第四節・牡牛座

開店休業。

「ほら、もっと腰に力入れな!」

「っ…! 無理だって!」

 エッダの叛逆から数日後、宇宙ステーションに戻った自分達は重力エリアにて傷を癒やしながらでも、出来る範囲で基礎トレーニングをしている。


「なんや、イケルって」

「想像以上に痛いんだって」

 今はアイに足を抑えてもらって腹筋のトレーニングをしようとしたのだが、一回目で脇腹に激痛が走り、身体を持ち上げることができなかった。


「言うてコレでけへんかったら、だいぶ厳しない?」

「…そうなんだよなぁ、でも出来るやつだけやるしか無いか」

「せやな、エアロバイクでもしとこか」


 療養中のトレーニングは、怪我が悪化しないように無理しない範囲でやらないといけない、自分の火傷は見た目は治って来ていたし、日常生活での痛みも減ってきたので試してみたんだけどまだ無理そうだ、アイもギプスが取れるまでは腕のトレーニングはできない。


「おやおや…お二人もトレーニングですね」

「せやでー、比和子は?」

わたくしもエアロバイクをしようとしましたが…ヤタに止められたので渋々ですがダンベルの方に」


「その足でやろうとしたん?」

「…いけるかな、と」

「アカンって」


 比和子の怪我は火傷と捻挫、傷事態はもう完治が近いし、包帯もそろそろ取れる時期まで来ているが、医者でもあるヤタさんに止められていた。


「絶対過保護だと思うのです!」

「どやろ…あんたのトレーニングって結構ハードやん?」

「そうですかね?」

「俺も同意見だよ」


 比和子のトレーニングはかなりハードなものが多い、そのハードトレーニングを退屈な時に一人で、暇を潰しにずっとやっているのは鬼に所属していた時からの習慣だそうで、その方が楽だったので染み付いていると言っていた。


「むう、お二人にまで言われては仕方ありませんね」

 そう言いながら始めるダンベルの重量は自分がやる時より重いので、比和子さんの細身の身体の何処にそんな筋肉があるのかと不思議になってくる。


「お、みんないるね~」

 三人でそれぞれトレーニングしていると、ジムに入ってきたのはイチゴさん。

「お疲れさまです」


 イチゴさんがここに来るのは珍しい事ではなく、宇宙空間では徐々に筋力も減っていくので、トレーニングを続けることが必要になるし、体力だって必要だ、ただ今はトレーニングをしに来たわけではなく、目的は自分達のようだ。


「怪我の具合はどうかな~?」

わたくしはあと二・三日だそうです」

「俺は…痛みが引き次第」

「ウチはまだまだやで」

「なるほど~…」


 怪我の具合を効いたイチゴさんは悩み始める。

「じゃあ厳しいかな~…」

「何かあったんです?」


「ううん、何があったって訳じゃないんだけど、ちょっとした調査依頼が来てて」

「調査依頼?」

「うん、エリダヌス座ってわかる?」

「はい、一応知ってます」


 エリダヌス座、コロニー側所有の技術研究コロニーで、細長い形状をしており、長さだけなら上位に入るぐらいの大きさを持つ。回転機能を持たず、無重力空間での研究を目的として建設されており、23ものブロックに分かれている牡牛座所有の最近突如としてされたコロニーだ。


「エリダヌスの調査? 急にどうしたん?」

「実は結構近くまで今流れてきてるらしくて、調査隊が出るんだって」

「そうなんや、てことはそれの護衛なんや」

「うん」


「…護衛が要るってことはなんかあったんですか?」

「結構な数のドローンが暴走して残ってるらしいの」

「なるほど、ある意味エリダヌスらしいっちゃらしいですけど…」

「あはは、たしかに」

 エリダヌス座はナイル川やポー川、もしくはただの川を由来にした星座だ。


 神話としては大洋の神オケアノスとテテュスの子で伝説の川、川に両親がいるなんて驚きではあるけど神話の世界ではよくあることだ、そんな川に太陽神の子パエトーンが、自分の親が太陽神だと信じてもらおうと太陽の馬車を勝手に使った結果暴走して地上が大火災に見舞われて大惨事になる。


