あくまで仮で。

「なので、ルールでは移籍料とか一切要りません!」


 いや確かにその通りだ、むしろ今まで鬼は比和子さんを正式採用していなかったのが不思議でならない、コストを削減する為と言っても父親は正社員だし、そんなに給料に差はなさそうだ、なにか複雑な事情があるのだろうか。


「いやいや、それでもエースの引き抜きって鬼に喧嘩売るようなこと…」

「はて…どうしてでしょうか?」

「あのね、レンタルと引抜きじゃ凄く差があるの、それこそ敵会社として宣戦布告するようなレベルで喧嘩を売っちゃうんだよ」


「実際ウチがエッダに引き抜きかけられてる言うたら、イチゴさんメッチャ怒ってたし、イチゴさん自体があんま好いてへん感じなんよ」

「なるほど…」

 そう聞いた比和子は、かなりがっかりした様子でヤタさんのズボンを掴む。


「…ねぇ、なんでそんなに引き抜かれたいの?」

 それはアイがふと感じた疑問だった、気づけば比和子さん自身が雇ってもらおうと躍起になっている。


「はて…異なことを、見ての通りでしょう!」

 そう大声をあげながら比和子は全体重をヤタさんに預けるように、ヤタさんにもたれ掛かって満足げな笑みを浮かべる。


「ちゃうやろ」

 それをアイは一瞬で切り捨てる様に否定した。

「確かにそれも理由の一つやって言うんはわかるで」


 アイは「よっと…」と言いながらソファーに座るためのベルトを外して、ふわりと浮きながら比和子の方に近づくと、比和子の顎を骨折をしていない左手でクイっと持ち上げながら目を見る。


「あんた、なんか事情あるん隠してるやろ」

 そう言われると比和子は目をそらそうとするけれど、アイによって視線を無理やり戻されれ、アイの真剣な眼差しから逃れられない。

「別に、スパイしようやとかって空気やないんは信じたる、でも他の事情を言われへんねんやったら、イチゴさんは納得しいひんよ」


 長い沈黙が流れた、比和子さんは言うか悩んでるようでじっと動かない。

「話してくれないか」


 ヤタさんが比和子さんをそっと抱きしめる、何故か知らないがヤタさんは昔から比和子さんを知っていて、行為を持っていたようだが、比和子からの本心はまだわからないと思っていた、だけどヤタさんの手を比和子はギュッと握ると意を決して、口を開き始めえる。


「私、あそこで居場所がなかったんです」

「なんでや? 姫とかお譲とか呼ばれてたやん?」

「あれは…艦長とかは親しみをこめてましたけど、それ以外は皮肉で」

「そうなん?」

「はい…大半は嫉妬で」


「あー…まあそれは経験あるからわかるわ」

 アイだってエッダを脱退した理由は上に嫌われたのもあるが、同期の嫉妬だったりが色々重なった結果でもあるので、気持ちはわかるのだろう。


父様とうさまもそれがわかってまして、いつでも抜けれるように働きかけた結果が今のポジション…なのですが、余計バイトの癖に立場が上なのが生意気だという目で向けてくるような輩が多いこと」


「あー、裏目ってもうてるんや」

「いやもう大所帯なんで、ほんの一部ですよ、一部、それに嫉妬はされても嫌がらせはされませんし、いい人もいましたが…如何いかんせん居づらくて」

「嫌いなん? 今のとこ」

「いえいえいえ、むしろ好きです、ただ自分の居場所じゃないのは感じてまして…」


「大所帯故の問題かな~…それって」

 大所帯だと規律が重視される、特にエースは見本となる存在なのにソレが好き勝手するようなスタイルだと示しがつかず、参考にした新人が無茶をしやすくなるデメリットが有る、それを避けるために時義のさんが常に付いていたのだろう。


