この嘘ばかりの宇宙で

まばたき(またたき)

第一章

第一節・新米

最初の日。(1)

 ―自分は列車に揺られていた。


 外から見える景色は海と水平線、軌道エレベーターとその周辺を囲む海洋都市に、海上列車に乗って向かっている。


 軌道エレベーターは地球が宇宙開拓をする時各国の資金を元に、太平洋や大西洋等、世界中の5箇所に軌道エレベーターを設置し、できるだけ一国だけの影響下に置かれないように中立になるような場所、どこかの国の保有する大地ではない場所を選んで建てられた。


 そんな場所をビジネスマン達はそんな大規模産業を放置するわけもなく、自然と大都市が出来上がっていった。自治は出資した国々の軍隊が協定とやらを守って警備しているので治安自体は悪くない。


 ただ今回はそんな大都市には目もくれず出発手続きをする。


「観光ですか?ビジネスですか?」

「ビジネスです」


 そう言いつつパスポートを渡し、持ち出すコンテナのサインをする、

 手持ちじゃない荷物はあのコンテナに入れてある、持てる重さじゃないし。


「よい旅を」


 審査官から許可を貰って検疫を通る、思ったより簡単に、かつ迅速に進んでいく。


「思ったより簡単でしょ? 出る時のほうが大変なんだけどね」

 苦笑いしながら背の低い赤毛の女性が話しかけてくる。

「えっと、イチゴさんですか?」

「うん、っと、エレベータがもう来てるから続きは中でね?」

「えっ!? 予定時刻ってまだじゃ」

「あー、うん、早く来たっぽいから開いてるのに切り替えちゃった」

 促されるままに駆け足で軌道エレベーターに乗り込む。

「あはは、ごめんね~、急がしちゃって」

「いえ…でもよく空いてましたね」

「そりゃあねえ…今はもうガラガラになっちゃったし」

「そう…でしたね」


 戦争が起きた、戦争が起きて観光客は軌道エレベーターで宇宙に行くことはなくなって、かつては十基全てが常に予約で埋まっている状態だったエレベーターも、空室だらけになった。


 エレベーター自体は快適だ、前面はガラス張りで外の風景が一望できる、今は水平線しか見えないけど、…まあ、そのうち大陸が見渡せるようになって、夜になったら西海岸の夜景が広がることだろう。


 風景だけじゃなく、中のテラスは休憩室になってて広くてゆったりとした構成で、大型のテレビに飲み物や有料で軽食のサービスもあるし、仮眠室とシャワーもあるから寝ることもできる。


「ふー、これで一息つけるね、あっなんか飲む? 紅茶でいい?」

「はい、お願いします」

「あんまり敬語じゃなくていいよ?」

「いえ、そういうわけにも」

「うーん、しょうがないか」

 ため息をつきながらイチゴさんがケトルでお湯を沸かして注いでくれる。

「早めに飲んじゃってね、二時間もしたら溢れちゃうから」

「結構長いですよね」

「まーねー、軌道エレベータって宇宙に出て、はいOK! …ってわけにもいかないから」


 軌道エレベーターの目的地の静止軌道までは地上から35,786km、10分かけて時速1491kmまで加速して、二時間経つ間に無重力になっていき、到着するまでの所要時間は大体24時間と結構長い、それでも一番安定する移動手段なんだけど。


「お茶飲んで、疲れてたら気にせず寝ていいからね、お腹すいたら自由に食べていいし」

「ありがとうございます」

「ごめんね~、入団初日から慌ただしくて」

「いえ、なにかあったんでしょうか?」

「うん、ちょっとが想定よりも早く動きそうなの」

 そう言うとイチゴさんは、苦いコーヒーを口にしてため息をする。

「ん、ごめんごめん先に挨拶しといたほうがいいよね」

 コーヒーを両手で支えながら、アハハとイチゴさんが苦笑い。


「どうも、初めまして、君の上司になるイチゴです、でもあるから、艦に乗ったら指示には従ってね」

「はい、わかりました」

「うん、お願いね?」

 優しく微笑みながら次は君の番だよ、と言いたげに見つめてくる。

「スノウです、免許とったばかりですが、これからよろしくお願いします」

「よろしくね」


 にっこりとイチゴさんは笑った後、「んじゃあ…」と顎を右手に乗せる。


「とりあえず現状を最初から説明したほうがいいかな?」

「はい、お願いします」


 ―――今、宇宙では二年前から戦争が続いている。

 20年前に科学進歩の躍進から始まった宇宙開発、人類は小惑星や月、12の大型スペースコロニーをはじめとするコロニー郡、そして火星。


 全て順調に行ってたんだけど、スグに対立し始めて戦争が勃発し、今に至る。


 今までと違って盛んなのは傭兵産業、民間軍事会社が主戦力化している事だ、まだまだ地球の国家間同士は到底仲がよくなくて、意志が統一しにくいこと、それに加えて戦場が余りにも多方面な事が理由らしく、傭兵を高額で各国が雇い始めた結果、市場は爆発的な急成長を遂げ、大小様々な民間軍事会社(PMC)が沢山生まれる事になった、自分が今日入団したのもその会社の一つだ。


