第316話 不法侵入

「…………………………」


 俺は今、目をつむり、耳を押さえて必死で無になろうとしている。


 賀茂達がやってくるかもしれないのに、こんなことをしてていいのかって?

 じゃあ、あの音を聞いても冷静でいられる自信があるのか?


 ――ザアアアアア……。


 ハイ。今、サンドラがお風呂の真っ最中です。

 いや、というかこんな時間なんだから、当然お風呂くらい入るよね?


「……ヨーヘイ、ちゃんと耳は塞いでいるでしょうネ」

「イエス! マム!」

「聞こえてるじゃないノ!」

「アイタ!?」


 とまあ、プラーミャにバッチリ監視されてはいるんだけどな。

 とはいえ、俺だって健全な十六歳男子なんだぞ? 女子のお風呂シーン、しかも最高クラスの美少女ときたら、その……なあ?


「フン、あの連中より先に、ヨーヘイを焼き尽くす必要がありそうネ」

「ヒイイ」


 くそう……こんなの、どうすりゃいいんだよ……って、シャワーの音が止まったぞ?


 それから、しばらくすると。


「フウ……お先ですワ」


 お風呂から上がってパジャマに着替えたサンドラが、俺達がいるリビングへやってきた。

 だ、だけど……うおお!? サ、サンドラのパジャマ姿、破壊力バツグンだぞ!?


 い、いやだって、確かにサンドラは背も低くて胸もペッタンコだけど、それでも妖精みたいにメッチャ美少女が、お風呂上りで透き通るほど白い肌を薄っすらピンクに染めてたまのような汗をキラキラさせ、なおかつ、いつもはツインサイドテールにまとめてる金髪も、湿り気を帯びたまま下ろしていて……。


「? どうしたんですノ?」

「はえ!? あ、ああいや、ナンデモナイデス……」

「? 変なヨーヘイ」


 うう……普段とは違うサンドラに見惚れてただなんて、恥ずかしくて言えない……。


「じゃあ、次はヤーが入ってくるワ」


 そう言うと、プラーミャはスタスタと脱衣所へと向か……って?

 突然、プラーミャがクルリ、と振り返ると。


「……のぞくなヨ?」

「ヒイイ!?」


 プラーミャにギロリ、と睨まれ、俺は思わず悲鳴を上げる。

 と、というか覗くわけねーだろ! 見たいのはやまやまだけど、俺だってそれくらいの理性はあるわ!


「……マサカ」

「いや!? 覗いてないから!? つーかプラーミャと一緒にいたんだからできるわけねーだろ!?」


 胸元を隠したサンドラにジト目で睨まれ、俺は悪くもないのに必死で言い訳を繰り返していた。


 ……まあ、下心もないわけじゃないけど。


 ◇


「……来ませんわネ」


 夜の十二時を回り、俺とサンドラ、プラーミャは、今も玄関のドアを眺め続けている。


「さすがにこんな時間だし、もう来ないんじゃなイ?」


 サンドラと色違いのパジャマ姿で俺の右隣にいるプラーミャが、そう尋ねる。


「プラーミャ、油断は禁物ですわヨ……例えば、夜襲を仕掛ける時は明け方を狙ったりしますもノ……」


 俺の左隣にいるサンドラが、プラーミャをたしなめた。


 というか……二人からシャンプーと石鹸のいい香りがしてクラクラするんだけど……。


「ヨーヘイ、聞いてますノ!」

「チョット! 聞いてるノ!」

「うお!? き、聞いてる聞いてる!」


 いや、これはなかなか集中力がそがれて大変……だけど、ゴチソウサマです。


 すると。


 ――カチャリ。


「「「ッ!?」」」


 俺達は一斉にドアを凝視する。


「……鍵が開いた、な」

「「エエ……」」


 つまり……連中が来た、ってことだ。


「……[シン]」

『ハイなのです……』


 サンドラとプラーミャも、精霊ガイストを召喚して臨戦態勢に入る。


 そして。


 ――きい……。


「っ! 今だ! 玄関を囲めえええええ!」

『はうはうはう! 【堅】!』

「【ガーディアン】!」


 [シン]が呪符を、サンドラの[ペルーン]が盾を展開し、玄関を隙間なく埋める。


 こうすれば、さすがに入っては来れ……っ!?


 ――ガシャアアアアアアンッッッ!


「プラーミャ! ベランダだッッッ!」

「分かってるわヨ!」


 突然窓ガラスの割れる音が響き渡り、プラーミャが慌てて駆け寄る。


クソッチョルト! イイ加減、姿を現わし・・・・・なさいヨ・・・・!」


 プラーミャの叫んだ言葉を聞き、部屋に侵入した奴の正体を確信した。


「……“吉川サヤ”、いるんだろう?」

「っ!?」


 俺の言葉に、一瞬息を飲んだ音が聞こえる。


「! ソコッッッ!」


 当然プラーミャがその隙を見逃すはずもなく、[スヴァローグ]がハルバードを横薙ぎにした。

 部屋の壁や家具を巻き込んで蹴散らしてしまったけど、吉川サヤの姿が見えない以上、広範囲に攻撃するしかないからな……後で片づけを手伝おう。


 すると。


「クッ……!」


 かろうじてハルバードをかわしたものの、顔をゆがめた吉川サヤがその姿を現わした。


「ふう……というかさ、こんな時間に窓ガラスを割って入ってくるなんて、普通に不法侵入だろ。あ、もちろん」


 俺はポケットからスマホを取り出し、カメラのアプリを起動させると。


「バッチリ撮影させてもらうぞ。後でこれを証拠として通報するから」

「フフ……つまり、こうなったら逃げても無駄、ってことネ」


 そう言うと、プラーミャがニタア、と口の端を上げた。

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