「でも、なんでわかったの…?」

「あんた、いつもちょっと作ったような口調やろ?」

「バレましたか」

「バレバレや、そんで談話室に入った時メッチャ嬉しそうにしとったから…」

「人の戦艦に入るのは目新しくて好きなだけですよ」


「それに、置いてかれたって聞いた時のリアクションがな…驚いてたんやけどなぁんか、ホッとしたっていうか、結構すんなりやったから」

「はて…そんな意識は…」

「あんた、自分の艦に帰らんですんでホッとしてなかった?」

 比和子は黙って頷いた。


「ハハハ、アイには全てお見通しのようです」

「そんなことあらへんよ…んで、どうなんイチゴさん」


 ここまで本心を引き出した状態でイチゴさんにアイは話をふる。

「…はぁ、わかったよ~…鬼と話ししてくる」

 そういうとイチゴさんはブリッジにクガさんを連れて入っていく。


「ありがとう、アイ」

「いやいや、なーんかエッダんときのウチ見てる気になって」

 ヤタさんの感謝にアイは照れ隠しのように左手を振って、自分の隣に座るともたれ掛かってくる。


「ウチやってあん時スノウに合わへんかったら、まーた気に食わへん傭兵会社で、ぺーぺーの働きしながら不満ばーっか言って暮らしてたと思うんよ」

「アイも移籍組でしたっけ?」

「いんや、ウチは元エッダやで、クビになったんやけどな」


「なんと、実力主義のエッダでクビに?」

「実力見せたらクビになったんやで、お笑いやわ」

 今思えば実力主義を謳いながら、実力を見せて昇進しようとしたものを目障りだからと切り捨てた時には既にエッダの腐敗は進んでいたんだ。


「もうあん頃には腐りきってたんやろなって…」

 アイは遠い目をしながら、ジッと空を見つめた。


「……どうしたん?」

「なんでも」

 少しぼーっとしていたアイを優しく後ろから抱きしめてみる、理由なんてない。


「お二人も付き合ってるんですね」

「せやで」

 アイはニッコリと比和子に笑顔を向けた。




「お待たせ」

 暫くしてイチゴさんが帰ってくる。


「結論から言うと、あくまで仮で比和子ちゃんの入隊を認めます」

「仮ですか?」

「うん、あくまで仮で」

「はて…理由を」


「義理ってやつかな~、実は鬼はやっぱり比和子ちゃんがいつ脱退したいと言っても良いように準備はしてたみたい、これは父親代わりの代表と、比和子ちゃんの父親がずっと前から決めてて、いつでも巣立って欲しいという願いから」


「………なんと」

 父親として、子の独り立ちを望んでいたのだろうか。


「では何故仮なのでしょうか」

「それは一応義理で移籍料払うっていったんだけど、要らないからその代わり比和子を頼むって…言われちゃって…」


「そっからイチゴのやつが払うと言って聞かないのと、鬼が要らないと言うので押し問答になったから、半分払うって事で両者納得して、その代わりに比和子を持て余したり、比和子が帰りたくなったらいつでも帰れるという契約になった」


「あの…それでは前のバイト待遇と変わらないのでは?」

 比和子さんの懸念はそうだろう、結局ここでもバイトなのにと嫉妬されては堪らない、それでは鬼に居た時と何も変わらないのだ。


「ううん、ぶっちゃけこうなったら帰す気はないし、契約上だけで正社員として雇うし、待遇も同じにするよ、違うのはいつでも比和子ちゃんから解約できるだけ」

「ん~…でも仮契約でしょう?」

「仮という名称が良くないな、これ」

 クガさんが話に割って入り、一旦二人の会話を止める。


「こっちの契約書ではスノウやアイの雇用契約書に、比和子がいつでも自分意思で辞めれるのを許可するって一文を入れるだけなんだ」

「…なるほど、理解しました」


「すまんな紛らわしくて…で、どうする?」

「サインさせてください」

 こうして急遽作られた雇用契約書に比和子はサインした。


「ちなみに時給っていくらですか?」

「…そこまでバイトだったの!?」

「はて…アルバイトなのですから当然では?」

「あ~、よし、サインしちゃった後だけどちょっとお話しよっか」

「え? あ、はい」


 そうして二人で話し合いが始まり、自分達と同じ給料体制で合意した。

「なんと…戦場に出てない時もお給料が発生するとは」


 そういう比和子の言葉が印象的で、そもそもArcheのパイロットがアルバイトだったなんて、軍用機のパイロットがアルバイトでやってたようなもので、法律違反ではなかったとは言え、前代未聞だ、しかもそれがエースパイロットだよエース。


「えーっと、お世話になります」


こうして、紆余曲折あったものの、オモイカネに6人目のメンバーが加入した。

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