第226話 悪戯な微笑み

 ようやく他の選手達もスタート地点にたどり着き、いよいよ『二人三脚』が始まる。

 俺達一年生は一番最初に走ることになるので、早速スタートラインでスタンバっているんだけど……。


「フフ……!」


 相変わらずサンドラは、観客席にいる先輩と本部席にいる氷室先輩に向けて不敵な笑みを浮かべていた。

 しかも、あの九つの柱や領域エリアボスと対峙している時よりも、圧倒的なプレッシャーを放ちながら。


 こ、怖え……!?


「各選手、位置について」

「ホ、ホラ! 始まるぞ!」

「フフ……ちゃんと分かってますわヨ」


 俺はおそるおそる声を掛けると、サンドラはやっとトラックへと視線を戻す。

 お、おっと、俺も集中しよう。


「よーい……」


 ――パアンッ!


「行きますわヨ! ヨーヘイ!」

「おう!」


 ピストルによる合図が鳴り、俺達は一斉にスタートした。


「「イチ、ニ、イチ、ニ!」」


 順調な滑り出しを見せた俺達は、他の選手達を全員置き去りにしていく。


「はは! というかコレ、圧勝じゃないか?」

「エエ! 当然ですワ! だって、ワタクシとヨーヘイのコンビなんですのヨ! ただの即席ペアなんかとは、訳が違いますノ!」

「はは! 言えてる!」


 まあ、俺達もこの学園で知り合ってからこれまで、先輩の次に一緒に過ごした時間が長いんだからな。しかも、領域エリアではお互いに背中を預け合う仲間なんだ。負ける要素なんて、何一つねーよ!


「「イチ、ニ、イチ、ニ!」」


 後続をさらに引き離し、俺達はトラックのカーブを回る。


「サンドラ! 大変だろうけど頑張れ!」

「エエ! 分かってますわヨ!」


 外側を走るサンドラは、俺との身長差もあってさらに大きく歩幅を取らないといけないからな。俺が小幅にしても、それでもサンドラへの負担はかなりある。


「「イチ、ニ、イチ、ニ!」」


 それでも、サンドラは一生懸命に歩幅を広げ、さらに後ろを突き離そうとペースを上げた。


「お、おいサンドラ、後ろとは大分離れてるんだ。もう少しペースを落としても……」

「何をおっしゃいますノ! 勝つなら全力で勝つんですのヨ! それこそ、あの二人……ッ!?」

「うお!?」


 その時、急ぐあまりつまづいてしまったサンドラが倒れ、当然俺も同じように倒れ……っ!?


「あ、危ねえつ!?」


 危うくサンドラの上にのしかかりそうになった俺は、咄嗟とっさに身体をひねり、不自然な体勢で地面に倒れ込んだ。


「痛てて……お、おいサンドラ、大丈夫か?」

「エ、エエ……! そ、それよりヨーヘイ、早く起き上がって……ッ!?」

「っ! サンドラ!?」


 身体を起こそうとしたサンドラが、顔をゆがめた。


「ア……す、少し足をくじいたみたイ……」

「オ、オイオイ、大丈夫か!?」

「へ、平気ですワ! それよりも、早く……痛ッ!?」


 どうやら、相当足が痛むみたいだな……。

 ここは、無理しないで棄権するか……?


「な、何をしてるんですノ! ヨーヘイ!」

「い、いや、だけど……」

「ワタクシの足なら大丈夫ですワ! だ、だかラ、追いつかれる前に先にゴールを目指しますわヨ!」

「お、おう……」


 鬼気迫るサンドラに、俺は思わず頷いてしまった。

 と、とにかく、様子をみるか……。


 俺達は再び歩きはじめるけど……やっぱり怪我の影響からか、サンドラのペースはかなり落ちた。

 そして、トラックのカーブを回り終えた頃には、後続に追いつかれ、そして。


「ッ! も、もっとペースを上ゲ……ッ!」

「サンドラ!」


 足の痛みからか、額に脂汗を流し始めたサンドラ。

 でも、必死で歯を食いしばってそれに耐え、なおも衰えない闘志をむき出しにして前を見据える。


「ワタクシは……ワタクシは勝ちたいノ! ヨーヘイと一緒ニ・・・・・・・・!」


 ハア……サンドラのバカヤロウ……。


「……チョットだけズルするぞ。あと、変なところ触っちまったらゴメンな」

「ヘ……? ヨーヘイ、何を言っテ……って、フエエエエエ!?」


 俺はサンドラの腰に手を回して抱えるような体勢を取り、彼女が痛めた足への負担を最小限にする。


「しっかり、つかまってろよ!」

「フエエエエエエエエ!?」


 俺は一歩一歩を大きく取り、サンドラを抱き寄せる。というか、サンドラの足は地面につくかつかないかってところで、身体を俺のほうに傾けることで、足への負担を減らす。

 この方法なら、サンドラも完全に歩いてないわけじゃなくて、ちゃんと足を地面につけてはいるから、反則にもあたらない。


「っ! よし、追いついた!」


 ただでさえ俺とサンドラのチームワークはバッチリなんだ。そもそも負ける要素がないんだよ!


「ア……ヨーヘイ……」

「今は黙ってろ! 舌噛むぞ!」

「ウ、ウン……」


 俺は必死で足を動かし続け、とうとう他の選手をブチ抜いた。


 そして。


 俺達は、一番にゴールテープを切った。


「では、一着はこちらに並んで……って、えええええ!?」


 誘導係の声を無視し、俺はそのまま走り続ける。


「チョ、チョット!? ヨーヘイ!?」


 サンドラの声を無視し、俺は本部席隣の救護班のテントに駆け込んだ。


「すいません! サンドラが足をくじいてしまって! 診てもらえますか!」

「ええ!? あ、ハイ」


 サンドラをパイプ椅子に座らせてから結んでいた紐をほどき、キョトンとする保健の先生に説明する。


 で、早速怪我をした足を診てもらうと。


「うん……ただの捻挫ではあるけど、結構れてるから痛かったんじゃない?」


 保健の先生は、少し心配した表情でサンドラを見つめながら尋ねる。


「フフ……勝ちましたし、痛みも吹き飛びましたワ」

「もう、無茶をして……君も、彼女が痛そうにしてたら、棄権するように説得するべきよ? そうじゃないと、ヘタに悪化しかねないんだから……」


 保険の先生の矛先が、俺へと向かってきた。

 まあ……先生の言うように棄権しようかってのも、頭をよぎりはしたんだけど。


 だけど。


「はは……そんなことしたら、それこそサンドラに恨まれそうです。だったら、サンドラがこれ以上痛い思いをしないように、何とかするしかなかったんですよ」


 俺は、苦笑しながら保健の先生に答える。


「フフ、やっぱりヨーヘイ、ですわネ」

「? 何がだよ?」

「決まっていますワ。ワタクシのことを一番理解してくれて、そして、精一杯支えてくれる男の子が、ですわヨ?」


 そう言うと、サンドラは頬を真っ赤に染めながら、悪戯っぽく笑った。

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