第279話 次の領域からは

「行ってきます」


 いよいよ“カタコンベ”領域エリアの踏破に挑む日の朝、俺はいつものように母さんに声を掛けると、家を出た。


『はう! 今日は踏破のご褒美にアイスを五つ所望するのです!』

「ハイハイ」


 ムフー、と意気込む[シン]に、俺は気のない返事をする。


『はうう……最近マスターが冷たいのです……』

「いや、何でだよ」


 むしろ、[シン]のワガママをここまで許容するこの俺の心の広さを褒め称えるべきだろ。


「というか、俺のダメ出しが欲しいならお望み通り……『はうはうはう! 大丈夫なのです! むしろ望むところなのです!』」


 すると[シン]は俺の言葉を遮り、ワタワタと手を振って問題ないとアピールした。

 なんだよ、せっかく構ってやろうと思ったのに。


「おっと、こうしちゃいられん」


 俺は歩くペースを上げ、先輩の待つ十字路へと急ぐ。


 その時。


「うおっ!?」

「おっと」


 路地の脇から突然現れた通行人にぶつかりそうになる……って。


「なんだ、賀茂かよ」

「オイオイ、『なんだ』とはひどいな」

「はは、悪い」


 俺がそんな言葉をかけたモンだから、賀茂の奴が少し顔をしかめたので、俺は苦笑しながら謝った。

 で、どちらからともなく、俺達は一緒に学園へと向かう。


「そういえば、賀茂は“グラハム塔”領域エリアはどこまで攻略したんだ?」

「ん? いや、オレはもう踏破して、今は“カタコンベ”領域エリアの攻略に取り掛かってるぞ?」

「ええ!?」


 軽い気持ちで話題を振っただけなのに、賀茂からは意外な答えが返ってきた。

 いや、確かに賀茂の実力からすれば、“グラハム塔”領域エリアを踏破するのは容易いだろうけど、それでも、同じチームのメンバーの実力もそうだとは限らない。


「ひょ、ひょっとして、ソロで踏破したのか……?」

「いや、一緒にチームを組んでる奴とだよ」

「そ、そうか……」


 じゃあ賀茂の仲間も、それなりに実力者なんだろうな……。


「そういうお前こそ、どこまで攻略したんだよ」

「ああ……俺もお前と同じで、今は“カタコンベ”領域エリアを攻略中だよ」

「へえー……」


 俺の答えを聞き、賀茂はしげしげと俺の顔を眺める。


「? 何だよ?」

「いや、意外だと思ってな」

「意外?」


 賀茂の言葉の意味が分からず、俺は思わず首を傾げた。


「だって、オレはてっきり“カタコンベ”領域エリアも踏破して、“天岩戸あまのいわと領域エリアとか学園の外の・・・・・領域エリアの攻略をしてるのかと思ったよ」

「はは……いや、そんなことねーよ」


 そう言って、俺は苦笑する。

 まあ、“カタコンベ”領域エリアを後回しにしてただけで、賀茂の言う通り二周目特典の五つの領域エリアをメインに攻略してたのも事実だし。


「ふうん……その割に、お前もそうだけど他の連中もクラスチェンジまでしてかなりレベルが高いよな」

「あー……俺なんかは、クラスチェンジ前の精霊ガイストがメッチャ弱かったから、その分レベルが上がりやすかったんだよ」


 さらに尋ねる賀茂に、俺は嘘を吐いた・・・・・


「なるほど……確かにな」


 その答えに納得したのか、賀茂はウンウン、と頷く。


 そして。


「それじゃ、邪魔しちゃ悪いからオレは先に行くぞ」

「あ、オイ」


 そそくさと俺から離れ、賀茂は足早に去って行った。


「おはよう、望月くん」

「あ! 先輩、おはようございます!」


 あー……もう、いつもの十字路だったのか。


「それで彼……ええと……「賀茂ですか?」……そうそう、賀茂くんはいいのか?」

「ああ、俺と先輩に気を利かせて、先に行っちゃいました」

「あうあうあう!? そそ、そうだな! 確かに私と望月くんとの会話に、彼も加わりづらいだろうしな! うん!」


 先輩は顔を真っ赤にしながら、わたわたとよく分からない理由を言っている。

 いつもの凛とした先輩とは違った、こういうギャップが本当に可愛い。


「はは、そういえば先輩は“カタコンベ”領域エリアの攻略の進捗しんちょくはどうですか?」

「あう!? う、うむ、今は地下第二十二階層を攻略中だから、早ければ明日にでも踏破できそうだ。君達はどうだ?」

「あはは、俺達は地下第二十八階層の攻略が終わりましたから、今日で踏破予定です」

「むむむ……途中までは私達のチームが先行していたのに、いつの間にか水をあけられてしまったな……」


 そう言ってから、先輩は唇をキュ、と結んだ。

 だけど、俺達に氷室先輩がいる以上、こうなるのは仕方がない。


 やっぱり[ポリアフ]の【オブザーバトリー】は超優秀だなあ……。


「あはは……それじゃ、俺達は一足先に待ってますね」

「ふふ……今回は負けたが、次は私達が勝つさ」


 そう言って笑むけど、先輩が大きな思い違いをしているぞ!?


「イ、イヤイヤ、もう勝ち負けなんてありませんから!」

「む、どうしてだ?」


 先輩が訝し気な表情に変わり、俺に尋ねる。


「だって……もう、俺は先輩と別のチームになったりしませんから」

「! そ、そうだった!」


 先輩はそのことに気づき、思わず目を見開いた。


「だから、次の領域エリア攻略からはまた一緒ですからね?」

「うん……」


 先輩は嬉しそうに頷くと、先輩がそっと俺の手を握った。

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