少女アイ。(2)
翌日、朝起きるとArcheの腕パーツだけ装着したアイと廊下で出くわした。
「おっはよーさん」
「おはよう、本当に入社したんだな…」
「当然やん、もう荷物もだいたい運び終わったで」
「早いね」
「せやねー、これもArcheのおかげやし」
グルグルと赤いパーツのついた腕を振り回す。
「基地内で付けた状態で出歩いていいの?」
「別に大丈夫やで、むしろ作業員は装備してるの多いし、メカニックさんは結構装備して戦艦のメンテしてる人もおるよ」
「なるほど」
そう言えば出る時も帰った時も基地の中を見渡す余裕なんて無かったなと思う。
「赤いパーツなんだ、目立たないの?」
「別に平気やで、どーせ戦場って誰も彼もセンサーつけてるから、カラーリングって誤差にしかならへんやん? やったら好きな色にしたらいいなって」
「黄色と黒のカラーリングじゃないの?」
「いやいや、さすがにそんなテンプレみたいなカラーリングにはしぃひんって」
「それもそっか」
「ちょーーーっとだけ悩んだけど」
「ハハ…」
選択肢にはあったのか。
「にしてもなぁ…」
今度はじーっと、こっちの顔を見つめてくる。
「な、なに?」
「いや、どっかで見覚えあるんやけどさ、この顔」
「おいおい、そういうセリフって男側じゃない?」
「口説いてるんとちゃうわ!」
「ぎゅあっ!」
腰をバンッ! と豪快に平手打ちされ、悲鳴が口から漏れる。
「せやった、怪我人やったっけ」
「まったく、完治が遅れたらどうしてくれるんだよ」
「大丈夫やって、多分」
「多分じゃダメなんだけど」
「全治一週間やろ? あと6日か」
「うん、だいぶもう痛みは引いた気がしてたんだけどね」
おかげさまで痛みの感覚を思い出せたよ、感謝のついでにツネっていいかな、とはさすがに言えないし余計ひどい目に会いそうなのでグッと堪える。
「で…明日出航でいいんやっけ?」
「うん、スマホ見たら正式に明日、朝8時丁度の予定だって」
「んじゃあ今日一日暇やねんな?」
「予定はないけど…」
「じゃあちょっと手伝って、荷運び」
「ソレぐらいならいいよ…って俺のArche動かせるのかな?」
「あー…、ちょっと聞いてみなわからんね」
このまま立ち話もなんなので、談話室に二人で移動する、談話室にはクガさんが相変わらず量が多い食事をとっていいるところだ。
「おはようございます」
「おはようさま」
「ん、おはよ、仲いいな二人で」
「あははー、ナンパされたもんで」
「むしろされたのはコッチなんですけど」
「どっちでもいい、飯だろ?」
「はい、アイは?」
「うちはもう食べたから、飲みもんだけもろとこうかな」
それぞれ必要なものを用意して食べる。
今日の朝ごはんはパンに、屋台で買ったビール酵母ジャムとやらだ。
「スノウ、それって」
アイが非常に心配そうな顔をし始めた、いったいどうしたんだろう?
「ん? …んん? ………んんん!?!?」
パンを口に放り込んだ後、異変に気づく、しょっぱいしイワシの様な匂いがする、というかなんか後味が苦い! でも癖が強いって範囲で結構食べれなくないな。
「どうやった…?」
「癖が強いけど思ったより食べれる、てか知ってたの?」
「まあ、ちょっと有名やったから、一口いい?」
「いいよ」
黒いジャムを付けた食パンを口分ちぎって渡されたアイが、恐る恐るそれを口に運ぶ、そして一瞬クビを傾げた後、一気に朝のコーヒーを一気飲みする。
「あかん! これ、うちにはアカンわ!」
ゼーハーと息を吐きながら牛乳のパックを冷蔵庫取り出して一気飲みをしている、アイにはダメだったようだ。
「………楽しそうだな」
その様子をクガさんは呆れ顔で見ていた。
「楽しいですね、なんか」
「良いことだよ」
少し笑いながらクガさんは食事を続ける。
「それで…少し質問が、僕のArcheってどうなりましたか?」
「あぁ、背中だけちょっと破損があるな、ほかは問題ない」
「すみません…」
「いや、ソレが仕事だし問題ない、どっちかと言うと艦の方がダメージがでかかったな」
クガさんが少し、目を細める
「戦艦のですか?」
「あぁ、右舷のカタパルトに微小な凹みが見られた、今日はその修理を依頼してあるよ」
「あー、それで明日出発なんや」
「そういうこと」
舌をべーって出したままのアイが戻ってくる、まだ苦い顔をしてるな。
「あぁ、気に病むなよ? コレぐらいなら支障にもならんし休みが増えていい」
「やって、ドンマイ」
「ありがとうございます」
「てことで、今日一日スノウ借りていいですか?」
「あぁ、搬入か、女の子一人で大変だし手伝ってやれ、格納庫は…開けておくがドックとかの設定は後でやるから何も触るなよ?」