「それで、今は冬だから一番近い山羊座と小競り合いをしてたんだけど、獅子座側に変な動きがあるって急に連絡が入っちゃって」

「変な動き?」

「まだ詳しくは不明らしいよ、陣営の動き方が怪しいって月から連絡があったの」

「それだけですか?」

「うん、それだけ、でもやっぱ稼ぐなら初動が大事だしいち早く準備しときたいからね、特に私達みたいな少数部隊は」


 ゆっくりとイチゴさんは伸びをしながら立ち上がる。

「と、言うことでもうちょっと込み入った調整とかはウチの戦艦に入ってからで、着くまでゆっくりしててね」

「はい」


 イチゴさんはそう言うとシャワー室に向かっていく。

「正直これも目当てだったんだ」

「そうなんですか?」

「うん、だって重力下であっついシャワー浴びるのなんて久しぶりだよ?」


 宇宙空間だと無重力なので普通のシャワーがないのでそうだろう。


「てことでのっぞくっなよ~?」


 ありきたりなセリフと共に、イチゴさんはシャワー室に入っていく。


 さて、一人きりになったし、どうしようかな?


 さすがに暇だからと言って、本当にシャワーを覗きに行くは起きないし、こんな事でクビになりたくない、何故かイチゴさんにそういう気を起こす気にもならなかった。


 そう言えばコンテナの荷物。


 エレベーター内の端末にアクセスして所在を確認する。

「えっと、配送状況は…」

 幸いにも自分よりも後ではあるけれど、コンテナ用のエレベーターに載せられて運ばれている、速度は今乗ってるコンテナよりずっと早くて、自分よりも早く宇宙に辿り着きそうで安心する。


 中には生活必需品とが入っている、ソレがなければ宇宙に行く意味がないし傭兵だってできない、現在の主流兵装でそのオーダーメイドパーツを載せてある。


 普通に買ったらそりゃもう目が飛び出るぐらい高額だったんだろうけど、会社と、国の補助金でギリギリ買える値段になった。


 地上では重すぎて殆ど試着はできなかったから、早く着てみたい気持ちが強い。

「後23時間か…」

 元々長いけれど待ってるには更に長く感じられる時間、どうやって暇を潰そう、映画でも見るか?

 備え付けの映像再生機器で映画を探してみる。

『2010年府中の足袋』

 …なかなか映画として怪しい匂いがしそうなタイトルが出てきた。


 よし、コレを見よう。


 そして数時間


 府中の足袋は思ったより面白かった。



 ソレ以外にもいくつか映画を見て、時間を潰してから寝ようと思い始めた時、男性が一人仮眠室から出てきた。


 ―――イチゴさんの他にもう一人乗ってたのか。


「ん、おはよう」

 その男性は20代前半だろうか、寝起きのボサボサの黒髪を掻きながら保存庫からパンを取り出してトースターに放り込む。

 慣れた手付きでそのままケトルを見ながら。

「しまったな、重力下の食事を食べそこねた」と残念そうに呟いた。


 8時間ほど既に経っており、大気圏外には既に出ている。

 外は真っ黒な中で、都市部であろう場所に人の営みの明かりが浮かび上がっている。


 高速で動いているけどエレベーターは等速なので重力は感じられない。


 ふわふわと移動しながらその男性はテーブルにつく。

「お疲れ様、新入り」

「お疲れ様です」

 男はパックに入った紅茶をストローで飲み始める。

「やっぱ香りがないと微妙だな」

 男性は苦笑いしつつ、トーストを頬張る、これも宇宙空間用のもので、パン粉が齧っても飛び散らないものだ。


「で、新入り、名前は?」

「スノウです」

「そっか、おれはクガ、役職は整備士とプラスアルファ沢山」

「お世話になります」

「武器とかほしい備品とかは俺にな、工面するから、特にパーツとか武器は遠慮なく言うだけ言ってみろ、足りなくて死なれても困るからな、言わないのが一番ダメだ」

「はい」

「予算が降りるかどうかは別だけどな」

「はは…」


 チン!


 レンジの音が聞こえると、温めていた食品をクガさんは取り出してきた、寝起きっぽいのに結構な量だ。


 加水食品のスクランブルエッグに、ホットケーキとソーセージ、それとサラダ、どれも二人前ぐらいの量に見える、最初は自分の分も作ってきたのかと思ったけれど、どうやらクガさん一人で食べきるつもりらしい。


「ん? 食うか? 持ち込みだしまだ在庫あるぞ」

「いや、えっと多いなって」

「あー、まあ徹夜明けだとこんな感じだよ」


 そう言いながらクガさんは箸を止めずに食べ続けている。


「そう言えばオーダメイドなんだっけ?」

「はい、そうです」

「採寸しといていいか? 一応」

「えっと、記録データありますよ」

「うい、貰っとくわ」

 クガさんは飯を食べながら、片手間でデータをうけとって保存している。


「そういや寝ないでいいのか?」

「そろそろ寝ようかと」

「到着時刻までに起きてこられるようにな」

「はい」

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