第348話 親友

『はうううう……ルフランじゃないのです。ここじゃ最高のアイスが食べられないのです……』


 賀茂との戦いを終えた次の土曜日の午後、俺は駅前のファミレスに来ていた。

 んで、目の前の[シン]が席に着くなり文句を垂れ流してやがる……。


「ワガママ言うな。というか、ファミレスにも一応アイスはあるぞ」

『はう! ホントなのですか!』


 はは、チョロイ、チョロ過ぎる。

 ということで俺はメニューを広げ、[シン]に見せてやると。


『んふふー、三種類もあるのです! これは、[シン]に全部制覇しろという運命デスティニーを感じるのです!』

「そんな運命ねーよ」


 まあ、ゴキゲンになったようで良かったけど。


「それよりアイツ、遅いなあ……」


 俺はスマホの時計を見ながら、そう呟く。

 といっても、まだ待ち合わせ時間から五分程度しか過ぎてはいないんだけど。


 どうやらサクヤさんとサンドラが待ち合わせの一時間以上前に来ることに慣れすぎて、感覚が麻痺まひしてるのかもしれない。


 すると。


「お、きたきた」


 入口を見ると、店に入ってきた中条の姿があった。

 というのも、珍しく今日は中条に誘われてこのファミレスに来ていたのだ。


「ウーン……だけど、一体何の用事なんだろうな? 誘ってきた時、一緒に遊びに行くって雰囲気でもなかったし……」


 俺は腕組みをしながら首をひねる。

 でも、昨日声を掛けてきた時の中条の表情は、いつになく真剣なものだった。


「クク……待たせたな」

「いや、俺達もついさっき来たところだ」


 中条は俺の向かいに座ってテーブルの呼出ボタンを押すと、店員のお姉さんがすぐにやって来た。


「いらっしゃいませー、ご注文はお決まりでしょうか?」

「クク、ドリンクバー……『はう! はう! それとアイスを三種類全部所望するのです!』」


 中条の注文に割り込み、[シン]が勢いよく手を挙げてアイスを注文した。


「クク……そういうことで、ドリンクバー二つとアイス三種類だ」

「かしこまりましたー!」


 注文を取り終えた店員のお姉さんが、ぱたぱたと戻っていく。

 なんだろう……動きがよちよちしていて可愛い。


「さて……では行こうぞ!」

「へ……?」


 スック、と立ち上がった中条に呼びかけられ、俺は思わずキョトンとしてしまった。


「どうした? 貴様はドリンクを取りに行かないのか?」

「ああー……」


 そういや、ドリンクバーを注文したんだった。

 学園に入学してからは、いつもルフランだっただけに、すっかりこのシステムを忘れてたなあ……。


 ということで、俺達はドリンクバーで好きなものをコップに注いで席に戻った、んだけど……。


「……中条。お前の飲み物、一体何だ?」

「クク……これは、我がコーヒーとコーラ、それにティーパックで香りづけをしたスペシャルドリンクだ」

「マジでか」


 うん……絶対に不味いっていうことは分かるんだけど、それでも、チョットどんな味がするのか気になるのは仕方ないよな。


「ま、まあいいや……それで、今日俺を誘った理由は何だ? しかも、ご丁寧に『みんなは呼ぶな』と釘を刺して」

「クク……そんなもの、貴様も分かっているだろう?」


 そう言って中条はくつくつと笑うが、正直ピンとこない。

 ええー……何かあったっけ?


「む、本当に忘れてしまっているのか? 賀茂と戦った時、我が言ったではないか。『貴様に聞きたいことは山ほどある』、と」

「あ……」


 そういやあの時の俺と賀茂との会話、その場にいたコイツは聞いていたんだった。

 あの、『攻略サイト』というワードを。


「望月ヨーヘイ……説明してくれ。あの時、賀茂カズマが言っていた『攻略サイト』とは何なのか。そして、それを貴様も何故知っているのかを」

「…………………………」


 どうする……?

