第343話 報われない

『はううううううううううううッッッ!』


 身体を崩壊させながら床に落ちる[伊邪那美命いざなみのみこと]のその後ろで、俺の世界一の、たった一人の大切な相棒・・が、両の拳を高々と突き上げて咆哮ほうこうした。


「はは……バ、バカヤロウ……ッ!」


 その姿を見た俺は、たまらず駆け出すと。


『はうっ!?』

「コノヤロウ! 心配させやがって! 心配……させ、やがって……っ!」


 [シン]のその小さな身体を目一杯強く抱きしめた。

 本当はもっと、労いの言葉だったり賞賛の言葉をかけるべきなのに、俺の口から出たのはそんな言葉だった。


『はう……[シン]が傷ついたらマスターも傷ついちゃうのに、そんな真似するわけないのです……だけど、やっぱりマスターなのです……[シン]のたった一人の、大大大好きなマスターなのです……』


 そう言うと、[シン]も俺を抱きしめ返す。

 絶対に離すまいとするかのように、強く……強く……。


「ふふ……見事だったぞ、[シン]」

『(コクリ!)』


 するとサクヤさんと[関聖帝君]が俺達の傍にやってきて、肩をポン、と叩いて労いの言葉をかけてくれた。


「フフ! さすがは[シン]ですわネ!」

「フン! ……マア、よくやったワ」


 続いてサンドラとプラーミャがやって来て俺達の背中をバシン、と叩く。

 というかサンドラはともかくプラーミャ、お前はもうちょっと手加減しろよ!?


「……みなさん、あれを」


 カズラさんも傍に来たかと思うと、俺のすぐ後ろを指差す。

 そこには……身体がボロボロに崩れ落ちていく、[伊邪那美命いざなみのみこと]の姿があった。


『アアアアア! チクショウ! ナンデ……ナンデ、最強最悪デアルハズノ[伊邪那美命いざなみのみこと]ガ、コンナクソザコモブ・・・・・・ニ負ケルンダヨ! オカシイダロ!』


 一方の賀茂は、忌々し気な表情を浮かべながら、ガシガシと頭をいて悪態を吐く。


 ……いい加減、コイツの目を覚まさせてやらないと。


「賀茂……今は、そんなこと言ってる場合じゃないだろう! 早く、[伊邪那美命いざなみのみこと]の傍に!」

『アン? 何言ッテンダ? ナンデコノオレガ、ソンナコトシナイトイケネーンダヨ! ツーカ、コノオレニ指図スルナ!』


 この期に及んでもなお、暴言を吐き続ける賀茂。


『あ……マ、マスター!?』

「ヨーヘイくん!?」


 気がつけば俺は抱きしめていた[シン]から離れ、賀茂の目の前にやって来ると。


 ――バキッッッ!」


『グアッ!?』

「バカヤロウ! オマエ……オマエ、それでいいのかよ! アイツは……オマエの相棒・・は、もうすぐこの世界から消えてなくなるんだぞ!」


 俺は賀茂を思い切り殴り飛ばすと、胸倉をつかんで大声で叫んだ。


『ッツウ……オイテメエ! 何シヤガル! オマケニオレノ[伊邪那美命いざなみのみこと]ガ消エルダト? 何ヲ根拠ニ!』

「分からねーのかよ! アイツがあんなにボロボロなのに、オマエは一切ダメージを負ってないんだぞ! つまり……!」


 俺は残酷な言葉を告げるため、すう、と息を吸うと。


「つまり! もうオマエの精霊ガイストじゃなくなっちまってるんだよ! もう……ただの幽鬼レブナントでしかないんだよ……!」


 そう……『死返玉まかるかえしのたま』によって[瀬織津姫せおりつひめ]は[禍津日神まがつひのかみ]……[伊邪那美命いざなみのみこと]へと変質し、幽鬼レブナントとなった。

 つまりそれは、マスターである賀茂との決別を示すもので……。


「……オマエも、まがりなりにもアイツのマスターだったんだろ。最後くらい、アイツの傍にいてやれ……」

『グエッ!?』


 俺は賀茂の襟首をつかんだまま、ずるずると引きずり、そして……崩れてもう上半身しか残っていない[伊邪那美命いざなみのみこと]の傍に放り投げた。


『カタ……マス、タア……』


 残る右手を懸命に伸ばし、マスターである賀茂に触れようとする[伊邪那美命いざなみのみこと]。


 だけど。


『ハア!? フザケンナヨ! ソンナモン、『死返玉まかるかえしのたま』ヲ壊シチマエバ、元ニ……!』


 ポケットから『死返玉まかるかえしのたま』を取り出し、賀茂はそれを壊そうと必死で床に打ちつける。


『クソッ! クソッ! ナンデ……ナンデ壊レナインダヨオオオオオオッッッ!?』

『アア……マスタ、ア……オ慕イ、シテ……………………』


 [伊邪那美命いざなみのみこと]の右手が賀茂の身体に触れた直後、その右手も、腕も、肩も、胸も、首も、顔も……全て、砂のように崩れ去る。


 ……残されたのは、マテリアルと大量の幽子だけだった。


『オ、オイ……冗談、ダロ……? オマエガイナクナッチマッタラ、オレハドウナルンダヨ……? タダデサエモブ以下・・・・ッテ評価ナノニ……クソッ! [瀬織津姫せおりつひめ]! 来イ! 早ク来ネエカ! 早ク……フザケンナヨ! チクショオオオオオオオオオ!』


 賀茂は狂ったように何度も召喚を試みるけど、当然、その呼びかけに応じて[瀬織津姫せおりつひめが姿を現わすことはない。


 もう……永遠に。


『はう……[シン]は悲しいのです……[伊邪那美命いざなみのみこと]は……ううん、[瀬織津姫せおりつひめ]は、たとえ幽鬼レブナントになってもマスターである賀茂のために尽くしたのに……なのに……っ!』


 いつの間にか俺の隣に来ていた[シン]が、悔しそうな表情を浮かべながら、ぽろぽろと涙をこぼした。


「……精霊ガイストは、マスターを選べない、もんな……こんなの、悲しいよなあ……尽くしたマスターに、消えてもなお、優しく労ってもらえないだなんて……っ!」


 俺は[シン]の小さな手をギュ、と握りしめながら、いまだに罵倒と[瀬織津姫せおりつひめ]の召喚を繰り返す賀茂と、床に転がるマテリアルを眺めていた。

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