幕間

第346話 あと一週間

■藤堂サクヤ視点


「……ふむ、そういうことか……」


 賀茂カズマの一連の事件が解決した三日後。


 お父様の研究室でいつものように管に繋がれて“ウルズの泥水”の供給を受ける中、私はその時のことについてお父様に説明をしていた。


「はい……賀茂カズマの精霊ガイストは確かに幽鬼レブナントに変質し、その後、私達に倒されたことで幽子とマテリアルとなって消失。完全に、賀茂カズマとのリンクが切れておりました」


 そう……この現象は、本来であればあり得ないこと。

 そもそも精霊ガイストというものは、精霊ガイスト使いの内面……精神に作用して生まれる存在というのが通説だ。


 なのに賀茂カズマの精霊ガイストは、精霊ガイスト使いと完全に切り離される形で、私達と相対した。

 その存在を、幽鬼レブナントに変えて。


 それだけじゃない。

 あの精霊ガイスト……いや、幽鬼レブナントは、自らの意思を持ち、確固たる個人としての想いで賀茂カズマに使役されていた節がある。


 そして……私は、そんな精霊ガイストを他にも知っている。


 ヨーヘイくんが最も大切にしている精霊ガイスト……[神行太保]を。


「ふむ……賀茂カズマに関しては、引き続き“GSMOグスモ”による取り調べを続け、少しでも情報を引き出すこととして……もう一つ気になっているのは、例の“柱”の件だ」

「“柱”……ですか?」


 お父様の言葉に、私は思わず聞き返す。

 賀茂カズマとその幽鬼レブナントは確かに異常ではあったが、“柱”に関してはこれまでと変わったところはない。


 いつものように精霊ガイスト使いが闇堕ちすれば、その瞳を漆黒に変えて九つの柱の一柱が現れるだけ。

 今回だって、それは同じだったのだが……。


「ああいや、普通は“柱”が出現し、それをサクヤ達が倒すことで闇堕ちした精霊ガイスト使いは元に戻る・・・・という話だったのでな。なのに、賀茂カズマに関しては未だに闇堕ちしたままだ・・・・・・・・

「ああ……」


 そういえば、あの男についてはそうだったな。

 だが、そのことに関してはヨーヘイくんが教えてくれた仮説が正しいと考えている。


 賀茂カズマ以外の闇堕ちした四人……プラーミャ、立花くん、氷室くん、土御門くんは、“柱”の討伐に加えてそれぞれの心の闇の部分が晴れたことで、元に戻ったのだ。


 一方、賀茂カズマの心の闇は、単に“柱”を倒すというだけで晴れることは決してない。

 何故なら、賀茂カズマの心の闇……それは、際限のない欲求が根底にあるのだから。


「まあ……賀茂カズマの分析に関しては高坂くんにさせることにしたから、すぐに結果が分かるだろう。何といっても彼は、“ツクヨ”の優秀な一番弟子・・・・だしな」

「…………………………」


 高坂さんがお母様の一番弟子ということで、お父様は全幅の信頼を置いているようだが、私はあの男を一切信頼していない。


 あの、私を寝踏みするような眼差まなざし……まるでお母様と私を、比較でもしているかのように。


 すると。


「所長、取り急ぎ賀茂カズマの検査結果のデータですが……」


 噂をしていた高坂さんがやって来て、お父様に書類を手渡す。

 そして彼の、あのまとわりつくような視線に、私は心の中で舌打ちをした。


「っ!? こ、これは……!」

「はい……彼の中に、考えられないほどの“ウルズの泥水”が内包されています。その量、おそらく“柱”一体に匹敵するかと」

「っ!?」


 高坂さんの言葉を聞き、私も思わず息を飲む。

 あの賀茂カズマの中に“ウルズの泥水”が!? それも“柱”と同等だと!?


「ううむ……これは、何としてでも解明を急がねば、な……」

「はい。そのことで、実は所長に折り入って提案があるのですが……」

「む? なんだね……」


 どうやら私に聞かれてはまずい話なのか、高坂さんはお父様にそっと耳打ちをした。


「……高坂くん、本気かね……?」

「はい。それに、もう壊れて・・・しまっている・・・・・・ようでもありますから」


 そう告げた高坂さんの瞳が、一瞬妖しく光ったように見えた。


「……分かった。元々、この件については君に任せたのだからな」

「! はい! 必ずや成果を出し、そして……悲願・・を!」


 何かを決心するかのような表情を見せたお父様がゆっくりと頷くと、高坂さんは顔を紅潮させ、満面の笑みを浮かべる。


 そんな彼の姿に、私は何とも言えない不安を覚えた。


 ◇


『あはは、それでですね……』


 研究所から帰ってきた私は、少しでも不安を払拭しようと、すぐに彼……ヨーヘイくんに電話を掛け、雑談をしていた。


 ああ……彼の声を聞くと、さっきまでの不安が嘘のように消え、本当に心から安らげる……。


『? サクヤさん?』

「え? あ、ああ、すまない……ふふ、ついヨーヘイくんの声を聞き入ってしまっていたようだ」

『あああああ!? そ、そういうこと急に言うの、やめてくださいよ!?』


 ふふ、ヨーヘイくんが恥ずかしそうに慌てている。

 いつもは彼に焦らされることばかりだから、お返しができてちょっと嬉しい。


「ふふ、すまないな」

『ハア……サクヤさんは……あ、そうそう、来週のクリスマスのことなんですけど、本当に俺達も準備の手伝いに行かなくて大丈夫なんですか? さすがに、サクヤさんとカナエさんの二人だと大変だと思うんですけど……』

「ああ、心配ない。むしろカナエさんが張り切っていて、私も手を出させてもらえないくらいなんだ」


 ヨーヘイくんにそう告げたが……ほんの少しだけ嘘を吐いた。

 正確には、『邪魔になるからお嬢様は絶対に手を出さないでください』と、カナエさんに釘を刺されてしまったのだ。


 わ、私だってヨーヘイくんに『美味しい』って言ってもらうために、一生懸命クリスマスに向けた料理の勉強をしていたというのに、試作品を一口食べた瞬間、『あなたは望月様を異世界転生させる気ですか?』と、真剣な表情で言われてしまった……。


『そ、それならいいんですけど……』

「う、うむ……っと、もうこんな時間だな」


 私は時計の針をチラリ、と見ると、既に深夜十一時を指していた。

 相変わらず、ヨーヘイくんと話をしていると時間が経つのが早いな……。


『じゃあ、そろそろ切りますね』

「あ、ああ……その、おやすみなさい……」

『はい。おやすみなさい、サクヤさん』


 通話終了のボタンをタップし、スマホを机の上に置く。


「ふふ……さて、じゃあ続きをするとしようか!」


 私はフンス、と気合いを入れると、机の脇に置いてあるとうのカゴから、毛糸の玉と編み棒を取り出す。


「クリスマスまであと一週間……それまでに、なんとかして完成させないとな」


 私はヨーヘイくんの喜ぶ姿を思い浮かべながら、今日もプレゼント用のマフラーを編んだ。

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