「了解です」
「了解」
「そうだ、僕も腕だけArche着けていきたいんですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、グローブは汎用のがあるから使っていい」
「ありがとうございます」
会話の間にクガさんは食事を終えたようで、ブリッジの方に向かっていった。
食事を終えて二人で格納庫に入る、ロックは解除してくれていたからすんなり入れる、入り口のスグ横にグローブを見つけて装着して、ドックに入るって腕だけロボットアームに装着させて貰い準備完了、ちなみに俺のは月面でも片腕6kgとちょっとあり、かなり重く感じる。
「ん…これずっと着けたまんま動いてたの?」
「いやいやいや、乙女の細腕でそんなんできるわけないやん」
手首を激してく振って真顔で否定される
「じゃあどうやって」
「こうやって」
腕に付いてるパーツを動かして、近くにあったインパクトレンチで装甲を取り外す。
「これで一気に軽くなるやろ? Archeの腕パーツって殆ど装甲の重さやねん」
確かに、一気に半分以上の軽さになった。
「もう片方もしたるから腕出して」
慣れた手付きでアイはもう片方も取り外す。
「んで、まだちょっと重いから
コレは知らなかった、一気に重量が軽くなって殆ど違和感を感じない。
「すげぇ…」
「メカニックとか、外部作業手伝わんと知らん人結構多いんよね」
インパクトを元の位置に戻して、アイは手をパンパンと払う。
「ほな、レンタル倉庫に来てもらおっか」
「あぁ」
レンタル倉庫は少し遠い位置にあったので小さな3輪タイプの移動車で向かう、後部には縦長のカゴが付いている。
「この自動車もレンタルですか?」
「ううん、これはクガさんが貸してくれた」
「へぇ…」
うちにこんな備品もあったのか。
「うし、着いたで」
そこはいくつかのワンルームサイズのコンテナが並んでいるブロックだ、アイは車から降りると、タッチパネルで自分の荷物の番号を呼び出すと、コンテナ達が移動し始めて、近くに目当てのコンテが降りてくる、それを鍵で開ければ中には白いレンタルスペースがお目見えした。
「この中身全部持っていくで」
コンテナの中には壁に縛りつけられた腕以外のArcheと、宇宙服の入った収納ボックス、それにダンボールが6つぐらい
。
「入り切るかな?」
「気合やって気合、一応これでも先に半分ぐらいもう運んだんやけどね」
「多いですね…」
「これでも、色々必要なお年頃やから」
苦笑いしながらアイはArcheを縛っているバンドを取り外していく。
「んじゃ、スノウはカゴまで持ってきて、うちは詰め込むわ」
「了解」
そこからは手分けして、作業を進めていく。
「あかん、入り切らへん」
困ったのは最後の一つのダンボールになってからだ、どう考えても入れるスペースがない。
「うーん、ダンボール一個の為に往復するのも流石に無駄やしなぁ」
往復で20分はかかるので、あまり長いわけでもないけど、往復するには面倒に感じる時間が必要だ。
「どうする? 手持ちで運ぶ?」
「よし、ソレしか無いか、ウチは運転するし横で抱えといて」
「だな…しょうがない」
仕方なくお腹に抱えた状態で移動車に乗り込み出発する、方向は船とは別方向だ。
「あれ、方向違うけど、迷った?」
「んなわけあるかい、ちょっと寄るところがあるんよ」
そうして向かった場所は事務所、そっか倉庫のレンタキーを返却したかったのか。
「一応早めに返しといたほうが忘れた時料金取られへんで済むし」
アイがカードで支払いを済ませ、サインをする。
「小さいスペースでも結構日割りの料金バカにならんねん」
領収書を貰いつつ苦笑いしながら財布にしまい、再び移動者に帰ってくる。
今度は基地の端っこに向かう。
「今度はどこへ?」
「ここ、ちょっと見ていかへん? って思って」
そこはドームの端っこでこの周辺だけ、壁は特殊防壁タイルではなく、強化ガラスになっている。
「ほら、あれが有名な旗」
そこには、月で一番有名な国旗が刺さっていた。
月面開発の第一歩になり、目印にされた、一本のナイロン製の旗。
どこでも買える素材でできて、早々と白くなり崩れるだろうと言われていたにも関わらず、未だ色褪せる事も、朽ちることなく直立し続けている。
「まだ、本当に残ってるんですね…」
「あれ二代目やで、最初の一本は壊れとって、しゃあないから改めて耐久素材で同じ場所に刺したんやって」
………ロマンを返せ。
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