それを見かねたゼウスが雷を投げて撃墜して落ちた川がエリダヌス川…というお話だ、人類側として見ると結構迷惑を被った逸話だと思う。


「調査隊がもうすぐ出るんだけど…これは無理っぽいね」

「ですね…」

「じゃあ今回は見送るって伝えるね」

「はい」


 そんな感じで、オモイカネ非参加となったエリダヌス座の第一次先遣隊は、三日後未明に出発したが、そんな事出来事をすっかり忘れてまた日にちが過ぎていった。




「エリダヌス座覚えてる?」

「一週間前でしたっけ、ありましたねそんな調査隊」

「大変です、調査隊が壊滅したらしいよ」

「なんて?」


 また三人でジムトレーニングをしていた時、同じ用にイチゴさんが入ってきて、調査隊が壊滅したというニュースを受け取る。

「だ~か~ら、壊滅したの、エリダヌス座調査隊が」


「どのぐらいの被害が?」

「調査員10名、護衛5名のチームだったんだけど、護衛四名の死亡、作戦行動中行方不明MIAが一名、調査員4名の死亡に、3人の作戦行動中行方不明MIAで生存者が3名…かなーりヤラれてるね」


「それって…ドローン相手に?」

「うん、無人機相手に壊滅したらしい」

 ドローンは戦場で大量に出てくるし、数の多さに手を焼いたことはあっても苦戦した覚えはあまりない、自分だって最初に出撃した時に数機撃墜することは簡単にできたぐらいだし、自爆型が多かったとしてもそんなに被害が出るとも思えない。


「なんでや、自爆型?」

「ううん、自爆型はいなかったって」

「せやったら…新兵部隊やったとか?」


「ううん、エースは誰も参加しなかったけど皆、中堅以上のパイロットだったって、パンゲアや鬼から参加した人間は居なかったけど、それでも中堅以上の傭兵会社に所属して、腕に自信がある人間で5名全員が同じ会社だったから連携も出来ない訳じゃな無いと思うし…」


「…生存者から報告は聞けたん?」

「だめ、二人は重症で隔離治療中、一人はトラウマのせいでマトモに話せない」

「そんで…どないするん?」

「調査依頼来てるけど…どうする?」


 三人で顔を見合わせる、自分の怪我はほぼ完治状態、比和子も完治してフットトレーニングを開始している、アイだけはまだギプスを付けているが来週取れる予定。


「…急ぎなん?」

「ううん、出発は三日後、今すぐじゃなくていいって」

「行方不明がおんのに?」

「状況的に死亡扱いでいいって」

「ちゅーことは…そーゆーことやな」


 行方不明者を探さなくていい、ということは死亡はほぼ確実にしているが、死体を確認されていないだけ、と判断されていることん居なる。

「なかなかハードやん」

「だよね、正直断ろうか悩んでる」


 確かにこの状況でこのミッションはかなり受けるのを躊躇う、特に情報が断片的なので、何があるかわからないのが怖い。


「情報が断片的なんですけど、どっから情報は?」

「生存した調査員が持ってた記録レポートから、ただコレもあんまり使い物にならないけど…解ってる情報はあるよ」


「どういう情報ですか?」

「まず、壊滅した原因は、新型の無人機、ドローンってさっき言われたけどドローンに分類していかわからないから、自立型機械兵器…ようするにロボット兵」

 ロボット兵は、性能や大きさは各種機関によって様々だけど、研究はされてきていると聞いている、ただ大抵はまだ遠隔操作系だったり、実用化には至ってない。


「大きさは? 刀は通りそうですか?」

「全身鋼鉄製、エネルギー刀が通るかはちょっと…無理そうじゃない?」

 そう言うとイチゴさんはタブレットで画像を見せる、そこには真っ暗なコロニー内に浮かび上がる赤いレンズカメラをもつ、全身金属でコーティングされた長方形にロボットアームが4つ付いているいびつな姿が映っている。


「よし! 辞めましょう!!」

 刀が効かないと聞くやいなや、比和子は即答した。


「早いね!?」

「だって、刀が効かないんですもん、勝てません」

 正直、勝てない相手と見切りをつけて撤退するのは、早いほうが被害も少なくていいので正しい判断である。


「アイさんも居ないんですよ、無理です、無理」

「そだね、じゃあ今回も見送ろう」


 そう決まって第二次調査隊を見送ったのだが不安が残る、今回は中堅と新人を合わせて10名の護衛に調査員が5名らしい、戦力換算とすればエース一人が10人分とみなされるのでエース一人分、まだこの時はこの作戦は舐められていた。


先遣隊が壊滅したのは、油断していたからだろうと。

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