 正直、『攻略サイト』のことを中条に知られてしまったことは失敗だった。

 アレには、来年のクリスマスまでの全てのことが記されている。


 そんなものを仮にもイベントボスである中条が読んで、『ユグドラシル計画』どころか、この『ガイスト×レブナント』の世界の全てを知ってしまったら……。


 …………………………いや、違うな。


 コイツは……“中条シド”という男は、もうイベントボスなんかじゃない。

 俺と戦い、一緒にサクヤさんを守るために戦うと自分を犠牲にしてまで駆けつけてくれた、俺の大切な友達ダチだ。


 だったら。


「……中条。これから話すこと、絶対に秘密にすることができるか? 俺達を絶対に裏切らないと、誓えるか?」


 俺は中条を見据え、低い声でそう尋ねる。


「クク……愚問だ。我は、貴様と戦い敗れた時から……貴様がたった一人の女性のために敵であった我に頭を下げた時から、我は貴様にくみすると決めた。貴様という男に惚れこんだのだ。だから、そんなことは絶対にあり得ぬ」

「中条……」


 はは、なんだよ……中条のくせに、そんな台詞セリフ吐きやがって……。


「分かった。じゃあ、お前に全てを話す」


 俺は覚悟を決めてスマホを取り出し、『攻略サイト』のページを開くと。


「……読んでみろ」

「うむ……何々、『“ガイスト×レブナント”攻略まとめ』…………………………っ!?」


 俺からスマホを受け取って画面をスワイプしていた中条の表情が、一瞬で固まる。

 それもそうだろう。

 だって、そこには全て・・が記されているんだから。


「……望月ヨーヘイ。ここに記されていることは、全て真実・・なのか?」


 中条の問いかけに、俺は無言で頷く。


「そうか……」


 ポツリ、と呟いた中条は、俺にスマホを返した。


「……これで色々と得心した。貴様はこの『攻略サイト』で全てを知り、行動していたのだな? そして、それはあの賀茂カズマも」

「ああ……」


 はは……こりゃ、一発くらいブン殴られるかもな。

 だって、中条達の企みを先回りして潰した上に、コイツにとって知られたくない過去も、全部俺に筒抜けだったわけだから。


 だけど。


「……クク」

「……中条?」


 くつくつと笑う中条に、思わず声を掛ける。

 さ、さすがに刺激が強すぎたか……?


「ククク……ハハハハハハハハ! 全く、貴様という奴は!」

「っ!? お、おい!?」


 すると中条の奴は、ファミレスの店内だというのに、大声で笑い出した!?

 い、いや、その反応にも驚きだけど、もうちょっと周りを気にしろよ!?


「クク……スマンスマン。だが、貴様はつくづく……つくづく面白い! このようなものがあれば、賀茂カズマのように欲望のままに思い通りできただろうに、貴様のやっていることは藤堂殿を救うこととは! そればかりか、明らかに敵である我の全てを知った上で、ここまで信頼を見せるなどと!」

「は、はは……」


 中条に改めて指摘され、俺は苦笑するしかない。

 だって、確かに中条の言う通り、普通に考えたら馬鹿な真似してるよなあ……。


「クク……だが、そんな我をも必要と……友と呼ぶ貴様に、我はただ感謝するしかない。そしてこの『攻略サイト』を持つ者が、貴様で本当に良かった……」

「……いや、もっと要領がよかったり、頭のいい奴だったら、上手く立ち回れるんだろうけどな……」

「クク……何を言う。貴様がそのような男だったならば、我が心を許したりなどするものか。だから望月ヨーヘイ……貴様は胸を張れ。貴様は、それだけの男なのだと」

「中条……」


 全く……『攻略サイト』が真実だって頷いたってのに中条の奴、早速『攻略サイト』の内容とかけ離れた態度を見せやがって……。


「クク……任せろ。これから先、藤堂殿がこのような結末を迎えぬよう、我も全力で貴様を手助けする。だから……我を頼れ! 友よ!」


 そう言って、中条がス、と右手を差し出す。


「はは……ああ、頼りにしてるぞ! 親友!」


 俺は中条の右手を強く握り返すと、俺達は強く頷き合った。

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