


「な、なあ、これはいったい、どういう事なんだ?」


 起きないライボールさんと調査員の人を抱きかかえながら、すっかり忘れていたフライクさんが恐る恐る、誰にでもなく、この場全体に問いかける。


「ワダツミは全員、最初からなにか知ってたのか?」

「いや、俺はなにも…」


 俺は何も知らない、けどクガさんや母と呼んだ比和子さん、それにずっと聞いてるはずなのに沈黙を貫いてるイチゴさんとヤタさんは何か知ってたんだろうか?


「おい、なにか言ったらどうなんだ?」

「機密事項だ」

「それで納得すると思ってるのか!?」

「仔細は、ミッションが終わったらリヒト代表をまじえて説明する」

「ッチ…わかった」


 渋々しぶしぶといった様子だけどフライクさんは同意して押し黙る。それと同時にガキンという音がなり、ロックを切断できた手応えを感じて、そのままレーヴァテインを使ってこじ開ける。


 ドシャと緑色の液体が溢れ出てきて、同時に酸素チューブがついたマスクをつけたアイが倒れかかってくるのを抱きとめる。うん、今度こそ間違いなくアイだ。まだ、気絶、じゃなくてこれは眠らされてるのかな。どっちにしろ意識はないしまだ無事だって確証はないけど、少なくとも変な手術はされてない。


「アイ…良かった…生きてる……」


 それでも生きていてくれる、というだけでありがたい。思いっきり抱きしめると、Archeの出力で生身の体なんか抱き潰してしまいそうで怖いのがもどかしい。


「で、コイツに質問があるやつは?」

「いいですか? なんで助けてくれたんですか?」


 聞いてみたいことはあった。そもそもなんで助ける気になったんだ?


「んー、正直知り合い以外から答える意味はないんですけどね、まあいいでしょう、ヨンゴウのよしみで答えましょう、いえいえ、単純ですよ、気分です」


 気分、なるほど、つまり罪悪感とか正義感という事じゃなかったのか、いやまだっわからない、急にそういう感情がわき出ることって人間にはあるし。


「廃棄コロニーに侵入者がいると報告ありまして、いえいえ、もう引き継いだので興味はなかったのですが、たまたま見知ったモノが見えたので懐かしいなと思い見た次第でして」


 ニッコリとクガさんに微笑むと、一層クガさんの表情が歪む。


「それで、まあ装置を止めたいのかと見えましたので、一応管理権限が残ってたわけですし、じゃあ止めてやろうと、あ、感謝して貰っていいんですよ?」


 事情はわかったけど、それって一応侵入者である自分達を助ける事になるので、後々トラブルにならないのかな?


「あ、こちらの事はお構いなく、全部前任者に押し付けるので、いえいえ、死人に口無しとはよく言ったものですね、便利な言葉です」

「前任者…?」


 そう言えば先程頻繁に声が上がっている前任者はどうしたんだろうか、死人に口無しと言ったから、この暴走事故かなんかで既に亡くなってるみたいだけど。


「先程まで御存命だったのですが、君が今殺したアレですよ」

「俺が・・・?」


自分が殺したもの、それはこの部屋に入ってからは、あの大型の機械ぐらいしかない、だとするとあの3つ脳が入っていた大型は。


「まさか、あの大型?」

「えぇ、自業自得です、まったく、私の研究を理解しようとも思わないので、ならば身をもって体験してもらえば理解できるかと、いえいえコレは蛇足ですね」

やっぱりこの惨事を引き起こしたのは、この人が原因じゃないか…。


「な、狂人だろ」

「いえいえ失礼な、もしかして倫理観の話をまだしているのでしょうか、なげかわしい、科学と人類のためならば多少の倫理観などむしろ唾棄だきすべきものかと、そんなもの障害にしかなり得ないと何度も言ったのに・・・あぁ」


そういう倫理観のない人間を狂人と言うんじゃないかと言いそうになったけど、ここで機嫌を損ねると何をされるかわからない、クガさんは気に入られてるみたいだから悪態をつけるけど、自分が機嫌を損ねたらどうなるかわからない、そんな言いしれない不気味さがレムレスにはある。


「ん、そろそろ頃合いですね、いえいえ、久しぶりに見知った顔とお話できて良かったです、今度は通信の向こうにいる二人とも、それでは失礼して」


笑顔のまま、レムレスからの通信が切れて辺りを静寂が包む。


「比和子、良かったのか?」

「えぇ、えぇえぇ、今はまだ、認知もしてなかったようですし」

「そうか、じゃあ作業再開だ、俺は比和子を助けるてくるから、スノウは残り二人の救出を頼む、やれるな?」

「大丈夫、了解です」

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