第138話 誰よりも、強く

「ということで、これからは時間の許す限り、毎日ここでレベルアップに励みたいと思います」


 “ぱらいそ”領域エリアでキング=オブ=フレイムとクイーン=オブ=フロストをそれぞれ十回以上倒し、満足げにガイストリーダーを眺めている桐崎先輩とサンドラに向かってそう伝えた。


「エエ! もちろんですワ!」

「うむ……」


 サンドラが嬉しそうに頷く中、先輩だけは俺をジト目で睨む。


「……私に内緒で、疾走丸と取りに行っていたことについては許せんがな」

「あ、あははー……」


 そのことに関しては、ただ謝るしかない。

 とはいえ、さすがに忙しい先輩を毎回毎回つき合わせるわけにはいかなかったし……。


「フフ……ですガ、これからはこの幽鬼レブナントを倒すついでに疾走丸も入手することになるのですし、心配する必要はもうないのでハ?」

「そ、それはそうかもしれんが……」


 サンドラが助け舟を出してくれたことで、先輩はこれ以上このことについて言うことはなくなった。

 そんなサンドラに俺はサムズアップすると、サンドラはニコリ、と微笑んだ。


「さて……では、もう遅くなったことだし、今日のところは帰ろう」

「「はい!」」


 俺達は”ぱらいそ”領域エリア、そして初心者用の領域エリアを抜けて外に出た。


「ふう……ところで、あの二体の幽鬼レブナント相手に、ここまで見事に戦えるようになったのだ。あの領域エリアをもう少し攻略してみても……「駄目です」」


 先輩の提案を、俺は明確に否定する。


「いいですか? 俺達はたまたま・・・・【火属性反射】と【氷属性反射】を手に入れたから、結果として容易に倒せてますけど、それがなかったらアッサリ倒されているのは俺達です」

「う、うむ……」

「それだけじゃありません。先輩、俺達が戦っている場所は、あの領域エリアの入口付近でしかないんです。つまり」

「……我々が脅威だと思っているあの幽鬼レブナントも、あの領域エリアでは所詮は一幽鬼レブナントに過ぎないということか」


 俺の話を引き継いでそう話し、悔しそうに唇を噛む先輩に、俺は無言で頷いた。

 だけど……これが事実だ。


 俺達が“ぱらいそ”領域エリアを本気で踏破しようと思ったら、五つの領域エリアを踏破することはもちろん、レベルも一人につき九十以上は絶対に必要だ。


 それだけじゃない。物理攻撃主体の二人と術者タイプの俺という構成は、一見バランスがいいように思うが、実際のところ、遠距離攻撃はサンドラの【雷属性魔法】のみ。

 [シン]のスピードと【神行法】を活かして距離の壁は感じないが、それでも、遠距離攻撃が必要な局面が必ず出てくる。


 何より……俺達には、ダメージを受けた時に、回復する術がない。


 すると。


「ふ……ふふ……!」


 何故か、先輩がうつむきながら笑い出した。


「先輩……?」

「ハハハハハ! いや、私も[関聖帝君]もまだまだだな! もっと……もっと強くならねば!」


 そう言って、先輩は愉快そうに大声で笑った。

 本当に、嬉しそうに。


「ハハハ! それに、さらに強くなる手段を君が示してくれた! 本当に……君と一緒にいると、いつも心が高ぶるよ!」

「はは……!」


 そんな先輩を見て、俺は思わず笑みが零れる。

 そうだとも! それでこそ、俺が憧れる桐崎サクヤ先輩だ!


「フフフ! エエ! ワタクシも、絶対に強くなってみせますワ! 誰よりも……先輩やヨーヘイよりも!」


 サンドラも不敵な笑みを浮かべながら、俺と先輩を見つめる。

 はは! 俺達だって!


「俺だって負けねーよ! 俺だって、先輩もサンドラも超えてやる! たとえ主人公・・・だって!」

『はう! [シン]は絶対に強くなってやるのです! マスターと一緒に!』

「ああ!」


 俺と[シン]は、ガシッと腕を合わせる。

 そんな俺達を、いつの間にか先輩とサンドラが優しく見つめていた。


 ◇


「……ということで、今日は先輩の家でご飯を食べて帰るから」

『分かったけど……迷惑を掛けちゃダメよ? それと、絶対に今度、お礼も兼ねて家に連れてきなさいね』

「うん」


 そう返事して電話を切ると。


「お、お母様は何と……?」


 先輩が不安そうに俺を見つめていた。期末テストの時もそうだけど、先輩は一体何を気にしているんだろう……。


「あ、母さんからは先輩に迷惑を掛けないようにって釘を刺されました。そ、それと……」

「そ、それと……?」


 先輩が上目遣いになり、俺の言葉を待つ。いや、恥ずかしいんだけど。


「そ、その……これまでのお礼もしたいので、ぜひ一度家に来て欲しい、と……」

「っ!」


 俺は照れながらそう告げると、先輩が目を見開いた。


「えーと……先輩?」

「あ、あう……望月くんのお母様からの招待……ど、どうしよう……」


 先輩は顔を真っ赤にしながら、困った表情を浮かべながらオロオロする。

 あ……やっぱり先輩には迷惑、だったかな……。


「あ、そ、その……もし迷惑でしたら、母さんには俺から……「行く! もちろん行くとも!」……は、はい」


 変に気を遣わないようにと、そう言おうとしたら、先輩に詰め寄られ、全力で「行く」と言ってくれた。というか先輩、すごく近いです。


「あ、あはは、母さん絶対喜びます」

「う、うむ! そそ、そうか!」

「はい! じゃあ……「ワ、ワタクシも行きますわヨ!」」


 すると、いつの間にか応接室にいるはずのサンドラがいて、そう宣言した。


「ヨーヘイ! ワワ、ワタクシも行きますワ! ヨーヘイのお家ニ!」

「お、おう」


 今度はサンドラに詰め寄られ、有無を言わさないとばかりに宣言されてしまった。というかサンドラ、近いぞ。

 でも……母さんには先輩だけじゃなく、サンドラにも会って欲しいな。


 俺が世界一信頼する、この二人に。


「はは……! じゃあ俺、帰ったら母さんに伝えるよ! 先輩とサンドラが来てくれるって!」

「ううう、うむ! よ、よろしく、その……お願い、します……」

「ワワ ワタクシ、お母様に気に入ってもらえるかしラ……」


 意気込む俺とは反対に、先輩とサンドラは、その白い肌を耳まで赤くしながら、何やらモジモジしていた。


 二人共、さっきの勢いはどこ行ったんだよ……。

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